そう、延々続く「宗教問答」がこんなに恐ろしくて面白い映画なんてあっただろうか?
冒頭、モルモン教宣教師の若いシスターふたりがある家を訪れる。彼女たちを温かく迎えるのが初老のミスター・リード。彼はシスターたちに楽しげに議論をふっかけながら、「信じる」「信じない」の二択のどちらかを選べと迫り、本性を現していく。
そのリードを演じるのがヒュー・グラントだ。ロマコメや恋愛映画の主役から変身して、最近は『パディントン2』(2017)をはじめ数々の悪役やダークな役で話題になったとはいえ、彼ならではのチャーミングな会話術がこんなふうに活かされるなんて! 鬼気迫る怪演の背景を、ヒュー本人がまさに魅力的に語ってくれた。
徹底的に考え抜いたキャラクター
——「邪悪な役」は、見る方としてはとても楽しめるのですが、演じる方としてはどうですか?
「この役だけじゃなくて、変な役やダークなキャラクターは楽しいね。この10年ほどはそう。どの俳優もそう言うと思うけど、いいやつより悪いやつを演じるほうがずっと楽しめるんだ」
——ミスター・リードを演じるにあたっては、カルト宗教の指導者やシリアルキラーを研究したそうですが。
「どの人物もそれぞれ違った形で興味深いんだ。私が取り入れようとしたのはカリスマ性だね。彼らには奇妙な磁力みたいなものがあって、そこが人を引きつける。たとえ有罪判決が出て刑務所に送られても、献身的で熱狂的な信奉者たちがいたりするんだ。あと、今回は髪型やメガネのような外見的な部分も取り入れた。キャラクターを作る時にはそういうことが大事なんだ。すごいことに、メガネひとつで『これだ! 役をつかんだぞ!』と思えるから」
——細かいディテールまで考え抜いてるんですね。リードの背景についてもそうでしたか? 私は彼の執拗さから、以前は信仰を持っていたのに、人生でそれが裏切られた瞬間があるのでは、と思ったのですが。
「そういうところはすごく考えた。何か月もかけて細部を想像し、役作りをしたんだ。私にはミスター・リードのバックストーリーが全部ある。たとえば試しに、人生のどこかの時点で信仰が必要になったんだろうと考えてみた。彼にとって大事な人が死んで、人は死後どうなるのか悩んだんじゃないか、とか。ただ結局は、そういう人物像は安易すぎると思ったんだ。で、そこからどんなバックストーリーにしたんだったけな……思い出せない(笑)。PCを開いてみないと。ただ言えるのは、彼がとても知的で才能のある若者だったということ。でも人とうまく付き合えず、友だちもできなかった。私はいつも、キャラクターを“孤独”にもとづいて演じるんだ。リードは子どもの頃から人をひっかけるのが好きだった。手品やいたずら、ジョーク。人気者になるためにね。すごくクレバーに、手の込んだ形で人をだますんだよ。それは彼が孤独だったから。リードはいまだにそれをやっていて、女性に知的な議論をふっかけるのを楽しんでいるんだ」
——ただなぜ、彼は女性だけを相手にするんでしょう? 女性が憎いから?
「リードは女性に対して問題を抱えていると思う。ベッドルームの問題をね(笑)。彼はそうやって女性を支配し、混乱させることでスリルを感じるんだ。ベッドでは得られない喜びを」
怖い映画は苦手
——怖い映画はよく見るんですか?
「いや、苦手なんだ。邪悪なものや悪魔への恐怖感がずっとあって。10歳くらいの時に『エクソシスト(1973)』の原作本を読んだんだよ。母に『そんなの読んだら夜うなされるよ』と言われたのに、読んでしまった。そのせいで64歳の今になっても悪夢を見ている(笑)」
——『異端者の家』のスタジオ、A24は独創的な怖い映画を送り出すことで有名ですが。
「ああ、それには感心してきた。最初に見たのは『ミッドサマー』だったな。あの日は子どもたちに手を焼いて、へとへとで……妻と二人、『今晩は楽しい映画でも見よう。太陽が降り注いで、気持ちが明るくなるような』ということになった。ちょうど賞レースの時期で、送られてきたDVDからそういう映画を選んだんだ。『これがいいんじゃないか? 夏っぽくてみんなニコニコしているし、君の国の話らしいし』と。妻はスウェーデン人なんだよ。で、見たら……二度と立ち直れなかった。私たちはふたりともセラピーに通ってるんだ」
——(笑)では、この映画に参加した理由は?
「非常に独創的だったし、会話劇でこういったジャンルの映画を作ろうとしていた。おかしくなるなほどセリフが多いんだ。映画制作の通常のルールを破っている。それに、自分はこの役で何かできると思ったんだよ。アカデミックな人物像、大学教授みたいな男にできるんじゃないかと。自分ではクールで話が面白くて、生徒に人気があると思っている教授がたまにいるだろう? ジャケットにネクタイじゃなくて、上下デニムを着るような教授。そういう男がものすごく邪悪で、イカれていたら面白いと思ったんだ」
ユニークな役選びと、映画現場の移り変わり
——『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(2023)のウンパルンパなど、最近は様々なキャラクターを演じていますね。どこに注目してプロジェクトを選んでいますか。
「簡単じゃないんだよ。私のエージェントは絶望してる。どのプロジェクトも私が断ってしまうから(笑)。でも、たぶん一番重要なのは、その人物を演じるのを自分が本当に楽しめるかどうか。長い間俳優をやってきて、そのキャラクターを楽しめなかったらうまくいかないことに気づいたんだ。役に笑えるところや変なところ、どこか悪魔的なところがあると、それが力になる」
——その長年の間に、撮影現場で変わったところはありますか。グリーンスクリーン撮影など、映画製作自体が大きく変わったと思うのですが。
「いろんなことが変わった。現場でみんな携帯を見てるのは、すごく残念だね。昔は本当にひとつのコミュニティだったんだ。キャストでもクルーでも、映画を作りながら人と親しくなることができた。いまはそれがない」
——ご存知の通り、日本には『モーリス』(1987)以来ずっとヒュー・グラントに忠実なファンベースがあります。その人たちには、『異端者の家』をどんなふうに見てほしいですか。
「どうだろう……日本の人たちには特殊なテイストがあると思う。だから何が気に入ってもらえるか予想がつかないな。でもわかっているのは、私が日本をリスペクトしているということ。1年半ほど前に『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』のプロモーションで行ったときには、いまだに洗練されていてスタイルのある場所、世界でも数少ない残された土地のひとつだと思った。そういう場所がインターネットのせいで次々になくなっていくのを私自身、経験してきたから。誰もがゾンビみたいに携帯をのぞき込んでいて、街から活気が奪われてしまった。ロンドンがそうなんだ。でも、東京、マンハッタン、バルセロナ……そういった場所にはいまだに活気があって、人が働きにでかけ、帰りには一緒に一杯やる。地上にはもう数少ない、残された街だね」
2025年4月25日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
監督/脚本:スコット・ベック、 ブライアン・ウッズ
キャスト:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イースト、トファー・グレイス
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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『異端者の家』公式サイト>