作りたいのは、色々な要素が交差することで生まれる音楽
——『YIAN』はアンビエントな作品でありつつ、クラシックやメタル、ポストロックなど、Chuaさんが吸収してきた多くの音楽の要素が息づいているのを感じました。
Chua:さまざまな音楽のフィールドに身を置いてきたけど、私は1つのジャンルに属そうと思っていなくて。いろいろな要素が交差することで生まれる、新しい音楽。そこに一番関心がありますね。
——チェロをメインの楽器としていますが、チェロのどういった点に惹かれているのでしょうか?
Chua:5歳のとき、ロンドンのコベントガーデンでストリングカルテットが演奏しているのを見たんです。そこでチェロのオブジェとしての大きさと、力強い音色に惹かれて。あと、チェロという楽器にはあまり女性が演奏するイメージがなく、そこも自分にはユニークに映ったのかな。3歳から日本のスズキ・メソードに則ってピアノを習ってはいたけど、それは両親からの勧めだったので、初めて自分で選んだ楽器がチェロでした。
——幼い頃からしっかりと自分の考えを持っていたんですね。『YIAN』はイギリスと中国にルーツを持つご自身のアイデンティティに向き合ったアルバムということですが、そうした作品を作ろうと思ったきっかけは?
Chua:最初は特に主題を定めず、直感に任せて曲を作っていきました。曲ができはじめて、制作の折り返し地点に差し掛かったときに、全曲を聴き直したんです。そうしたら、1つひとつの曲をつなげる1本の糸のようなものが見えてきた。それは二元性というのかな。2つの文化にルーツを持っている人間として、自分が属することができる新しい場所を、曲の中に作り出したかったんだと思います。イギリスで生まれ育って、常にアウトサイダーであるという意識を自分の外見などから持っていたし、逆に親族を訪ねてアジアに行ったときは、そちらでも居場所がないような感覚があったので。
——曲作りを進める中で、ご自身の願いが浮かび上がってきたんですね。制作期間はちょうどコロナ禍でしたが、このイレギュラーな世界的状況からの影響は受けましたか?
Chua:パンデミックが起こるまでは、帯同していたFKA Twigsのツアーでとても忙しくしていたんです。それがすべてキャンセルになり、家に1人でいる時間がすごく増えて。友人や家族と離れて過ごす中で、安らぎを求めるようになった。そこで、自分のルーツを探ったら安らぎを得られるんじゃないかと思ったことも、今作に繋がったと思います。
タイトルはミドルネームの「ツバメ」。自由への渇望を込めて
——なるほど。アルバムのテーマを決定づけたような、印象深い曲を挙げるとしたらどれでしょうか。
Chua:『Golden』です。デモ状態で全曲が出揃ったとき、友人を集めて一緒に聴いたんです。そうしたら友人の1人が、この曲を聴いて涙を流して。曲が持つ力強さ、そしてその音楽が誰かにとって意味があるということを自分でもすごく実感できた。それから、『Golden』がこのアルバムのメッセージを象徴する重要な曲だと思うようになりました。
——自分のルーツを見つめ直す作品を完成させて得た手応えや、新たに気付いたことはありますか?
Chua:アルバム制作を通して、自分と似た人と繋がることができたこと。私は子供から大人になる過程で、そういう人が自分の周りにいなかったんです。また今回のアルバムは、クリエイティブへのすべての決定権を初めて自分が持ちました。スチール撮影や、ミュージックビデオ撮影も。自分自身で選ぶ立場になれたことへも、手応えを感じましたね。
——アルバムのタイトル『YIAN』は、ご自身のミドルネームなんですよね。
Chua:はい。私の中国語のミドルネームは「Siew Yian」、「優雅なツバメ」という意味で。改めて自分の名前に込められた意味を考えたんですが、ツバメって、2つの異なる場所を行き来しますよね。その姿が、2つの異なる文化を行き来する自分に重なった。それから「もしかしたらツバメは、2つのどちらかに所属するのではなくて、空に住んでるのかな?」と思うようになりました。どこかの場所に縛られることなく、どこへでも行ける。そういう自由な存在であることへの憧れ、自由への渇望を重ね合わせて、このタイトルを付けました。
八ヶ岳高原音楽堂でのライブは、空間自体を楽器に
——4月13日には、八ヶ岳高原音楽堂でデニムブランド「トゥ エ モン トレゾア」とのコラボパフォーマンスを披露しました。自然に囲まれた、吉村順三さん設計の建築物での演奏はスペシャルな経験だったかと思います。
Chua:吉村さんが設計した建物で演奏することをとても楽しみにしていました。彼の、自然とコネクトするというフィロソフィーに惹かれていたんです。音楽堂はすべて木で作られているんですが、自分自身が楽器の中に入ったイメージというか、「音楽堂の空間自体が楽器である」という想像のもとに、パフォーマンスを作っていきました。このライブのために新曲も準備したんです。1曲目に披露した、風の音と共に始まるストリングスの曲。まだタイトルは付けていないんですけどね。
——とても意欲的に取り組まれたんですね。
Chua:ワクワクして当日を迎えました。音の周波数は、そこに何体の体があるかによって大きく変化するんです。ライブの空間にいる人々も含め、観客の1人ひとりも音楽の1要素だと考え、すべての要素が音楽の一部になる経験を目指して演奏しました。
——当日は「トゥ エ モン トレゾア」のお洋服を着て演奏されましたが、どのような印象を持ちましたか?
Chua:派手ではなく、静かなデザインですが、パワフルな何かを感じました。洋服だけではなく、デザイナーの佐原愛美さんがあの場所を選んだこと、コンセプトで伝えようとした一連のストーリーにも、とても感銘を受けましたね。彼女がデザインした服を着て舞台に立った瞬間、「なぜこのデザインになっているのか」が、ストンと自分の中に落ちてきたんです。あと、洋服の美しいパターンは、角田純さんが私のアルバムを聴きながら描いてくれたそうで。それを着て演奏することで、私が音楽を通して彼のドローイングを生き生きとさせた感覚も持ちました。パフォーマンスを通して三者のコラボレーションが生み出せて、とても誇りに思っています。
——日本で演奏したのは初めてだったそうですが、お客さんの反応はいかがでしたか?
Chua:演奏しながら、自分の音楽や表現への敬意をとても感じました。音を本当によく聴き込んでくれているというか。そうしたリスペクトを、今まで演奏してきた場所よりも強く感じましたね。
——これまでもChuaさんは美術館やプラネタリウム、野外駐車場などいろんなところでライブをしてきましたが、今後日本で演奏してみたい場所は?
Chua:音楽フェスティバルのためだけに来日して帰るというよりは、今回のように、自分が関心を持つ文化や、似た感覚を持つ人たちと出会える経験をしたいです。今回のプロジェクトも、今後の自分に間違いなく大きな影響を及ぼす経験だったので。吉村さんが設計された宿舎に泊まったんですが、そちらにもピアノなどが置いてあったんですよ。それでとてもリラックスする時間を過ごせて。そういった素敵な環境や、近い価値観の人々に出会えるプロジェクトに、今後もぜひ参加していきたいですね。
Lucinda Chua『YIAN 』
labels: 4AD / BEAT RECORDS
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