2024.02.16

マティスから学ぶ「自由」とは。【作家・山内マリコさん】が解き明かす、その魅力

常に自らの表現をアップデートした求道者

《ステンドグラス、「生命の木」のための習作》1950年
《ステンドグラス、「生命の木」のための習作》1950年 ステンドグラス 62.3×91.5×2㎝ ニース市マティス美術館蔵 ©Succession H. Matisse Photo: François Fernandez

昨年、今年と続けて開催されるマティスの展覧会が「約20年ぶり」だったのには驚いた。だってマティスは、とても近しい距離感のアーティストだから。とかく権威的で威圧的になりがちな芸術の世界にあって、全然偉ぶってる感じがしない。その存在には親しみがあり、作品には安らぎがある。

人々にそう思われることは、本人の望むところだったようだ。「自分が夢見る芸術は、精神安定剤のような、肉体の疲れを癒やす肘掛け椅子のような存在」というスタンスだったと知って、わたしはますますマティスが好きになった。自己表現には傲慢さがつきまとうものだけれど、そんなみみっちい次元には最初からいないのだ。

それでいてマティスは、自分の画風にあぐらをかかず、どんどんアップデートさせる求道者だ。昨年の展覧会では作品が時系列で構成され、2、3年置きに画風がみるみる変貌していく過程が圧巻だった。フォーヴィスム、点描、キュビスム。いわば流行りの手法を臆せずどんどん試しながら、さぁ次へ、と新しい扉を開いていく。妙なこだわりや固執とは無縁。よりおおらかに、ほがらかに、ちょっと隙のある絵へと自らを進化させる。そうしてあの、心躍るような線と色彩が磨かれていった。

《ブルー・ヌード IV》1952年
《ブルー・ヌード IV》1952年 切り紙絵 103×74㎝ オルセー美術館蔵(ニース市マティス美術館寄託) ©Succession H. Matisse Photo: François Fernandez

マティスの唯一の趣味は、バイオリンだったそうだ。絵について尋ねられると、音楽にたとえて話したという。

赤を基調にした室内画の、信じられないほど美しい色の調和。リズムにあふれた物の配置。音楽そのものを描いた作品も多いが、ただのモチーフに留まらず、音楽で得たアイデアをもっとダイレクトに絵画にフィードバックさせていたように思う。もしかしたらマティスは共感覚のような、"音色"やリズムを色彩に変換できる、独自の回路を持っていたのではないだろうか。

《クレオールの踊り子》1950年
《クレオールの踊り子》1950年 切り紙絵 205×120㎝ ニース市マティス美術館蔵 ©Succession H. Matisse Photo: François Fernandez

20世紀にはたくさんの新しい音楽が誕生した。ジャズもその一つだ。新しい音楽を受け入れられるか否かは感性の試金石となるものだけれど、マティスはきっと「それいいね」みたいな軽やかさで受け入れたに違いない。年をとると誰しも体は衰え、それに伴って心も凝り固まり、退嬰的になる。変化も進化も拒否するようになる。しかし、新しい音楽の潮流に乗ることができる人の精神は永遠に若い。だからマティスも楽器を替えるように、絵筆をハサミに持ち替え、創作を続けられたのだと思う。

マティスの線と色彩からどんな音楽が聴こえてくるか。わたしも回路を開いて、耳を澄ませたい。

山内マリコプロフィール画像
作家山内マリコ

1980年、富山県生まれ。著書に『あのこは貴族』『パリ行ったことないの』『一心同体だった』など。

INFORMATION

『マティス 自由なフォルム』

フランスのニース市マティス美術館の所蔵作品を中心に、切り紙絵に焦点を当てながら、絵画、彫刻、版画、テキスタイル等を約150点紹介。さらに、最晩年に建設に取り組んだ、芸術家人生の集大成ともいえるヴァンスのロザリオ礼拝堂にも着目し、建築から室内装飾、祭服に至るまでを触れられる内容となっている。
会場/国立新美術館 会期/2月14日(水)〜5月27日(月)

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