話題の本格落語マンガ、『あかね噺(ばなし)』 原作者の末永裕樹さんにインタビュー

伝統芸能である落語に、注目すべきムーブメントが起きている。王道の少年マンガのストーリーに落語を落とし込んだ『あかね噺』や、女芸人だけの寄席や古典の改作に挑む女性落語家たち。業界に新風をもたらすパイオニアを取材した

 

“マンガとのフュージョンが落語の楽しみ方を広げるきっかけとなれば”

少年マンガという異ジャンルから、新しいファン層を引き込む『あかね噺』。新時代を切り開く注目作品の魅力と楽しみ方を探る

あかね噺 末永裕樹

『あかね噺』
原作/末永裕樹 作画/馬上鷹将 集英社 週刊少年ジャンプにて連載中 既刊6巻 

父・阿良川志ん太の噺を聴いて幼い日々を過ごした朱音は17歳。毛先をピンクに染めた髪にピアス、ミニスカートといういでたちそのままに、密かに落語家修業を続けている。高校卒業が迫るなか、ついに父の師である志ぐまに入門を許され、真打を目指す日々がスタートする。

 

江戸から続く伝統芸能に高校生が挑む成長譚!

「マンガ大賞2023」「次にくるマンガ大賞2022」などにノミネートされ、数々のランキングも賑わせている『あかね噺』。幼い頃から落語にハマりっぱなしの高校生・あかねを主人公に落語の世界を鮮やかに描く話題作だ。

「初めて落語に触れる読者に親しみを持ってもらいたくて、主人公を高校生にしました。実は、あかねは別のマンガのネームで生まれたキャラクター。この子を主人公に別の話を作ってみようというところから企画がスタートしたんです。どうして彼女がこんなことをやってるの? とギャップを作り出せるものは何だろうかと考え、落語という大きなテーマにたどり着きました」

デビュー作「舞台を降りるその時は」でも、落語研究会出身の芸人を描いた末永裕樹さんだが、意外にも落語が身近になったのはここ数年のことだという。

「伝統芸能であるがゆえの格式やハードルの高さを感じている人も多いのでは。私自身、漫才やコントが好きで、芸人さんが落語を聴いていると知って興味を持つようになりました。そこから、『あかね噺』の原作を書くことでようやくじっくり聴くように。きっかけさえあれば、入っていきやすいジャンルだと思うんです」

そんな末永さんをサポートするのが、監修を務める落語家の林家けい木さん。

「私がネームを書いたあと、馬上鷹将先生が作画に入る前に、落語の言い回しや、落語家のキャラクターの言動などを林家けい木さんにチェックしていただいています。けい木さんはマンガやアニメへのリスペクトがあって理解も深い。物語の発端となる出来事や、あかねが成長して得ていくものと落語との関係がとても重要になるので、そのアイデアを生かすならこういう考え方もある、などと助言をもらうこともしばしば。ご自身の知見だけでなく、ほかの落語家さんに考えを聞いてくださることもあり、エピソードを増強する要素をたくさん教えていただいています。周りの落語家さんやファンの方たちに作品を宣伝してくださるのもうれしいですね」

あかね噺

学生落語大会の予選で「寿限無」を披露するあかね。人物の背景に文字を配して、息もつかせぬ"言い立て"の技を体感させるスゴ技!

落語×マンガが生む化学反応が面白い!

本格落語マンガと称される『あかね噺』は、実在の古典落語を盛り込み、落語家への取材も重ねて書かれる。

「前座、二ツ目の方から真打、大師匠と呼ばれるようなベテランの方まで幅広くお話を聞かせていただいています。皆さん、芸についてお話するうちに、気づけば人間の深みに触れるような話を伺えるのがありがたいです。作品には『芝浜』『寿限無』『まんじゅうこわい』などが出てきます。落語とマンガの面白さが噛み合うことが必須なので、描きたい感情があり、それにはどんな噺が適しているだろうかと、物語との親和性という観点から探していく。このキャラクターにこの噺をやらせたいと考えることも稀にあります。2巻の『三方一両損』は、春風亭一朝師匠の高座を観て、主人公の兄弟子である、阿良川享二にぴったりだ!と思いました。これぞ江戸前落語、と言いたくなる耳当たりのよさもあり、個人的にも好きな一席です」

落語の演目には、江戸から大正にかけて生まれた「古典」と、大正以降に作られた「新作落語」や「創作落語」と呼ばれるものがある。今後『あかね噺』に新作落語が登場することは?

「いつどのタイミングで、というのは決めていないのですが、将来的に新作落語が出てくる可能性は高いですね。噺を自分で作ることを考えると、難しいチャレンジになるだろうと気が重くなりますが……。新作落語になじみのない読者も多いと思いますので、落語の楽しみの枠を広げるという意味でも、いずれ覚悟を決めて書きたいです」

声、身振り、表情や間も駆使して演じられる落語を静止画に描く。マンガならではの大胆にして繊細な表現とその多彩さに魅せられる読者も数多い。

「古典落語を題材にするからには、結局どういう噺だったの? とはならないよう、読めば粗筋がわかるように。でも説明ばかりにならないように心がけています。そこにマンガならではのケレン味やかっこよさを演出で加える。キャラクターと落語の中の登場人物を、絵のタッチを変えて並置するなど、実際に落語を聴いているときの感じ方に近づけるための工夫も盛り込みます」

あかね噺

弟子入り前、突然訪れたあかねの初高座のシーン。「まんじゅうこわい」の登場人物を幻視させるほどの力演をひとコマに表現した

マンガと現実がつながるリアル落語イベントを開催

連載1周年を記念して、2023年2月にはリアルイベント『あかね噺の会』が開催された。出演は、春風亭一朝、林家けい木、柳亭小痴楽、林家つる子。読者150名も抽選で招待された。

「私もその場にお邪魔したんですが、10代女性から20代男性、お年を召された方まで、老若男女さまざまなお客さまがいらっしゃって驚きました。落語家さんが、作中で描いたことを噺に盛り込んだときもしっかりウケていて、本当に読んでくださってるんだ、届いているんだと実感できました」

物語が進むほど、落語の世界がどんどん身近になり、吸引力さえ増していく。今やすっかり落語ファンとなった末永さんのご贔屓は?

「柳家花緑師匠は、連載が始まったタイミングで取材をお願いして以来、近
くで落語会があるたびに聴きに伺っています。柳家三三師匠の落語も面白いし、春風亭一朝師匠の『三方一両損』、古今亭文菊師匠の『稽古屋』も忘れ難いです。漫才やコントなど、数分間でどれだけ笑いを取れるかという競技のような形式に慣れた耳には、落語ってスローテンポですし、笑いがめちゃくちゃに詰まっているわけでもない。でも初めて生で落語を聴いたときに、笑いだけじゃない、表現の幅の広さを堪能させる凄みに震えたんです。聴くこちら側のフィルターをかけ変えることで、落語の面白さがわかるようになりました。ライブだからこその衝撃と感動ってものすごいんですよ!」

作中には、《漫才やコントなんかのブームに負けずとも劣らないムーブメントを落語でも起こせる》というセリフも。『あかね噺』はその牽引役となるのか?

「落語ブームの火を大きく燃やすのは落語家さんたちにしかできないことですが、『あかね噺』という作品が、落語という世界の間口を広げるひとつの要因として機能するならうれしいです。作中には、実在の落語家さんからイメージを借りたキャラクターもいますし、阿良川、椿屋、今昔亭などの亭号も実際にあるものをもじっています。蘭彩歌うららというキャラクターの亭号も、蝶花楼桃花さんの亭号の元にもなった道教の八仙のひとりから音を拝借しましたし、寄席の『弥栄亭』のモデルは新宿『末廣亭』です。そんなふうに、実在の人物や場所と関連させた小ネタも仕込んでいるので、気づいて楽しんでもらえたらうれしいです」

あかね噺

兄弟子の営業に同行した一席で、聴衆を楽しませながら、そのストライクゾーンを広げてみせたあかね。目線や指先の描写も見どころ

あかね噺

末永さんイチ押しの「末廣亭」をモデルにした「弥栄亭」。一年中興行が催されている定席寄席は、上野、浅草、池袋など数カ所がある

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