新時代をリードする二人の女性落語家【蝶花楼桃花】【林家つる子】

伝統芸能である落語に、注目すべきムーブメントが起きている。王道の少年マンガのストーリーに落語を落とし込んだ『あかね噺』や、女芸人だけの寄席や古典の改作に挑む女性落語家たち。業界に新風をもたらすパイオニアを取材した。

ここでは業界の常識をしなやかに超え、新たな魅力を吹き込む存在として脚光を浴びる女性落語家の挑戦にフォーカス。

【蝶花楼桃花】活躍の場を広げる数少ない女性真打

蝶花楼桃花(ちょうかろうももか)

“落語という軸を貫きながら、いかに挑戦できるか”

女性演者だけの興行を成功させ、初の女性回答者として「笑点」レギュラー大喜利にも出演。期待の真打が語る、これまでとこれから

女性であることを個性にジャンルを超えた活躍を見せる

2023年3月、演者すべてが女性芸人という「桃組」の公演が浅草演芸ホールで行われた。首都圏の定席寄席では初めてとなる新しい試みを企画した蝶花楼桃花さんは真打となって2年目だ。

「昇進してちょうど1年のタイミングで、2度目のトリをとってくれないかと浅草演芸ホールから声をかけていただいて。若手にとっては貴重な機会ですから、何か特別なことができないかと企画の提案をさせていただきました。女性芸人の数が増えてきた今だからこそ実現できた企画でした。3月上旬の桃の節句の時期だったので『桃組』。私の専売ではないので、今後も女性の先輩や後輩たちと一緒に、楽しい企画ができたらと考えています」

「女真打」という枠が廃止され、男性と同じ扱いになってから二十年あまり。桃花さんは落語協会の女性の真打としては10人目となる。

「女性であることは落語家としての私の一側面でしかありません。性別は関係ないと思うと同時に、大切にしたいとも思っています。とはいえ、今回の『桃組』のような形は初めてで、女が落語をやるなと言われた時代も知っているので、正直なところ怖かったです。でも、いざ蓋を開けてみたらお客さんからも喜んでいただき、師匠方も応援してくださってうれしかったです」

初めて生で落語を聴いたのは、劇団の研修生時代。新宿の「末廣亭」だった。

「東京の真ん中、新宿伊勢丹のすぐそばに木造の古い建物が残されていて、お弁当を食べている人も寝ている人もいるゆるい空気の中、舞台ではすごい芸が演じられている。エンターテインメントの定義を覆されるような体験でした。こんな世界があるんだ!と驚きのめり込み、私もやりたい、と。気づけばこの世界に飛び込んでいました」

2006年に春風亭小朝に入門。前座時代の春風亭ぽっぽ、二ツ目の春風亭ぴっかり☆を経て蝶花楼を襲名した。

「蝶花楼は、字面は華やかなんですが、江戸時代から男性だけが継いできた名跡です。私の一門である五代目柳朝に縁があるのですが、まさか自分が継げるとは! これまで、覚えてもらうためにインパクトの強い名前を名乗っていましたが(笑)、改めて〝桃花〟という名前を師匠が考えてくれました」

ラジオの冠番組を持ち、コメンテーターとしてニュース番組にも、映画や演劇にも出演する。デビューシングル「Fly High〜桃色の花を〜」をリリースするなどジャンルを超えた活動も異彩を放つ。

「演技も歌もテレビやラジオも、楽しくやっているんですが、最終的には落語の糧になると思って取り組んでいます。真ん中に落語という軸があるからこそ、いろいろ挑戦できるんだと思います。子どもの頃から好きなミュージカルや宝塚歌劇にしても、落語にしても、生の表現というか、笑い声や温度感まで伝わる、お客さんと一緒に作っていくものが好きなんです。たくさんの人に寄席に来てもらうためにも、落語の幹を太くすることが一番の目標です」

前座時代からこれまでは、古典、新作とも滑稽噺を多くかけてきたが、人情噺にも挑みたいという決意も。

「真打になったからには、じっくり聴いてもらえるネタも身につけたい。年月をかけて向き合っていくものが、この先の自分を支える基盤になると考えています。私自身の言葉でしゃべれる噺も増やしたいし、新作の書き下ろしや後輩の落語会のプロデュースも続けます。落語界を盛り上げるというとおこがましいのですが、興味を持ってもらえるきっかけならいくらでも作りたいんです。やりたいことは後回しにせず、同時進行で挑んでいきます」

『蝶花楼桃花独演会〜桃花の季節Ⅱ〜』『蝶花楼桃花 夏の独演会』

落語ビギナーにおすすめの会

初心者でも楽しめる直近の公演をご紹介。桃花さんの落語を存分に楽しむなら、6月16日の『蝶花楼桃花独演会〜桃花の季節Ⅱ〜』へ。『蝶花楼桃花 夏の独演会』もおすすめ。7月30日開催の名古屋公演のゲストは太神楽の鏡味味千代。8月20日開催の東京公演には、落語家の柳家喬太郎と動物ものまねで知られる江戸家猫八も登場する。その他、全国で落語会を開催。定席寄席への出演も多数。詳細はHP、SNSにて。

蝶花楼桃花プロフィール画像
蝶花楼桃花

ちょうかろうももか。東京都生まれ。2006年春風亭小朝に入門。2022年浅草芸能大賞新人賞受賞。同年3月真打昇進。披露興行に続き、昇進から史上最速4カ月での初主任興行はいずれも大入りに。

【林家つる子】改作で古典に新たな面白さを

林家つる子

 

“現代の感覚を織り交ぜ、より多くの共感を生みたい”

登場人物たちの隠れた心情や描かれていない場面に光を当てて古典落語の奥深い魅力を見せる挑戦を続ける

落語の中の女性たちが何を考えていたかを想像する

「『子別れ』のおかみさんは、家を出てから、子どもと二人でどうやって暮らしていたんだろう。『芝浜』のおかみさんは、どんな思いで亭主に嘘をついたのか」

前座時代から、落語のストーリー上では描写されない場面や人の心の動きが気になっていたという林家つる子さん。2019年から古典落語に独自の解釈を加えた改作に挑戦している。

「古典は男性が主人公の噺が多いんです。女性は脇役で名前もなかったり、ひどい目に遭ってもすんなり受け入れるような、男性の理想を押しつけられた描かれ方をすることも。そんな女性たちにスポットライトを当てたらどうなるだろう、と噺を深掘りし始め、当時の様子を資料で調べたり、人物の心情の手がかりをつかむため身近な人にインタビューするようになりました」

最初に挑んだのは「子別れ」。4年ほど前の独演会で初披露した。

「呑んだくれて遊女との惚気話を聞かせるような亭主の熊五郎と、愛想を尽かして別れる妻お徳の物語ですが、数年たって状況が変わったからと妻があっさり復縁するところに疑問を感じました。彼女は亭主の何が好きだったのか、ダメな男の面倒をみたいタイプなんだろうか、と人物像を探り、離縁してからのお徳と息子の暮らしをメインに描いています。夫婦の離縁の原因にもなった遊女のお島のことも気になって、現在はお島視点の『子別れ』との3つのバージョンを高座でかけるようになりました」

「芝浜」改作への取り組みは、NHKのドキュメンタリー番組にも取り上げられて大きな反響を得た。

「『芝浜』はおかみさんの存在がカギになる噺です。おかみさんの気持ちを理解しようとすると、夫婦のなれそめ、長屋の大家さんとのやりとりなど、描かれていない場面やキャラクターへの想像がどんどん膨らんでいきました。改作の途中では、オチをおかみさんに言わせてみたりもしたんです。でも古典落語が持つ世界観とストーリーを壊さず、自然な展開で本来のオチに向かえるのがベストだと考えて、元の通り勝五郎に言わせるようにしました。

落語には、描かれてない部分を自由に想像することにも楽しみがあるので、余計なことかな、お客さまの楽しみを奪ってしまうかな、という躊躇もありました。古典にわざわざ新しい視点を加えなくても、というご意見もいただきました。それでも私は女性たちのことが気になるし、今、落語を聴く人がそこに違和感があるせいで楽しんでもらえないとしたらもったいない!」

女性の気持ちにフォーカスすることで、ほかの登場人物の見えない部分も描き出したいというつる子さん。

「ただし、現代に寄りすぎるのも違う。今も昔も変わらない、普遍的な感情をすくい上げたいと考えています。最近は、元の噺にディテールを加えていくだけではなくて、完全に視点を変え、描かれていないところだけで本来のオチまで持っていくという形にも挑戦中。『紺屋高尾』という噺を、花魁の視点から描いたものを、本来の型とセットにしてかけています」

落語にたびたび登場する遊郭や遊女だが、そこで暮らす個人の感情が描写されることはあまりない。

「吉原を舞台にした映画やドラマ、漫画や小説はたくさんあるのに、落語で遊郭の中を描く噺はほとんどありません。でもそこには絶対ドラマがあっただろうし、歴史的な事実でもあるので、廓噺をもっと深掘りしていきたいです」

末廣亭 林家つる子

新宿・「末廣亭」の定席寄席に登場したつる子さん。爽やかな色目の男着物を纏って、この日は古典落語「お菊の皿」を熱演した。「女性目線で描いた演目のときには、女着物を着ることも。噺に合わせて着分けているので、注目していただけるとうれしいです」

林家つる子プロフィール画像
林家つる子

はやしやつるこ。1987年、群馬県生まれ。大学で落語研究会に勧誘され落語に出合う。学生落語大会での活躍を経て2010年9代目林家正蔵に入門、現在二ツ目。来春の真打昇進が決定している。

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