3年前に開催された東京2020オリンピックでは史上初めて、同日に兄妹で金メダルを獲得する快挙を達成した、阿部一二三、詩選手。その後も、さらに強さに磨きをかけて、2022、2023年の世界選手権ではともに2連覇を果たした。まさに、無双状態でオリンピック連覇に向けて視界良好だ。パリ五輪開幕まで残り約4カ月(取材は3月)、柔道衣を脱いだ兄妹が見せる素顔に迫った。
「柔道に興味を持ったのは、テレビで試合を見たことがきっかけ。体が小さかった僕に、階級別のスポーツをすすめてくれた両親の後押しもあり、6歳から始めました」(一二三)
今でこそ世界に名を轟かせる彼は、意外にも初めから強かったわけではない。小学生まで全国大会に出場した経験はなかったが、中学生の頃から頭角を現した。
「当時は強くなりたい一心で、本当に柔道しかしていなかったです。小学生のときから父と一緒に体幹を鍛えるトレーニングなど、いろいろと考えながら取り組んでいました。今振り返ってみると、僕のフィジカルの基礎はそのあたりからつくられています。周りから体幹が強いと褒めてもらえますが、そのおかげでブレずに技をかけられますし、相手の技にも耐えられる。昔から僕は相手をしっかり投げて、一本を取りに行くことにこだわっています。柔道が好きな人でも詳しくない人でも、誰が見てもワクワクするような前に出る柔道を貫きたい」(一二三)
そんな一二三さんにとって、自分を奮い立たせる存在と言えるのが、妹の詩さんだ。
「試合や練習にかかわらず、日々刺激をもらっています。お互いに切磋琢磨して今までやってきたので、兄妹だけどライバルのような、すごくいい関係です」(一二三)
互いをリスペクトしながら競い、高め合ってきたふたりの絆は固い。過去のインタビューで〝70%くらいは兄から影響を受けている〟と語った詩さん。一二三さんの尊敬しているところについてこう話す。
「集中力の高さや、一つのことに対してブレずに貫き通す気概を尊敬しています。そして、何よりも先に成績を残し、私もそこに追いつきたいという思いを芽生えさせてくれました。私は兄の影響を受けて5歳から柔道を始めたので、今があるのは兄のおかげと言っても過言ではないです」(詩)
私生活でも兄らしく、詩さんを引っ張っているという。
「私が大学進学のために上京をしたばかりで心細いときに、自分の友達を誘ってごはんに連れていってくれたことも。兄は常に私の前を歩き、導いてくれる存在です」(詩)
ともに厳しい勝負の世界に身を置き、ときに互いの存在を自らの力とし、ふたりは子どもの頃から憧れていたオリンピックの舞台で、世界一へたどり着いた。
「自国開催が決まったときから兄妹で金メダルを獲得することが目標でした。本当に夢のようで、こんな現実があっていいのかなって。私にとってオリンピックの舞台は、一番特別で自分の人生を変えてくれた場所です」(詩)
「24分間におよんだ代表決定戦も含め、ほかの人ができないような貴重な経験を積むことができました。以前からメンタルは弱いほうではなかったのですが、金メダルを取る過程で、さらに人一倍精神的に強くなったかもしれません。勝ち負けにかかわらず、これまでのすべての過程が自信につながっていると思います」(一二三)
そして、険しい鍛錬の期間を経て、阿部兄妹は再びオリンピックへの切符をつかみ取った。ただ、偉業を成し遂げて、もう一度頂点へ登ることは並大抵のことではない。この3年間を振り返り、ふたりとも「あっという間で短かった」と語る。
「東京大会で大きな目標を達成してから、正直、モチベーションが上がらない日もありました。でも競技をやめたいと思うことはなかった。改めて柔道が大好きだと気づけた半面、好きなこと一つに取り組むにもいろいろな壁があると感じました。今は日々の稽古を大切に、自分の課題を意識しながら調整を続けています。当たり前のことですが、毎日の練習を乗り越えていかないと、試合での一勝にはつながらないので」(詩)
「僕の場合は、オリンピックで4連覇するという大きな目標があるので、特に気持ちが揺らぐことなく、3年間を過ごすことができました。1回の優勝では、まだ満足していません。また、日頃から自分が決めたことは、しっかりやり切るようにしています。トレーニングや食事面も然り。自分に負けないことが何よりも大切ですね」(一二三)
柔道中心のストイックな生活を続ける中で、おしゃれをして出かけることが息抜きの一つと話すふたり。だからこそ本誌撮影中も生き生きとした表情を見せてくれたのかもしれない。カメラを向けられたときの凛としたまなざしに、スタッフは終始釘づけだった。
「たまにファッション撮影の機会があり、カメラの前でどう振る舞えばいいのか悩むことは少なくなりました。でも正直、お兄ちゃんと組んだ撮影は恥ずかしかった(笑)。メンズライクな私服が多いので、普段はかないシースルーのロングスカートは、新鮮で気に入りましたね。最近は、ひと癖あるデザインの洋服に惹かれます」(詩)
「ビビッドカラーが意外と似合ったことに、自分でも驚きました。最近はストリート系やビッグシルエットのファッションが好きなのですが、きれいなセットアップなどもたまにはアリですね。多様なジャンルの衣装を着させてもらえて、いいリフレッシュができました! とても楽しかったです」(一二三)
昨年は念願だったイベント、「ABE CUP 2023 -JUDO School & Friendly Match-」を地元、兵庫県で開催した。1日目はふたりも指導に参加した柔道教室、2日目は小学6年生を対象にした柔道大会を実施。競技者として第一線を走りながら、これからの柔道界の未来についても考えている。
「自分たちが子どもの頃は現役のメダリストに会える機会があまりなく、いつか開催したいなと。僕らがやっと次の世代に還元できる立場になり、開催に踏み切りました。ただ、世界選手権前の時間がない中で準備を進めたので、多くの人に助けられましたね」(一二三)
「地方からも多くの小学生が参加してくれてうれしかったですね。競技人口が年々減っていますが、未来への希望を感じました。試合に負けて号泣する子どもたちを見たとき、自分が幼かった頃の思いも蘇って。とても有意義な時間だったので、また機会があればぜひ開催したいです」(詩)
SPUR読者の中には、今夏のパリオリンピックで柔道観戦を楽しむ人もいるだろう。そこでふたりから初心者向けに、見ごたえのある技をピックアップしてもらった。
「決まるとうれしい技は、背負投(1 )や袖釣込腰(2 )です。一本を取るために、担ぎ技はずっと練習してきました。豪快で見ごたえがあり、決まると気持ちがいい!」(一二三)
「撮影で私がお兄ちゃんにかけていた技が、一本背負投(3 )です。小内刈(4 )は、昨年のグランドスラム東京2023決勝で私が一本を取った足技。一瞬で決まることが多いので、選手の挙動をじっくり見てください」(詩)