【アリ・アスター × 市川染五郎】映画『ボーはおそれている』と歌舞伎、そして家族について

一見異色の対談となったふたりをつなぐのが、歌舞伎。監督は観劇体験から大きなインスピレーションを得たという。伝統芸能とのつながり、そしてふたりの"家族観"から映画を読む。

映画『ボーはおそれている』とは?

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日常の些細なことにおびえて暮らすボー(ホアキン・フェニックス)は、母を訪ねることに。だが次々事件が起き、状況が激変していつまでもたどり着けない。笑いと悪夢がないまぜになったアリ・アスター流叙事詩。(2月16日公開)

アリ・アスター × 市川染五郎 対談

唯一無二の世界観で観る人を作品の中に引きずり込むアリ・アスター監督。彼は2020年の来日時、初めて見た歌舞伎に涙が出るほど衝撃を受けたという。その影響も大きい新作『ボーはおそれている』を、今度は市川染五郎さんが鑑賞。美意識や家族観について、かなり深い話が交わされた。

アリ・アスタープロフィール画像
アリ・アスター

1986年、ニューヨーク生まれ。2016年までに8本の短編映画を発表。’18年、初長編『ヘレディタリー/継承』が注目を集め、’19年の『ミッドサマー』もヒット。ホラーにとどまらない独自の世界観が高く評価される。『ボーはおそれている』の次作は西部劇に。

市川染五郎プロフィール画像
市川染五郎

2005年、東京都生まれ。’09年に歌舞伎座『門出祝寿連獅子』で四代目松本金太郎を名乗り、初舞台。’18年、歌舞伎座にて八代目市川染五郎を襲名。映画『レジェンド&バタフライ』(’23)出演。第47回日本アカデミー賞にて新人俳優賞を受賞。

アリ・アスター ,市川染五郎
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私は母の影響が大きい。そこには感謝と恨み、両方の感情があります
(アリ・アスター)

歌舞伎も監督の映画も、グロテスクなものを美しく見せると思う
(市川染五郎)

アリ・アスター(以下、アリ) 初来日で歌舞伎に行ったのは、単に好奇心からだったんです。でも実際に見ると、その美しさに圧倒され、ほぼずっと泣いていて。あの美学! あんなに純粋な色彩は初めてだった。舞台も常に絵画の構図のように構成が変わり続けて、演技に強度があり、抑制がきいている。あの空間に関わっているすべての人、衣装、美術、音楽、演者まで、皆人生を捧げているのがわかりました。

市川染五郎(以下、染五郎) 歌舞伎に関わる者として、率直にうれしいです。海外のエンターテインメントにも刺激を与えているのだ、と。監督がご覧になったときに自分が出演していなかったのは悔しいですけど(笑)。自分ではアリ・アスター監督作品は、いろんな捉え方ができるのが魅力だと思っています。ご覧になる方それぞれがどのような人生経験をしてきたかによって感じ方が変わるし、日本人と外国の方だとまた違うだろうし。ただやっぱり、監督の中に日本人が美しいと感じる色彩、美意識があるのでしょうね。歌舞伎もそうですけど、グロテスクなものや表現を美しく見せてしまうところが監督の映画にもあると思います。

アリ その通り。私が好きなアートとは、見る人が変わっていくのと同時に変化するようなものなんです。

——『ボーはおそれている』でも、ひとつの作品の中でどんどん設定とトーンが変わっていきますね。

染五郎 映画館で3時間、一本の映画を観たっていう感覚ではない気がしました。時間がたてばたつほど、「あれは夢だったんじゃないか」みたいな。パラレルワールドに迷い込んでいたんじゃないか、みたいな感覚でした。

アリ 今回はひとりの人間の内面やその体験を外在化するような世界を作り出したかったんです。そして私自身が最も恐れていること、恥じていることについてのコメディを作りたかった。私が自分の恐怖や恥と向き合う、それをオデッセイにしたんですよ。

ボーはおそれている

——そして監督の映画には常に「家族」のテーマがあります。まるで呪いのような存在として描かれていて。

染五郎 家族というのはいちばん自分を解放できる場所でもあり、逆に言えば檻のようなものというか。一生抜け出せない檻の中に、生まれたときから閉じ込められている——そんなふうに感じることも時折あって。その後者のほうが『ボーはおそれている』のテーマになっていると思いました。

アリ まさに。とても興味深いです。染五郎さんは歌舞伎の家に生まれて、ある意味舞台に立つことが定められていたわけですよね。もちろんその立場で花開き、成功されているわけですが、やはり「選択」の議論になると思う。おっしゃったように、家族の中では自分自身でいられる。と同時に、もし今の家族でなければ自分はどうなっていたんだろう、という疑問も出てくる。生まれか育ちか、先天的か後天的か、という議論ですね。私は、両親がともにアーティストなんですよ。そうでなくても私はアーティストになったかもしれないけれど、今とは違う方向性や作風になったはず。特に母の影響が大きいんです。そこは微妙なバランスで、感謝する気持ちと、恨むような感情の両面がありますね。

——染五郎さんは「もし今の環境に生まれていなかったら」と思うことはありますか。

染五郎 あります。小学生のときとか、同級生に「歌舞伎という道が決まっていていいよね」みたいに言われることもあって。自分は歌舞伎がずっと好きで取り組んでいますが、進む未来を自由に決められることに、ちょっと憧れることもあります。

アリ ただ、今の時代は、選ばなければいけないプレッシャーがありますよね。自分は何者なのか、何がしたいのか。逆に染五郎さんの場合、周りの期待を背負って、定められた道筋をいかに歩むか、というプレッシャーがある。どっちがいいのか、わからないな。私自身は、選択を抑圧的に感じるんです。特にあらゆるチョイスがあると、どうしていいかわからなくなる。そこは現代的な不安だと感じますね。染五郎さんが出ている舞台もぜひ今度見たいです。お会いしたときから感動していて。ひとりだけ、妖精のような不思議な存在感がある。

染五郎 監督は舞台作品に関わられたことはありますか?

アリ ないんです。でも特に歌舞伎を見てからは、機会があればやりたいと思うようになりました。観劇によって、本当に私の中で何かが動き出したんですよ。

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