世界規模での環境破壊と人口増加による食料危機が叫ばれている昨今。最先端の科学技術を活用し、食の可能性を広げるフードテックは、今後の日本の経済を担う産業としても期待されている。最新のトピックを通して、その未来について考えよう
最新技術から読み解く3つのニュース
近未来的な技術から環境保全のために考えられたアイデアまで。今注目の3つを紹介する
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細胞からお肉を生成。 「培養食品」が食卓に並ぶ未来
お話を伺ったのは…インテグリカルチャー 洪貴美子さん
インテグリカルチャー戦略企画部所属。前職のビューティ&ウェルネスメーカーで先端技術研究を応用した新規事業に携わった経験を活かし、培養肉の産業化を目指す
細胞培養の技術から、食文化の継承と創造へ
私たちが食べている「肉」に代わるタンパク源として、現在世界中の企業が競って開発している「培養肉」。従来の畜産ではなく、動物の細胞を〝培養〟し作り出すという。フューチャリスティックな技術のように思えるが、一体どんなものなのだろうか。
「培養肉とは、種となる少量の細胞に成長因子などを加えて増殖させ、組織を生成した肉のこと。機械の中に牛の細胞を入れると牛肉が、魚の細胞を入れると魚の身が育っていきます。食料難や畜産による環境への影響、伝染病などのリスクを回避する解決策として米国政府も検討を始めるなど、世界で注目を集めているのです。現在、日本で代替タンパク源として流通しているプラントベースの肉は、一般的に成形技術で食感をデザインし、味を加えているもの。一方で培養肉は肉そのものを細胞から増やしていくので、開発が進むと基本的には味わいも畜産肉とほぼ同じなんです」
現在は生産量が少なく高価だが、量産できる体制を整えて価格を下げ、2028年にはスーパーの店頭に並ぶまで一般化させるのがインテグリカルチャーの目標だ。
「今までは1枚の肉を作るのでさえ、莫大な費用がかかることが課題でした。しかし私たちは、動物の体内で起きている臓器間が血管などを通して影響し合う作用を再現し、細胞自らが成長因子を作り出すシステムを開発。大幅にコストを下げることに成功しました。この技術を向上させられれば、近い将来、一般消費者への提供も可能になると思います」
私たちの食にもたらすメリットは何か。
「環境や食料問題、動物福祉の課題解決法として代替肉が求められる一方、培養肉は〝本物の肉〟にこだわる方への選択肢として提案されています。世界で初めて培養肉の販売を開始したシンガポールは国土が小さく、食料を他国からの輸入に依存していました。そのため、地政学リスクが高まれば食料難に陥る危険性を常にはらんでおり、いち早く開発に取り組んだのです。日本も食料自給率の低さが問題視されていますので、食料源として積極的に向き合いたいです。流通のルールが厳しく、まだ国内では販売できないのが現状ですが、法整備も少しずつ進んできています。おそらく年内には、鴨の肝臓由来細胞から作られる〝培養フォアグラ〟が限定的に販売できるようになると思います。従来のフォアグラは、血管の除去作業が必要な上に、独特の生臭さがありました。培養されたものには血液が入っていないので、雑味が少ないのが特徴です」
法整備や技術革新に加え、一般家庭への浸透には消費者需要の高まりも課題となる。
「心理的なハードルもまだまだ高いです。人工的な生成に対しての抵抗感を拭い、食材として認めていただくためには、慎重にステップを踏んで、安全性をきちんとお伝えしていかねばなりません」
インテグリカルチャーは、培養肉の研究開発だけでなく、細胞培養機器の販売や事業会社との協業も積極的に行なっている。
「細胞培養の技術が一般的に活用されるようになって価格が下がり、新しい食材や文化が生まれていくことを期待しています。たとえばフォアグラはフランスの伝統食材である一方で、動物虐待や倫理観の観点から、製造販売や輸入、輸出を規制している国もあります。ネックになっている生産方法を変えられることは、伝統的な食文化を継続し、さらに新しいカルチャーの創造へとつなぐ可能性を秘めているのです」
ますます広がりを見せる細胞培養の技術。培養肉が、私たちの食卓に並ぶ日はもうそこまで来ている。
1 "臓器間相互作用"という動物体内の機能を模した生産技術「Cul NetR(カルネット)システム」を独自に開発。臓器同士が血管でつながり、相互に影響を与え合う自然な状態を再現し、効率的な生産を可能にした
2 細胞培養研究の様子
3 細胞培養の技術から作られたフォアグラ
4 プラントベースのプロテインを混ぜた、開発中の培養鶏胸肉のペースト
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見た目はまるで魚! 水産食品にもプラントベースの選択肢を
お話を伺ったのは…あづまフーズ株式会社 杉浦吉啓さん
販売事業部本部長。「元祖たこわさび」をはじめとした海産珍味などの開発・販売を行うあづまフーズでは、2021年から「まるで魚」シリーズの販売を開始。
5 「まるで魚」シリーズで作った海鮮ちらし丼
6 大豆ベースのうなぎを用いたうざく。いくらとうなぎは食感や味わいを理想に近づける開発の途中だ
7 サーモン、マグロ、イカの3種類。ECサイト「AZUMARCHE」にて販売
水産危機の実感から誕生したプラントベースの代替食品
ちらし寿司を彩るマグロやサーモン、いくら。うざくのうなぎ。実は今、これらはすべてこんにゃくや大豆など植物由来の原料からなる代替食品で味わうことができる。その名も「まるで魚」というこのシリーズは、あづまフーズ株式会社が開発した。
「私たちはたこわさびや、まさごなどを使った海産珍味を製造しています。近年、まさごの原料であるカラフトシシャモの卵の供給難に直面しました。それを機に、有限である水産資源を使った商品のみを作り続けることに危機感を抱き、代替食品の開発を始めました」
「まるで魚」シリーズは、あえて魚のエキスなどの動物性食材はいっさい入れず、プラントベースを徹底し、見た目を最大限に魚に似せている。
「味まで〝まるで魚〟とはいきませんが、調味料などのアレンジ次第で幾通りも楽しめるのが商品の魅力です。料理人の方からは、オイルと合わせたり、タレに漬けるとおいしいという声もいただきました。動物性エキスを使って魚の味に近づけることも可能ですが、それでは水産資源を使わないという軸からブレてしまいます。宗教的な問題やアレルギー体質で魚を食べられない方々に、食材の選択肢を増やすことも、研究を続ける意義ですね。私たちは、代替食品と本物の魚の共存市場を目指しています。ただの置き換えではなく、独立した食材としておいしく、より幅広い人が食べられるものを生み出すことで、消費が棲み分けられ、限りある水産資源を守ることにつながるのではないかと思います。これは、長年水産食品業界に携わってきたからこそ伝えられるメッセージです」
年々日本の漁獲量が減っている昨今、水産資源を口にできることのありがたみを感じながら、代替食品の選択にも目を向けてみたい。
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フードロス削減と環境保全を両立! 廃棄キャベツで、ウニがおいしく変身
お話を伺ったのは…神奈川県水産技術センター 臼井一茂さん
神奈川県水産技術センターで主任研究員を務める。水産物の利用加工分野を専門とし、鮮度保持や加工技術、衛生管理などを担当している。
8 相模湾では十数年前から磯焼けが問題となっていたが、少しずつ回復。海藻が茂る海へと戻りつつある
9 より鮮やかで黄色いウニを育てられるよう開発中
10 水槽の中でキャベツを食べるウニ。3カ月間で1個を食べ切る
環境保護のために生まれたキャベツを食べて育つウニ
神奈川県水産技術センター内に設置されている水槽の中のウニ。むしゃむしゃと食べているのは、なんと地元産のキャベツだ。この〝キャベツウニ〟は、地球温暖化による磯焼け対策で生まれた。
「温暖化の影響で、南方系の植食性魚類(アイゴ)が越冬できるようになり、一年中海藻を食べ続け、さらに残った海藻も元々生息していたウニが食べ尽くしました。すると海の砂漠化である〝磯焼け〟が起こって藻場で育つ多くの生き物がいなくなり、飢餓に強いウニだけが増え続けるように。しかし餌がないため身入りが悪く、販売できない痩せた個体ばかりで駆除していたのです。そこで本来は高級食材であるウニを活用できる状態にすべく、海藻以外の餌で養殖することを試みました」
2015年から2年間、臼井さんはさまざまな食材をウニに与え続けた。相模湾のウニは雑食性で、特にキャベツは飽きることなく食べ続けたという。
「ちょうど三浦半島の名産品であるキャベツの収穫期とウニの身が肥大する4月から6月までの時期が重なり、地元の農家から売り物にならない廃棄分を譲り受けました。これを与えたところ、しっかり身が入るようになったんです。しかも味を分析すると、カニなどの甘味成分と同じアミノ酸が高スコア。また、海藻由来の磯臭さや苦みがなく、食べやすい味わいが魅力です。ただし、飼育するムラサキウニは意外とデリケートで、適した養殖環境には水温管理や酸素、紫外線対策が必要。さらに潮流を再現したバブルバスのような水槽で飼育する工夫がされています」
海藻以外の本来廃棄されるはずだった食材で豊かなウニを育てる〝キャベツウニ〟を開発した、この神奈川県の事例を受けて、〝○○ウニ〟の開発を検討する自治体も増えている。今後の取り組みが日本の海を救い、美食の可能性を広げるかもしれない。
まだまだ知りたいフードテックTOPICS
近未来的な技術から、個人レベルで取り入れられる家電までをクローズアップ
1.野菜はスーパーで育てる時代へ
infarm
栽培から収穫、販売までをスーパーやオフィス内で行うことができれば、輸送に伴うエネルギー消費や入荷までのフードロス削減を実現できる。そんな"究極の地産地消"を実現するのは、都市型農園のプラットフォームである「Infarm」( Indoor Urban Farming Japan)だ。屋内で野菜やハーブを育てられる水耕栽培装置を独自開発した。すでに東京都内のスーパーで複数導入され、6月にはオフィスにも。全国での広がりが期待される。
2.フードロス削減を技術で後押ししよう
家電の力で食材の保存期間を延長!
カルテック フードフレッシュキーパー
光触媒フィルターがカビ菌を分解し、ボックス内の空気を新鮮に保つ食料保管ボックス、フードフレッシュキーパー(¥21,780)。鮮度を保つのが難しい果物やパン、調味料などもボックスに入れるだけで、状態をよく保ちながら長期間保存することが可能に。
家庭、飲食店、生産者をつなぐサービスが拡充
うっかり消費期限を過ぎてしまった食材や飲食店での売れ残りなど、私たちの意に反してフードロスが生まれてしまうことも……。そんな問題をアプリやネットで簡単に解決しながら、おいしい食べ物を楽しむことができるサービスが増えてきている。
TABETE(右上)
おいしくて安全な飲食店の売れ残りを割引で購入できるフードロス削減アプリ。全国のパン店やホテルと提携中だ。
pecco(右中)
冷蔵庫の中身を登録すると消費期限が近い食材を使ったレシピ提案をしてくれるアプリ。AIによる栄養管理も。
Kuradashi(右下)
メーカーの余剰商品をお得に購入できるサービス。一部売上は、社会団体へ寄付される。
3.地球のタンパク源供給不足を救う、2大食材は「大豆」と「虫」!
世界的な人口増加や環境問題により、私たちの身近なタンパク源である"肉"の供給難が懸念されている。現状の畜産業では、2025〜2030年頃には需要と供給のバランスが崩れるとの予測も。近い未来に迫りつつある、"タンパク質危機"を解決する食材を紹介!
ニップン ソイルプロ(右上)
製粉業をルーツとするニップンが開発した、風味よく弾力に優れた大豆ベースの食材。豆腐加工技術を応用し、植物性の商品を展開。
グリラス シートリア(右下)
環境負荷が低いタンパク源として注目のコオロギ。食用コオロギを原材料に取り入れたグリラスのパンやクッキーは、味も抜群。
4.調味料を3Dプリント!?
colony
アプリから料理名や食材を選ぶだけで、AIが機械内で調味料をブレンド。ルナロボティクスが開発中の調味料プリンター「colony」を使えば、無限のメニューを生み出すことができる。8〜12種類のカートリッジから指示どおりに調合することで調味料を生成。好みの味を再現できるだけでなく、災害時の避難所生活や未来の人類の移住先となりうる月や火星など、限られた食材しか使えない場所での調理にも活躍が期待される。どこでも理想の味つけが再現できる未来がすぐそこに!
5.IOT家電で暮らしを便利に、豊かに
IOTとは"Internet of Things"の略で、家電などさまざまな製品がインターネットを介して接続され、互いに情報交換したり、シームレスに連動するネットワークのこと。火加減や加熱時間をプログラミングし、自動で調理してくれるIH調理器、スマホで庫内が見えたり操作できるオーブンなど、かつてSF作品などで夢見たような技術が、続々と登場している。
Panasonicの家電連動アプリ「KitchenPocket」(左上)
IOT家電と連動し、離れた場所からでも冷蔵庫内の食材のストック状況をアプリで確認できる。家族間で情報をシェアできるのでダブり買い軽減にも。また、調理家電で作れるレシピ提案や食材からのレシピ検索も可能。
Hestan Cue(ヘスタンキュー)(左下)
調理器具とIHヒーター、専用アプリが連動。調理器具底面の温度センサーで常時温度を計測。自動で火加減と加熱時間をコントロールして調理する(¥88,000)。
6.代替肉ブランド初のコンセプトストア
ザ・ベジタリアン・ブッチャー
世界で最も急成長している代替肉ブランド「ザ・ベジタリアン・ブッチャー」によるコンセプトストアでは、アジア初のプラントベース専門肉店や植物由来のメニューを提供するレストラン、自然へ配慮した商品を扱う「エシカルコンビニ」など最新のサービスが集結。店舗で野菜を栽培する「アーバンファーミング」や店内で余った食材を無料で持ち帰ることができる「フードシェアリングフリッジ」などを備えたこの店で、フードテック界が目指す未来の縮図を体感できる。
東京都豊島区西池袋3の29の9 C3ビルB1
03-6903-1211
営業時間:11時30分〜21時
定休日:火曜
SOURCE:SPUR 2022年9月号「おいしく便利に、地球を救う フードテックの最前線を探れ!」
illustration: Keiko Orihara photography: Yu Inohara (p.93) food styling: Hirotaka Meguro (p.93) text: Uno Kawabata, Rio Hirai (FIUME Inc.)