ハリウッドセレブリティが多数出席し、いつも以上に華やかに盛り上がったベネチア国際映画祭。そして例年オスカーに直結する作品が話題を集める北米の映画祭。各地で取材したジャーナリストふたりが珠玉の新作を熱弁する!
映画が配信系に押されているなんて誰が言った!?と思えるほど、2024年のべネチア国際映画祭は、作り手の心意気を感じさせるものが多かった。特に感嘆させられたのは、大物俳優たちがリスクをいとわずチャレンジングな役柄に挑み、イメージを一新していたこと。
これまでアクの強い役柄が多かったティルダ・スウィントンは死を見つめるヒロインをノーメイクも辞さずに演じ、ニコール・キッドマンは公私ともに恵まれたポジションのキャリア派が、若手社員と禁断の関係に陥る様を赤裸々に表現。
もっとも斬新なイメチェンは、旧ジェームズ・ボンドことダニエル・クレイグで、ビート作家として知られるウィリアム・S・バロウズの半自伝的なカルト小説の映画化作品に主演。『君の名前で僕を呼んで』(’17)のルカ・グァダニーノ監督の指揮のもと、可愛い青年を見ると恋に落ちずにはいられない、悲しきさがの中年男になりきった。
久々に堂々と主演作を携えてレッドカーペットに登場したのはエイドリアン・ブロディだ。ブラディ・コーベット監督による3時間35分の大作で、不遇の建築家として語り継がれるハンガリー系ユダヤ人、ラースロー・トートの数奇な半生をエネルギッシュに体現した。『戦場のピアニスト』(’02)以来、再びアカデミー賞主演男優賞の可能性もあると評判に。
ほかにもアンジェリーナ・ジョリーやケイト・ブランシェットらの作品が並び、女性のエンパワメントもひしひしと感じた。(ジャーナリスト 佐藤久理子)
ベテランのふたりが、すがすがしい感動をもたらす『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
スペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督が初の長編英語作品で見事に金獅子賞を受賞。かつての親友マーサ(ティルダ・スウィントン)が不治の病に侵されていると知ったイングリッド(ジュリアン・ムーア)は、久々に彼女と再会する。安楽死を望むマーサは「その日が来るときに隣の部屋にいてほしい」と頼み、ふたりは別荘でともに暮らすことに。主人公の凛とした終活の様子やポップな色彩の装飾が、重いテーマに晴れやかな風を吹き込む。(2025年1月31日公開)
ジョナサン・アンダーソンが衣装を担当!『Queer(原題)』
『裸のランチ』で知られるウィリアム・S・バロウズの原作を、ルカ・グァダニーノが映画化。メキシコを舞台に、中年男性が若い青年にひと目惚れしながらも、彼がゲイであるか否かがわからず萌える様子を描いた切ない純愛物語。脚本に惚れ込んだダニエルから快諾をもらい監督自身も驚いたとか。若い青年に扮したドリュー・スターキーの、"青っぽい"美しさも見どころ。ふたりが旅をする後半のダンスシーンは、監督らしい実験性にあふれている。(日本公開予定)
夫役は色男のアントニオ・バンデラスが好演『ベイビーガール』
企業のCEOであるロミー(ニコール・キッドマン)は、表向きは公私ともに順風満帆に見えて、実は仕事のストレスと年齢による強迫観念を抱え、夫とのセックスにも不満が。ある日、見習いとして入社したミステリアスな青年サミュエルに惹かれ、危険と知りながらも一線を越えてしまう。だがその後、ふたりの力関係が徐々に逆転し……。ニコールが脆さと強さを併せ持つ複雑な内面を体現した演技で女優賞を受賞。年上を翻弄する危ない青年に扮したハリス・ディキンソンもはまり役だ。(2025年3月28日公開)
ブラディ・コーベット監督が銀獅子監督賞に輝く『ブルータリスト』
70㎜フィルムによる上映、3時間35分の長尺と、監督の映画的なこだわりが光る本作はスタンディングオベーションで迎えられるほど人気。第二次世界大戦下、ハンガリーから米国に渡った建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)が、偏見や無理解のなかで壮大な計画を実現しようと苦闘する。障がいを抱えながら夫を支える妻役にフェリシティ・ジョーンズ、トートを見出す富豪にガイ・ピアースなど脇役陣も豪華。(2025年2月21日公開)
叔母であるアナ・スイのファッション・ビデオの制作など、SPURでもおなじみの映像作家、ジーニー・スイ・ワンダーズが、初の短編作『Moon Lake』でベネチア国際映画祭初参加を果たした。
「自分が10代の頃に感じていた友達との絆やお泊まりごっこなんかでの居心地の悪さを表現したかった。パーソナルな作品だから、妹たち(チェイスとグレイス)に演じてもらうことに」とジーニー。ベネチアの思い出を尋ねると「観客からの温かい反応! 特に上映後、シエナ・ミラーが私のところに来て"すごくよかった"と言ってくれたのには感激した。
映画祭には師匠であるアティナ・ラヒル・ツァンガリや尊敬する監督たちが参加していて、そのなかに加われたこともうれしかった」。これから目指す作家像は「以前ソフィア・コッポラの映画に携わったとき、ガーリーな世界をシリアスに捉えていること、自分ならではの感覚を大事にしていることにインスパイアされたので、私もそうありたい」
『Moon Lake(原題)』
自身がティーンのときに感じていたフィーリングをもとに制作した短編。2000年代、ミシガン州のサバーブを舞台に、友達の家に泊まってパーティをしていた主人公が、生理でうっかりカーペットを汚してしまい、必死に隠そうと気まずい思いをする体験を、優しく繊細に描く。たゆたうカメラワークや淡い色使いに、思春期の移ろいやすい感情がすくい取られている。(日本公開未定)
『Harvest(原題)』
ジーニーがカレッジ時代に出会い、師匠と仰ぐアティナ・ラヒル・ツァンガリの新作がべネチア・コンペティション部門に出品。ジム・クレイスの同名小説の映画化で、17世紀イギリスの小さな村で、消えゆくコミュニティを見つめる。映像の美しさと寓話的でシュールなトーンが印象的で「とても美しい映画」とジーニーもおすすめ。(日本公開未定)
アメリカ、NY在住。ハーバード大学でフィクションとドキュメンタリー制作を学んだ後、ロジャー・コーマン・プロダクションやソフィア・コッポラの『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(’17)でアシスタント経験を積む。ファッション・ビデオやミュージアム・オブ・アート・アンド・デザインの映像シリーズも手がけた。現在長編フィクションを準備中。
映画芸術のなかで重要なわりに普段見過ごされがちなのがコスチューム・デザインだ。『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(’24)、ティモシー・シャラメがボブ・ディランに扮する新作『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』と、大作が続くアリアンヌ・フィリップスが創作の秘話を語ってくれた。
「私たちの仕事は信頼のたまもの。スターに会ってすぐに『服を脱いでください』なんて言えるのは衣装デザイナーだけですから(笑)。レディー・ガガはオープンで好奇心が強く、最高のコラボレーター。ティモシーもとても寛大で情熱的。彼は『名もなき者』のなかで64もの衣装を披露します。ディランが駆け出しの、とても痩せていた時代の話なので、ボディにぴったりフィットさせたジャケットなど、シルエットを美しく出すために数えきれないほどフィッティングをしました。その視点でも楽しんでほしいですね」
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
20世紀最大のカリスマ詩人にしてミュージシャンといわれるボブ・ディランの若き時代を『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(’05)のジェームズ・マンゴールドがティモシー・シャラメ主演で描く。歌やハーモニカを特訓したシャラメの、吹き替えなしのパフォーマンスにも要注目。共演はエル・ファニング、エドワード・ノートンら。(2025年2月28日公開)
アメリカ、NY出身。『ロッキー・ホラー・ショー』(’75)を観て開眼し衣装の道へ。その後マドンナの長年のコラボレーターに。『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(’01)で映画界でも注目を浴び、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(’05)、『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』(’11)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(’19)でアカデミー賞に3度ノミネートされた。
ここ数年、社会的な情勢を反映して、フェミニニティをテーマに掲げ、優れた作品が多く作られてきた。ジェーン・カンピオン監督作から、空前のヒットとなったグレタ・ガーウィグ監督『バービー』(’23)まで。彼女たちの成功のおかげで、2024年開催のトロント国際映画祭、NY映画祭でもその傾向はさらに勢いを増していた。より個性的かつ幅広いジャンルで、なかには"究極"といえるような作品までもが上映され、まさにエンパワメントな状況だったのだ。
アカデミー賞候補筆頭のコメディ作品『ANORA アノーラ』は、社会の底辺で苦労する主人公が富豪の男性と知り合い恋に落ちるひと昔前の"シンデレラ物語"かと思いきや、それがハッピーエンドではない。彼女がいかに真の幸せを見つけるかに、今の女性像が描かれている。
また『教皇選挙』は、ローマ教皇の交代劇という権威社会を舞台にしながらも女性の威厳やLGBTQコミュニティまでをも奇跡的に描き切る。『Emilia Pérez』はなんとスペイン語ミュージカルで、トランスジェンダーの俳優がオスカーで初の歴史を刻む可能性が高い。
極めつきは、デミ・ムーア主演のカルト映画『The Substance』。美の基準や女性であること、年を取ることとの葛藤を、「過去にそれで自分を苦しめた」と語る彼女だからこそのぶっ飛んだ演技で表現している。2024年の映画祭は、シリアスなテーマから目をそらすことなく、豊かな創造性で"進化"した作品に注目だ。(ジャーナリスト 中村明美)
マイキー・マディソンが本作でついにブレイク!『ANORA アノーラ』
NYを舞台に、セックスワーカーの主人公アニー(マイキー・マディソン)がある日、ロシアの富豪の息子イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)と出会い恋に落ちる。しかし王子様が現れて彼女が貧しい生活から救われる、という単純な夢物語ではない。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(’17)などでこれまでも社会の片隅にいるような人々に光を当ててきたショーン・ベイカー監督が、彼女が本当の幸せを見つけ成長する姿を描く。(2025年2月28日公開)
ローマ教皇後継者選びに映し出される今の多様性『教皇選挙』
ローマ教皇が謎の死を遂げ、ローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)が、コンクラーベと呼ばれる後継者決めの選挙を執り仕切る。静粛で荘厳なバチカンで、それとは相反する宗教権力の闇や矛盾を暴くエドワード・ベルガー監督によるスリラー。閉ざされた世界のなかで、イザベラ・ロッセリーニ演じる修道女が女性の地位や教会の現状に光を当てる痛烈なメッセージを放つ。現代の多様性を受け入れることを考える鮮烈な作品だ。(2025年3月20日公開)
トランスジェンダーの解放を描くミュージカル『Emilia Pérez(原題)』
メキシコ麻薬カルテルのボス(カルラ・ソフィア・ガスコン)が性別適合手術を受け、姿を消すことを弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)に依頼するところから始まる前代未聞のスペイン語ミュージカル。ジャック・オーディアール監督による既成概念を打破する今作は、優秀なのに過小評価されてきたリタをはじめ、社会に抑圧された女性の解放がテーマに。セレーナ・ゴメスのミュージカルシーンも圧巻だ。カルラがトランスジェンダー初のオスカーノミネートも確実。サンローラン プロダクション製作。(2025年3月28日公開)
デミ・ムーアが男社会の美意識に歯向かう!『The Substance(原題)』
50歳の誕生日を迎え、一世を風靡しながら今は人気も衰えた主人公エリザベス(デミ・ムーア)が、ブラックマーケットで入手した薬で、若く、美しくて、完璧なもうひとりの自分スー(マーガレット・クアリー)を手に入れる。コラリー・ファルジャ監督の風刺ボディホラーは、"The Substance"を注射するハードコアなシーンも。しかし男性目線で形成された世間の美意識への反抗を、実際それに苦しんできたデミが挑んだことが圧巻。(2025年5月公開)
『ミッドサマー』(’19)などでアリ・アスター監督とともに新たなホラー映画ブームを牽引するA24。2024年もトロント国際映画祭で初上映された『Heretic』が即話題となり、彼らが今も新境地開拓の最先端にいることが証明された。主役はなんとヒュー・グラントで、これまで演じたことのないダークな役に挑んでいる。それがハマっていたから驚愕で絶賛された。ヒューは、昨今のホラー映画ブームを「世界の終わりの到来をみんなが心の底で感じているから」と語っていたが、そう考えると今後も画期的な作品が誕生するかも……。
『Heretic(原題)』
大ヒット作『クワイエット・プレイス』(’18)の共同脚本を手がけたブライアン・ウッズとスコット・ベックの監督/脚本作。モルモン教宣教師の若い女性ふたりが、伝道活動のなかでリード(ヒュー・グラント)の一軒家にたどり着く。彼女たちが危機を感じたときには扉に鍵が。リードの魅力と心理戦を描くサイコホラー劇。(2025年4月公開)