2025.04.17

「人間への愛」をどう捉えるか。【KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025】注目アーティストの展示をレポート①

京都市内各地で毎年春に開かれる国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」が、今年も開幕した。2025年のテーマは「HUMANITY」。混沌とした現代社会を、私たちはどう生きるのか。国内外のアーティストたちが、ジェンダーや人種、戦争、産業などのさまざまな視点から、写真を通じて「人間」そのものと向き合う。SPURデジタルでは3編に分けて、注目プログラムを紹介する。

京都市内各地で毎年春に開かれる国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」が、今年も開幕した。2025年のテーマは「HUMANITY」。混沌とした現代社会を、私たちはどう生きるのか。国内外のアーティストたちが、ジェンダーや人種、戦争、産業などのさまざまな視点から、写真を通じて「人間」そのものと向き合う。SPURデジタルでは3編に分けて、注目プログラムを紹介する。

人がたくさんいるところでは、面白いことが起きる。マーティン・パー『Small World』

マーティン・パー『Small World』

桜並木が続く高瀬川のほとり。観光客で賑わう三条木屋町に、安藤忠雄建築として知られるTIME’Sはある。その四角く堅牢なコンクリートの建物の中に広がるのは、曲線的でやわらかな木製パネルで迷路のように仕切られた“スモール ワールド”。世界屈指の写真家集団「マグナム・フォト」の正会員であり、イギリスを代表する写真家、マーティン・パーさんの『Small World』シリーズが展示されている。世界の観光産業を主題に、約40年にわたり写真を撮り続けている巨匠の代表作だ。

マーティン・パー『Small World』展示風景

会場には、世界中の観光地で撮影された写真が並ぶ。年代も場所もさまざまだが、どの作品にも共通しているのは、観光地本来の魅力である“美しい景色”が写っていないこと。パーさんがレンズを通して浮き彫りにするのは、観光地の「現実」だ。

マーティン・パー『Small World』展示風景

美しいはずの名所が観光客でごった返し、みな一様に同じ場所で記念写真を撮り、ごみを捨てて帰っていく。ときには場所を取り合ったり、何時間も列に並んだりすることもある。現代のマスツーリズムが抱える課題を、風刺やユーモアをきかせて鋭く表現しているのがパーさんの作品だ。40年も世界を旅しながら、プロジェクトを続ける原動力はどこにあるのだろうか。

「私が観光地を撮り続けているのは、観光業が重要な産業であると同時に、社会問題にもなっているからです。風光明媚で知られる名所でも、実際に行ってみると人であふれている。そういった理想と現実の矛盾を捉えてきました。一方でもっと単純なことを言うと、人がたくさんいる場所では面白いことが起きます。その瞬間を、毎回ワクワクしながらシャッターを切っています」

マーティン・パー『Small World』展示風景

会場の奥のスペースでは、今回の来日時に京都市内の観光地を撮影した最新作が、スライドショーで展示されている。明るくコミカルな音楽とともに、京都の桜に酔いしれる人たちの姿が次々に映し出されていく。パーさんならではの物事を斜めから見る視点に、観客からはクスッと笑い声が上がっていた。

「日本には何度も訪れたことがありますが、円安の影響もあって、京都は想像していた以上に混雑していました。しかも桜というボーナス付きだったので、京都の街全体がクレイジーになっていましたね。そんな街の様子をたくさん撮ったので、楽しんでいただけたらと思います」

会場の作品の前に座るマーティン・パーさん

持病により、現在は歩行器なしで歩くことが困難なパーさんだが、それでも旅をやめることはないという。飾り気のないウィットに富んだ語り口で、彼はこう締めくくった。「今回の日本滞在中に、広島にも写真を撮りに行きました。今年の夏にはクルーズに行く予定で、そこでの撮影は初めての試みです。もちろん、これからもプロジェクトを続けていくつもりですよ。棺に入るまでずっとね」


パーさんの展示を見終えて建物の外に出ると、高瀬川沿いの桜を撮影する大勢の人びとの姿が視界に飛び込んできた。リアルなマスツーリズムと隣り合わせの空間に、パーさんのレンズを通して見た世界が広がっている。消費主義社会における人間の行動を鮮やかに写し出す彼の作品は、アイロニックだけれど、どこかあたたかくて愛おしい。ここでしか見られない“スモールワールド”をぜひ堪能してほしい。

マーティン・パー『Small World』

会期:2025年5月11日まで
会場:TIME’S(京都府京都市中京区三条通河原町東入中嶋町92)
時間:11:00〜19:00
休館日:無休
入場料:一般¥1,000、学生¥800(すべての会場に入場できるパスポートチケットも販売中)

自分を愛せば、私たちは何でもできる。レティシア・キイ『LOVE & JUSTICE』

レティシア・キイ『LOVE & JUSTICE』の展示風景

「私は長い間、自分を愛することに苦しんできました」。ビジュアルアーティストのレティシア・キイさんは、やさしくも力強い眼差しでそう話し始めた。フランスの旧植民地であるコートジボワールで生まれた彼女は、真っ直ぐな髪と明るい肌色が望ましいとされる文化で育った。周囲の女性たちが肌を漂白する姿を、これまでに何度も見てきたという。

「ティーンの頃は、自分の持って生まれた髪質を愛することができず、強い薬品を使って髪をストレートにする矯正を繰り返しました。そしたら16歳のとき、薬品のダメージで髪がボロボロになり、ほとんどが抜け落ちてしまったんです。そのことをきっかけに、自分の髪質を受け入れようと努力するようになりました」

レティシア・キイ『LOVE & JUSTICE』展示風景

転機となったのは、植民地支配以前のアフリカ女性たちの伝統的な髪型を収めた写真集との出合いだった。アフロヘアを結った、まるで芸術作品のような髪型に深く感銘を受けたキイさんは、「自分の中のスイッチが切り替わったような感覚だった」と当時の衝撃を振り返る。それから彼女は自分のナチュラルヘアを活かして、彫刻のようなアート作品を作り始めた。

髪の彫刻のセルフポートレートをSNSに投稿すると、写真は瞬く間に拡散され、世界各地のアフリカ系女性たちから多くの称賛のコメントが寄せられた。これまで彼女が消し去ろうとしていたものが、じつは大きな力を秘めていることに、このとき初めて気が付いた。

レティシア・キイ『LOVE & JUSTICE』展示風景

自身のルーツやアイデンティティへの誇りを表現するべく、キイさんは自分の髪でさまざまな造形物を作り出すようになった。そしてそれらは単なる自己表現にとどまらず、女性の権利を守るための強力なメッセージに発展していく。

「女性蔑視が根付いているコートジボワールでは、女性たちの人生は決して楽なものではありません。私自身も、性差別による抑圧を経験してきました。女性に対する暴力は、ときに『仕方がないもの』と思い込んでさえいました。長い間沈黙を守ってしまいましたが、今の自分には、世界を変える責任があると感じています。そこで私は、女性の権利について自分の言葉で語ることにしたのです」

レティシア・キイ『LOVE & JUSTICE』展示風景

会場であるASPHODELの2階には、キイさん自身や周囲の女性たちの経験にインスピレーションを得た作品群が、彼女のテキストとともに展示されている。「女性への暴力」「月経との向き合い方」「産む・産まないの選択権」など、世界中の女性たちが直面する課題に対して、真摯な言葉が綴られている。

作品の隣に立つレティシア・キイさん

キイさんにとって最も重要なテーマである「セルフラブ」を表現したのが、乳房をモチーフにした作品シリーズ。「乳房の形は、女性の人生の中で進化していくもの。『女性らしさ』の正解はひとつではありません」とキイさんは言う。髪でプレイフルに形作られたさまざまな乳房は、女性たちの美しさへの讃美であると同時に、乳房を淫らなものとしてタブー視する文化やルッキズムへの挑戦でもある。

「愛はとてもパワフルなものだと、私は信じています。なぜなら、愛があれば、私たちはいろんなことを成し遂げられるからです。自分の髪を通じてポジティブなセルフイメージを発信することで、女性たちを縛ってきた社会の枠を少しずつ崩していきたいと思っています。私の作品を見てくださった世界中の女性たちに、『あなたは価値のある存在なんだよ』と伝えていきたい」。キイさんは、輝くような笑顔でそう語った。彼女の作品から放たれる力強いメッセージを、ぜひ会場で受け取ってほしい。

出町桝形商店街のアーケードに展示された、レティシア・キイの『A KYOTO HAIR-ITAGE』

出町桝形商店街のアーケードとDELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Spaceでは、京都滞在期間中に制作した新作『A KYOTO HAIR-ITAGE』が展示されている。京都の風景や日本文化を、キイさん独自の感性で表現した作品群もまた必見だ。

レティシア・キイ『LOVE & JUSTICE』

会期:2025年5月11日まで
会場:ASPHODEL(京都府京都市東山区末吉町99-10)
時間:11:00〜19:00
休館日:4月16日、23日、30日、5月7日
入場料:一般¥1,000、学生¥800(すべての会場に入場できるパスポートチケットも販売中)

レティシア・キイ『A KYOTO HAIR-ITAGE』

会期:2025年5月11日まで
会場:出町桝形商店街、DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space
時間:11:00〜18:00
休館日:4月21日、28日、5月7日
入場料:無料