2021-’22シーズン、補欠2番手から繰り上がりフィギュアスケート世界選手権に急きょ出場。総合6位と大健闘した友野一希選手。新シーズンから特別強化選手にも選ばれた期待の星だ。日本スケーター界きってのエンターテイナーでもあり、常にハッピームードにあふれている。サウナ好き&おしゃれマニアとしても知られる彼と、幸せな瞬間について考えた
歴史あるメゾンの幸運のシンボルをまとって
メゾン創設75周年を迎え、ディオール の2022-’23年秋冬コレクションでは歴史的なアーカイブにフォーカスした。友野さんがまとうのは、ムッシュ ディオールが幸運の象徴として愛したスズランのモチーフを、クチュール的な技術で刺しゅうしたニット。「袖を通した瞬間に、極上な着心地で驚きました。シルエットもきれいで、自分を違う色に変えてしまうような衝撃。可愛い雰囲気だけれど、洗練されたクールさもあります。上品な色使いが好きです」(友野さん)。
自分の領域を拡張していく服
「競技の衣装は割とシンプル派。キラキラするよりも体のラインをきれいに見せるほうが好み。セリーヌのハイストリートな世界はまさに自分にとっての挑戦。経験してみると、自分だけでは到底考えられないような領域も面白いなと気づきました。服とポージング、ヘア&メイクアップと全体でファッションの世界観をつくり出すという作業も興味深かったです」(友野さん)。ネルシャツやスパンコールでモダンなグランジムードに。
伝統に裏打ちされた魅力。モードの底力を体感する
グッチの世界観に憧れているという友野さん。「歴史や伝統がありつつ、グッチにしか出せない独特な色や個性がありますよね。セットアップやジャケットをいつか着てみたいと思っていたので、こんなに早く夢がかなうなんて! クラシックなのに遊び心もあって……。実際に着てみると、今の自分を変えてくれそうなパワーを感じました」。Gucci Love Paradeコレクションの愛らしいルック。華やかな映画業界へのオマージュを重ねて。ファッションの夢を体現する美しいテーラードジャケットをまとう。
大胆なボリュームを軽やかに遊んで
ドリス ヴァン ノッテンのコレクションで、境界も限界もない夢心地な空気をまとう。淡いミントグリーンの艶やかなブルゾンは友野さんのやさしい雰囲気ともフィットしていた。「第一印象で一番自分に似合うかなと思ったルックです。サテン地でソフトな色合いなんですが、花のハンドペイントは意外とボールドなムードでした。こういうブルゾンを着てみたかったので、うれしいです。そこに迫力のあるワイドパンツを合わせると全身に存在感が出ますね。生地をたっぷり使って重さがあるのがいい。めちゃめちゃカッコいいラインになります!」。
トモノカズキ & タナカカツキが語り合う「ととのう幸せ」
友野さんが目下ハマっている趣味はサウナ。心も体も「ととのう」安らぎの習慣は、スケート仲間にもじわじわと浸透中。いつもハッピーで、周囲の調和に目を配る友野さんの活力の源だ。『マンガ サ道』の作者でありサウナ大使でもあるタナカカツキさんと念願の対面
心と体をうまくつなげる毎日のルーティン
タナカ 初めまして、カズキくん。
友野 タナカさんの描かれた『マンガ サ道』から僕のサウナブームは始まりました。ずっとお会いしたかったんです! さっそくですが普段のサウナの選び方ってありますか?
タナカ 私の目的はリラックスすることなので、便利で近くてすいてるのが一番。近所のスポーツジムに毎日行っています。
友野 僕も地元のサウナや銭湯に行きますが清潔感はいまいちだったりしますよね。
タナカ そう。設備は最悪なんですけど、そうであればあるほど、「ここでととのってやる」みたいな気持ちになりません?
友野 すごい……ストイックですね。
タナカ リラックス目的だし、余計なことを考えたくないので、サウナ室に入るプロセスもシンプルに。自動運転のように、ロッカーの位置や動線をルーティン化しています。
友野 なるほど。僕、銭湯の靴箱はいつも同じ番号に入れたいのですが、そこが空いていないと、何か乱された感じがします(笑)。
タナカ ルーティンは大切。起床時間も完全に固定にしました。
友野 何時に起きるんですか?
タナカ 20年前ぐらいから朝型にシフトしてて。朝は脳や体の疲労もとれているし一番調子いい。続けてみたら、何だか気持ちよく作業もできて、前よりマンガも描ける量が増えてきました。どんどん起床時間を繰り上げた結果、一時期は2時とか3時台に。もうそれって逆に夜型じゃないかって。
友野 そうですね(笑)。
タナカ 今は4時起床がベストです。
友野 僕もアスリートなので、睡眠は大切にしてます。1日を睡眠のためにどう過ごすかというぐらい。
タナカ カズキくんの場合、体も動かすしね。私は4時に起床して、昼までには仕事を終わらせて、午後は好きなことに費やします。
友野 そこもわかるなあ。午前中がどれだけ充実しているかで1日の完成度が決まりますもんね。フィギュアスケートって練習時間が限られていて、夜中になったりすることもあると、翌日の疲労感が違います。
タナカ 毎日どのぐらい練習するんですか?
友野 シニアになってからは大体2時間から3時間です。合宿でも長くて3〜4時間。4回転ジャンプなどは負担が大きいので何時間も練習できるわけではなくて。シーズン中は2時間以内です。午前中に終わらせて、午後はしっかり体を休める時間にあてています。
タナカ 練習時間が多ければ多いほどいいというわけじゃないんですね。
友野 集中して目標を持って取り組むのが大切。時には無理してできるまでやることも必要なので、そこのバランスが難しいです。
タナカ マンガ家も頭脳労働だけど、結局は体なんですよね。体が快適でないとアイデアが出てこないんです。
友野 つながっているんですね、全部。
タナカ だから、体のことばっかり考えていて。とにかく1日をずっと機嫌よく、快適に生きていきたいよね。
友野 僕も練習時間以外はなるべくストレスをかけないように、楽しく過ごしていたい。体が疲れているときは散歩や音楽を聴いて、体から流していくように。逆に頭が疲れているときは、体を動かしてリフレッシュしたり、サウナや温泉でゆるめていきます。頭と体は本当につながっていて、どちらかを優先すればいいというわけではない。そのコントロールはすごく大事ですね。
スケートとサウナを通して世界への夢が広がる
タナカ カズキくんは海外で試合があったりするでしょう。ロシアやバルト三国にも行かれますよね。本物のサウナがあっていいね。
友野 コロナ禍なので自由に行動するのは難しくて。前シーズンもロシアでの試合があり、サウナのあるホテルだったんですが……。
タナカ 以前、ラトビアにも行かれてましたよね? サウナが最高なんですよ。私、今ラトビアのサウナ本を作っているんです。リラックスや休憩のサウナはこの国がトップだと思っています。
友野 サウナが趣味になってからというもの、ほかの国の事情も気になってるんです。
タナカ 海外だと、湖畔に建てられていて、冬季は湖が凍っているので、スケートをしてからサウナに入れるんですよ。
友野 うわー、だだっ広い湖で滑ってみたいなあ。さらにサウナに入れるなんて最高! 外気浴スケートですね(笑)。
タナカ どこかのテレビ局に企画を持ち込んで、行ってきてくださいよ。
友野 滑りながらととのう。いいなあ。僕の引退後の夢のうちのひとつにしよう。
タナカ 最近、東京のサウナシーンではやっているのはアウフグースというサウナでのパフォーマンス。今年はオランダで競技大会が行われるんですが、日本初参戦します。実際に見たことはありますか?
友野 はい。「スカイスパ」や「大東洋」で。
タナカ 私はときどきアウフグースショーの演出をすることもあるのですが、フィギュアスケートってすごい参考になるんですよ。
友野 ええっ、そうなんですか(笑)。
タナカ だから、カズキくんのエキシビションもめちゃめちゃ見てました。
友野 ありがとうございます。観客を引き込むパフォーマンスをする人は面白いですね。サウナでは僕が観客なので、細かいタイミングや佇まいなど、うまい人のこだわりを楽しんでいます。スカイスパで見た人は『キル・ビル』の音楽を使用していて斬新でした。
タナカ スカイスパはいいですよね。
友野 僕が初めて気絶するぐらいととのったのはスカイスパ。サウナ室の温度と湿度と水風呂のバランスが絶妙で。休憩する椅子がまた最高。上から風が吹いてきて……。眠るのとは違う、1時間ぐらい何も考えずに気絶するみたいな。これが「ととのう」なんだと。
タナカ もう本物ですね。スーパーサウナーじゃないですか! あそこのサウナ室は木材の宝石と呼ばれるケロ材を使用していますからね。木が柔らかくて、湿度もまろやか。
友野 横浜でアイスショーがあったら必ず行ってますね。タナカさんは今、渋谷にサウナ施設を造っていらっしゃるとか?
タナカ そうなんです。必要な機能がちゃんとある空間にしたくて。清潔で水が冷たくてきれい。最低限のことをびしっとね。文字情報はいっさいなくて、どこでも音楽が鳴っている。五感が満足できるように考えてます。
友野 僕が好きなサウナだ。フィギュアは音楽と一緒に体を動かすスポーツなので、音も大切。ドライブしていても、歩いているときも、日常の状況に応じて聴く音楽を変えたりもします。リズムとともに過ごしたい。早くそのサウナにも行ってみたいです!
Profile
タナカカツキさん
大阪府出身。マンガ家、映像作家。代表作に『オッス!トン子ちゃん』など。水草研究やコップのフチ子の生みの親でもあり、多様なジャンルで活躍。「日本サウナ・スパ協会」が公式に任命する日本でただ一人の「サウナ大使」。2022年12月に「SAUNAS(サウナス)」を渋谷にオープンする。
夏のアイスショーシーズンの超多忙なスケジュールをぬって出演いただいた友野さん。服好きの彼のために準備した4ラック分の洋服もすべて楽しそうに眺めていたのが印象的。洋服の持つ力や世界観を感じ取って表現する力はリンク上さながら、ピカイチだ!
Q フィギュアスケートはメンタルも重要。友野さん流、気持ちのととのえ方はありますか?
「自分がどうしたらご機嫌でいられるかを知ることが大事かもしれないですね。自分を知ることが一番の攻略法。何をするにも楽しんでいるときが一番なので。自分は苦しんでいると思うときは大抵ダメなほうに向きがち。でもその時間も大切と考え、この苦しさも悪くないとマインドシフトしたりとか。放っておくのも案外ききます。たとえばジャンプの練習がうまくいかないときは、突き放して諦めてみたり。少し難易度を下げたり。すると不思議なもので、自然とやる気が出てきたりするんです。やる気がなくても、本当に大事なことは最終的には行なっているもの。そこまでいかないということは好きじゃないってことだし。違う方向から見て、自分をコントロールしていく感じです。僕、とても客観視するタイプだなと思います」
Q 友野さんといえば「代打の神様」という異名も。そのフットワークの軽さはどこから?
「イエスマンではないけれど、食わず嫌いせずに、なんでもやってみるところが僕のよさ。もちろん自分のなかでこだわりがあって、ここだけは譲れないという部分もありますが、自分の芯はしっかり持ちつつ何事も試してみることにしています。あと、他人から言われたふとした言葉も大切にしています。家族や友人、先生も。人にはいろいろな価値観があって、意見があるんですが、それに耳を傾けていると、ふわっと心に残るときがあります。自分を開いておくと何かこれは自分にとって大切な気がするというのが、直感でわかるようになるんです」
Q 取材当日は偶然にも羽生結弦さんの決意表明記者会見の日。羽生さんとのエピソードを教えてください。
「僕がノービス時代にアイスショー『THE ICE』で初めてお会いしました。それまで僕はスケートを滑るのは好きだったけど、見るのはあまり好きではなくて。初めてトップ選手と触れ合ったときに、羽生選手は本当にやさしくしてくれたんです。そのときに、僕もこんな小さい子にも夢を与えられるような選手になりたいと思ったんです。その出来事はずっと忘れられなくて、僕も後輩の選手にやさしく話しかけたり、仲よくするようにしています。プロのアスリートに転向されても、好きなスケートが続けられる環境にいてほしいと心から願っています」
Q 昨年は世界中で10試合をこなした友野さん。そのスタミナの秘訣は?
「とにかく動くことですね。文句を言う時間をなくすこと。考える前に動いて、のんきに構えるスタイルです。予定をどんどん入れて自分を追い込むことって結構大事で。結構Mなんだと思うんです(笑)。スケジュールを入れてしまえば、なんとかなる。あ、でもこれは試合や必要なことに関してですよ。遊びのスケジュールは余裕を持たせたい」
Q 今季のテーマは「自分らしさ全開」。その意図は?
「自分らしさって、実は一番向き合うのが難しい。ここ数シーズンは音楽の美しさを感じられる『ニュー・シネマ・パラダイス』や男らしさを表現する『ムーラン・ルージュ』などに取り組みましたが、自分にないものに挑戦しているような感じ。五輪後のシーズンは、一般的に挑戦的なプログラムを選ぶことが多いのですが、僕の場合は逆に自分らしさに立ち返ろうと。そこで、アップテンポなショートプログラム『Happy Jazz』やクラシックだけど楽しい感じの曲調のフリースケーティング『こうもり序曲』を選びました。与えられた課題は足りないピースをはめる感覚がありますが、もとからはめ込まれているものを磨く作業って難しい。自分らしさを表現したつもりでも、人からそんなによくないよ、面白くないと言われることもありますし。でも、成長したからこそ、初めて自分に向き合えた。今なら世に出せる気がするんです」
Q 最近体験したハッピーな出来事は?
「この撮影です! 僕は服が好きなので、いつかファッションシューティングをしてみたいなと思っていました。洋服を通して自分を表現できる場があるなんて……。その瞬間を写真に収められて、本当に楽しかったです。声をかけていただいて、今日までずっと緊張していたんですよ。改めて洋服が好きだと思ったし、着て表現するのも素晴らしいと思いました」
Q 友野さんをハッピーにする定番服は?
「僕は結構クラシックなものを好むので、むしろ定番を着こなしてこそおしゃれなんじゃないかと考えているんです。定番ってみんながいいと思っているからこそ長く愛されているわけですし。そのよさを本当に理解して、着こなしている人が一番カッコいい。たとえば、エアフォース1を履いていても、そのカルチャーや歴史を知って履いている人と普通に履いている人とだと全然違う。スケートも一緒なんですよね。同じバッククロスひとつとっても、基本を理解している人とそうでない人とで見せ方がまったく異なります。洋服のパワーを借りるのは大事だけれど、それよりも自分を磨くことが大切だとも思っています。服に存在が負けないような自分になりたい。自分が心地よくいられるのは体のラインをきれいに見せられる定番ですかね。僕の場合は足もとが重要で、きれいなパンツと靴が必要。最近好きなパンツはラングラーのランチャーパンツやリーバイス517。でも、それも変わることもありますし、再ブームが来ることも」
Q 試合やアイスショーなど、どんな場にいても、みんなをハッピーにしてくれる友野さん。場をなごます才能はどこから?
「僕、何にでも『すげえ』って思うんです。先日、水を飲みながら『うめえ』って言ったら、みんなに『それはないやろ!』とツッコまれました(笑)。もちろん好き、嫌いはありますが、何にでもすごいなと思う視点って大事だと思っています。そう思うことによって『どうしてそうなのか』という興味につながるんです。なので、結構どうでもいいこともすぐ調べます。スケートと違って、ファッションやサウナは趣味。向き合うというのとも違うんですが、何かを感じて考えることは好きなので、深く知りたい。こういうところに気配りしているんだなとか、ほかの人は気がつかないけれど、ここがいいなっていうのを探すのが好き。目に見えないところに、何かがあるというのに惹かれます」
Profile
友野一希さん
1998年、大阪府出身。フィギュアスケート選手。2022 ISU四大陸選手権銀メダル。趣味はサウナ、古着店巡り、靴磨き、ラーメン。歴史のあるものに惹かれる。上野芝スケートクラブ所属。Instagram: @k0515ki