【林家つる子】改作で古典に新たな面白さを
“現代の感覚を織り交ぜ、より多くの共感を生みたい”
登場人物たちの隠れた心情や描かれていない場面に光を当てて古典落語の奥深い魅力を見せる挑戦を続ける
落語の中の女性たちが何を考えていたかを想像する
「『子別れ』のおかみさんは、家を出てから、子どもと二人でどうやって暮らしていたんだろう。『芝浜』のおかみさんは、どんな思いで亭主に嘘をついたのか」
前座時代から、落語のストーリー上では描写されない場面や人の心の動きが気になっていたという林家つる子さん。2019年から古典落語に独自の解釈を加えた改作に挑戦している。
「古典は男性が主人公の噺が多いんです。女性は脇役で名前もなかったり、ひどい目に遭ってもすんなり受け入れるような、男性の理想を押しつけられた描かれ方をすることも。そんな女性たちにスポットライトを当てたらどうなるだろう、と噺を深掘りし始め、当時の様子を資料で調べたり、人物の心情の手がかりをつかむため身近な人にインタビューするようになりました」
最初に挑んだのは「子別れ」。4年ほど前の独演会で初披露した。
「呑んだくれて遊女との惚気話を聞かせるような亭主の熊五郎と、愛想を尽かして別れる妻お徳の物語ですが、数年たって状況が変わったからと妻があっさり復縁するところに疑問を感じました。彼女は亭主の何が好きだったのか、ダメな男の面倒をみたいタイプなんだろうか、と人物像を探り、離縁してからのお徳と息子の暮らしをメインに描いています。夫婦の離縁の原因にもなった遊女のお島のことも気になって、現在はお島視点の『子別れ』との3つのバージョンを高座でかけるようになりました」
「芝浜」改作への取り組みは、NHKのドキュメンタリー番組にも取り上げられて大きな反響を得た。
「『芝浜』はおかみさんの存在がカギになる噺です。おかみさんの気持ちを理解しようとすると、夫婦のなれそめ、長屋の大家さんとのやりとりなど、描かれていない場面やキャラクターへの想像がどんどん膨らんでいきました。改作の途中では、オチをおかみさんに言わせてみたりもしたんです。でも古典落語が持つ世界観とストーリーを壊さず、自然な展開で本来のオチに向かえるのがベストだと考えて、元の通り勝五郎に言わせるようにしました。
落語には、描かれてない部分を自由に想像することにも楽しみがあるので、余計なことかな、お客さまの楽しみを奪ってしまうかな、という躊躇もありました。古典にわざわざ新しい視点を加えなくても、というご意見もいただきました。それでも私は女性たちのことが気になるし、今、落語を聴く人がそこに違和感があるせいで楽しんでもらえないとしたらもったいない!」
女性の気持ちにフォーカスすることで、ほかの登場人物の見えない部分も描き出したいというつる子さん。
「ただし、現代に寄りすぎるのも違う。今も昔も変わらない、普遍的な感情をすくい上げたいと考えています。最近は、元の噺にディテールを加えていくだけではなくて、完全に視点を変え、描かれていないところだけで本来のオチまで持っていくという形にも挑戦中。『紺屋高尾』という噺を、花魁の視点から描いたものを、本来の型とセットにしてかけています」
落語にたびたび登場する遊郭や遊女だが、そこで暮らす個人の感情が描写されることはあまりない。
「吉原を舞台にした映画やドラマ、漫画や小説はたくさんあるのに、落語で遊郭の中を描く噺はほとんどありません。でもそこには絶対ドラマがあっただろうし、歴史的な事実でもあるので、廓噺をもっと深掘りしていきたいです」