この作品は、女性の旅の物語。 彼女の視点を通して、世界を新しい目線から見ることができる
博士とベラの関係性は複雑だからこそ美しい
「僕の父は外科医で、母は看護師でした。だから、子どもの頃から医療者が身近な家庭で育ってきたんです。研究室も、医療器具も、血も、日常的に目にしてきた。だからこの役の話をもらったとき、『演じる準備はできている』と思いました(笑)」と語ってくれたのはウィレム・デフォー。
彼は、『女王陛下のお気に入り』(’18 )で一躍世界に名を広めた監督、ヨルゴス・ランティモスがエマ・ストーンを主役とした驚愕の新作『哀れなるものたち』に出演。ゴッドウィン・バクスター博士を演じている。すでにオスカー最有力候補といわれている今作で、博士は、“フランケンシュタイン”のような存在だ。命を失いかけた女性の頭に、彼女のお腹にいた胎児の脳を入れて、エマ演じる“怪物”=新たな人間、ベラ・バクスターを創るのだ。
「ふたりの関係は非常に複雑で、けれどとても美しいのです。“フランケンシュタイン”の物語では、博士は自らの手で生み出した怪物に恐れをなしますが、バクスター博士は、自分の創造物を愛します。だから彼は彼女を手放すのがつらくなるんです。ベラは赤ちゃんのような速さで、見たもの、体験したことから学んでいきます。閉じ込められていた家から出て、外が見たいと。そこで、博士は彼女を世界に旅立たせてあげます。ただベラは社会に適合するようにはできていません。冒険をしながら社会に命令されることもなく、どんな人間になるべきかを告げる人もいない。自由なのです」
彼が出演するにあたり、『アクアマン』(’18 )で共演したニコール・キッドマンからの助言があったという。
「ニコールは、ヨルゴス監督の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(’17 )に出演していたからね。彼女には『彼は“演技はするな”と繰り返すと思う』と言われました。ヨルゴスの過去作は抑揚がなくて、無表情な役が多かったのです。『彼は大げさな演技が嫌いだから』と(笑)。だけど今回は、それとは打って変わり、言葉使いにも時代にも強烈な特徴があって。舞台的とすら言える独自の世界観があったのです」
デフォーは作中、6時間かけてマスクを装着している。しかし「マスクのおかげで、理解を超えて、この役そのものになりきれたんです」と語る。
「頭では理解できない、自分の中に眠っていた想像力を目覚めさせてくれました。身振りが変わり、自我が消え、博士になるための扉が開いたんです。特に印象に残っているのは、家の美しいセット。書庫にあった本を何げなく開いたら、その時代の手術のための解剖図が描かれていました。それだけ完璧に世界が完成していると、演じ方も自然とわかるものです。しかもこれまでに見たこともないようなものだったので、新鮮な衝動が生まれました。それがヨルゴスの素晴らしいところ。彼は、創る世界のすべて——セット、衣装、音楽などに深い知識があり、こだわりがあり、意味がある。最高でした」
原作となった小説は男性の視点から書かれていたのだが、映画はベラが中心の物語に。幼い心を持った独自の存在であるベラを通して、女性が自己発見する姿が描かれている。リスボン、パリ、アレクサンドリアなど行く先々で、さまざまな男性と出会う。何の恥も、罪の意識も感じない彼女はセックスをとことん探求したり、かと思えばトキシック・マスキュリニティと対峙し、または不公平な社会構造を目撃する。彼女の姿には時にギョッとするし、あるときは悲しくて、笑えて、エンパワメントでもあり、今の社会においてヒーローのようにすら見える。最終的には希望を描いた作品なのだ。
「この作品は、女性の旅の物語です。この映画を観ると、得られることがたくさんある。自分自身が見えてくるような映画だと思うんです。それから、いかに私たち人間が、社会的な通念をそのままのみ込んでいるのか、与えられたものをそのまま受け入れているのかもわかる。ベラの視点や、彼女の旅路を通して、世界を新しい視点から見ることができます。何が僕らを支配しているのかに気づかされますね」
人物や色彩にギリシャを感じる
衣装のキーワードは少女性
東ゆみこ(以下、東) 原作は最後まで読むと、それまでが全部ひっくり返されるような小説なんです。
北村道子(以下、北村) 映画にも伏線がありますよね。最初のシーンで、青いドレスの女性が命を絶とうとする。その彼女が妊娠していたお腹の子どもの脳を、ウィレム・デフォー演じる医師ゴッドウィン・バクスターが女性の頭に移植する。そのときに、私はヒポクラテス(※1)を感じたんです。法廷のような部屋で手術する場面にも興味があって。私自身の視点は主人公のベラじゃなくて、ゴッドウィンなんです。
東 マッド・サイエンティスト目線なんですね(笑)。では、もちろんこの話が下敷きにしている『フランケンシュタイン』(※2)もお好きですか。
北村 1973年のビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(※3)にも『フランケンシュタイン』の映画が出てきますね。対象物そのものを描かずに描写する作品が好きなんです。
——ゴッドウィンはベラに「ゴッド」=神と呼ばれています。
北村 彼を見ていると、医学って独裁的なことじゃないかと思いました。そうでないと、ほかの人間にメスは入れられない。それにゴッド自身の顔がつぎはぎのようにされていますよね。
東 そう、フランケンシュタインの怪物みたいに。それはゴッドも彼の父親による実験体だったからで。
北村 普通の人はあの顔を見ると信用できない。でも、ベラは信じる。それは子どもの感覚なんです。『ミツバチのささやき』で少女がフランケンシュタインを好きになるのと同じ。大体子どもって、異物が好きなんですよ。
東 怖いと思わないんですよね。
動物的な"モノクロ"の世界
北村 日本でフロイトを研究した岸田秀(※4)という人、私は若い頃彼の本に助けられたんですが、そこに「人間は本能が壊れた動物である」とある。ランティモス監督は必ず人間と動物を比較する。この映画では、本能が壊れていることが“哀れなるものたち”ということなんだと思います。動物は生まれたときにぶるぶるっと立ち上がって、すぐ走り出しますよね。ベラの脳年齢がまだ2歳くらいの頃は、その時間なんです。そしてゴッドは彼女の本能をそのまま守ろうとする。
東 その間は映像がモノクロなんですよね。ベラが成長していくにつれ、色が戻ってくる。
北村 モノクロなのは、たぶんものをカラーで見るのは人間だけだから。動物は視界がモノクロ的なんですよ。
東 動物の時代のベラの視線はモノクロ的だと。素晴らしい考察です。
北村 時代設定はヴィクトリア朝イギリス。でも、エマ・ストーン演じるベラだけは、下着すら着てない。私は、彼女の衣装はヴィクトリア朝の大きなショルダーをはずせば、川久保玲の服だと感じたんです。
東 ああ!
北村 川久保玲の少女性ですよ。ヴィクトリア朝時代の衣服は下着がいちばん重要なんです。コルセットから何から、女中に着せてもらう。なのにベラは下着を着ていないところがパンクなコム デ ギャルソンだなと。特にあのダンスシーンはまさしくそう。フリルも、色合いも究極的ですね。
——ベラが初めて踊りを知るシーン。
北村 あれも動物なんです。本能のままに体を動かすとベラの踊りになる。ほかの人たちは本能が壊れているから、男女ペアになって、教えられたままに踊る。でもベラはむしろ「ひとりで踊りたい!」と、とびきりのパフォーマンスを見せる。本当に、あのままだったら人間はどこまで行けたんだろう、って考えてしまいますね。
東 本能のままでいられたら、人間はどこまで飛翔できたんだろう、と。
北村 今って脳内社会じゃないですか。でもこの映画の2時間余りは、「脳なんていらない」ということを演じたエマ・ストーンとともに、みんな解放されると思う。自由ってこういうことなんじゃないか、って。
東 解放といえば、今作は性もテーマですね。モデルはギリシャ神話のプロメテウス(※5)なんです。土から人間を創り、人間に火をもたらした神。ただゴッド=神がベラを創るんですが、彼女に官能の火をもたらすのはゴッドの助手のマッキャンドルスで。ベラは彼のことを「私のキャンドル」、蝋燭と呼んで、結婚を承知する。つまり、将来官能の火を灯すためにゴッドが助手に準備させるんですが、いったんベラに火がつくと、今度は弁護士のダンカンと大変なことになってしまう(笑)。
街や船、家の中の球体世界
球体の世界に注目
北村 それと、今回は映画を観る感覚が球体として表れていると思います。
東 球体?
北村 船の上も部屋の中も全部、空が丸天井のようだったり、球体として描かれている。ヨルゴスが見ているのはああいう世界なんじゃないですかね。
東 そこは大変鋭いと思います。映像が円形に歪んでますよね。
——丸い世界観というのは、ギリシャ神話とも通じるんでしょうか。
東 昔の世界観はとても多様です。エジプト神話では、天空の女神が天蓋として世界を覆っていました。北欧神話ではユグドラシルという巨大な樹が真ん中にあって、その中に世界がある。古代ギリシャではアトラス(※6)が天を支えていることになっています。ただ古代神話だけではなく、途中で街の上空を飛ぶ車みたいな装置も出てきますね。あそこだけ近未来的というか。
北村 神話は誰にも再現できないから、ああいった場面を入れることこそが神話なんですよ。ゴッドの部屋では天井が見えなかったんですが、私はあそこにエンジェル、天使たちがわーっといる空想をしました(笑)。
東 私は映画と小説の違いが興味深くて。マッド・サイエンティストの父に創られた息子がゴッドで、そのゴッドがベラを創る。でもベラが去って、ゴッドはまた別の女の子を創るんです。そこは小説にはない。要するに、人間の手による被造物が増えていく。それは現代社会が遺伝子組み換えみたいに生命を作り替え、増殖させようとしていることの象徴のような気がします。
北村 実際、ラストではベラも医師になるんだろうなと思わせる。伏線ですね。3日くらい観続けたい、迷宮の中にいたいような作品でした。やっぱり映画は脚本とカメラワーク、キャスティング、そして絵が大事ですね。
東 あとはそこに独自の視点があるか。その映像で新しい世界を切り開くようなものが「語りたくなる映画」だと思います。
※1 ヒポクラテス:古代ギリシャの医師で、西洋医学の祖。医師の倫理性と客観性を「ヒポクラテスの誓い」に定め、現代まで引き継がれている。
※2 『フランケンシュタイン』:メアリー・シェリーによる19世紀の小説で、多数映像化。『ミツバチのささやき』に登場するのは’31年のホラー作品。
※3 『ミツバチのささやき』:ビクトル・エリセ監督による’73 年の映画。少女アナの体験を描く。
※4 岸田秀:心理学者。エッセイや翻訳も多数。
※5 プロメテウス:人間を創造したとされる神。人間に火を与えたせいで罰を受ける。
※6 アトラス:オリュンポスの神々との戦いに敗れ、天空を支える役目を負った神。