【インタビュー】飛び出す勇気が可能性を押し広げる
高く、遠く飛ぶために磨き上げられた背中には羽が生えているかのよう
猛暑日を記録し続ける8月末、撮影場所にひとりの青年が飄々と現れた。スキージャンプの小林陵侑選手だ。ノルディックスキー競技のうちのひとつであるスキージャンプは、ジャンプ台から飛び出し、飛行距離の長さと姿勢、着地の美しさを競う。スタートゲートから助走し、約90㎞/hのスピードで飛び出していく。その恐怖心はどう克服したのだろうか?
「飛ぶ瞬間は勇気がいります。競技を始めたばかりの頃は20メートル級のジャンプ台から何度も飛んで、そのうち慣れてきたかなという感じ。でも、あの宙に浮いた瞬間が楽しくて。そこからこの競技にのめり込みました」
2022年の北京五輪では男子個人ノーマルヒルで24年ぶりとなる日本人金メダリストに輝いた小林選手。そこからも快進撃を続ける彼に強さの秘訣を聞くと、シンプルな答えが返ってきた。
「自分のジャンプを貫くこと、でしょうか。スキージャンプは、自分ではどうにもできない要素が結構あります。風向きや風速もそう。ルールで10秒以内にスタートしなくてはならないので、もうその状況で飛ぶしかない。自然が相手なので、そこを気にしても仕方がないんです。ルーティンを決めすぎて、縛られてしまうと、同じ可能性の中でしかいられなくなってしまいます。常に最善を尽くして、必要なことをやるしかないと考えています」
“自分のジャンプ”を追い求め、体の鍛錬と同時にこの世代ならではのイメージトレーニングを実践している。
「自分がジャンプ台から飛び出す瞬間の感覚とYouTubeの動画などで第三者から見た映像のイメージを擦り合わせるんです。調子が出ないなと思うときに見返すのは、ノルウェーのダニエル =アンドレ・タンデ選手の2016年の試合です。彼の2016〜’18年のジャンプが大好きで、いまだに世界一だと思います。無駄な力が入っていなくて、理にかなったジャンプです。自分から見た動きと、映像で見ているものって全然違うので再現力って本当に大事なんですよね。自分や他人の映像をきちんと見て研究するようになってから成績が伸びたと感じますね」
輝かしいキャリアを歩む彼は、新しい方向を模索するために今年4月にプロ転向を表明。自身の愛称から名付けた“TEAM ROY“を設立。前例にとらわれない活動を予定している。
「もう少し自由にいろいろとやってみたいというのが理由です。僕はファッションも好きなので、今日のような撮影にもチャレンジしてみたい。この夏は、同学年の高梨沙羅選手や中村直幹選手と3人で合宿を組みました。僕たちは常に日本のジャンプ界を一緒に盛り上げたいと思っています。みんなジャンプのオタクなので、道具や技術について掘り下げたり、お互いのアイデアを持ち寄ってヨーロッパでトレーニングをしましたね。また、僕は最近ではオリジナルのウェアをデザインしたり、来年には故郷の岩手で親子で楽しめるジャンプ教室イベントも企画中。競技者の裾野が広がるといいなと思っています」
スキージャンプの魅力を広めるべく活動範囲にリミットを設けない小林選手。将来的にはどのような夢を抱いているのだろうか。
「僕自身はまだ競技を続けますし、結果を出すことが一番です。その間にできる理想の形としてはスキージャンプ界全体がエンターテインメントのように、もっとたくさんの方に観て楽しんでもらえるものに発展してほしい」
まずは会場で観戦してみてほしい、という小林選手に競技の楽しみ方を聞いてみた。
「僕個人は空中にいる瞬間がいちばん臨場感があって面白いんですが、現地で観るならゴールあたりにいるのもおすすめです。飛び終わった選手が近くにいますし、コミュニケーションできることもあります。もっと競技の迫力を体感したいなら、100メートル地点付近や着地点あたりで観戦すると目の前でバーンと風を切る音や着地の音にも驚くと思いますよ。スキージャンプの大会ってヨーロッパのほうが盛んなので、海外で観るのも楽しいです。初めて観に行くなら、ポーランドやドイツ、オーストリアがいいですよ。競技としても盛り上がっていますし、何万人も観に来ていて、会場はいつもお祭り騒ぎなんです。いつか日本でもエンターテインメントとして総括的に楽しめる場をつくりたいんですよね」