ジャンルを横断し、マンガを読む林士平さんの好物のひとつが、スリリングな犯罪事件もの。許されざる罪を通して、人間の弱さや強さを描き出す。今こそ読みたい3作品をセレクト 『ただ離婚してないだけ』本田優貴著 白泉社ヤングアニマルコミックス/全5巻・各660円 結婚7年目にして関係の冷え切った夫婦。夫の不倫相手である17歳の少女の妊娠をきっかけに、殺人や死体遺棄という非日常が生活を侵食していく。罪を犯した二人の未来は。 故意にではなく不意に悪い状況に陥ったり、罪を犯してしまったときにどう対応するか。物語の構造としてはオーソドックスですが、マンガでやろうとすると難しいのがクライムサスペンスです。"リアル"の範疇という制限の中で、登場人物が何を考え、何をするか。作家にとっては難しくも挑みがいのあるジャンルなのかもしれません。本田優貴先生の『ただ離婚してないだけ』は、ドラマ化や海外リメイク版も好評な作品です。不倫相手を咄嗟に殺してしまった男とその妻。生まれてくる子どもを守りたいという一点で結束を強め共犯者となった二人が、罪を隠すために場当たり的な選択を重ねていくという展開にリアリティを感じました。犯罪者が逃げ切って報いを受けないとしたら、それはエンタメとして成立するのか?という観点からもドキドキする。スピード感のある展開に引っ張られて、5巻を一気読みしました。 『ザシス』森田まさのり著 集英社 ヤングジャンプコミックス/全3巻・各715円 かつての同級生が殺人事件に巻き込まれたと知った中学校の教師の男。小説新人賞の落選作に、その事件をなぞるような記載が見つかり、級友の名前が浮かび上がってくる。 犯罪者に狙われる側を主人公にしたのが『ザシス』。『ろくでなしBLUES』『ROOKIES』などでおなじみの森田まさのり先生の最新作です。中学の教師である主人公の現在と過去、さらに世を騒がせている事件が、作中に登場する小説のギミックによってつながっていく構造に胸が高鳴ります。犯人は誰なのか。何が目的で、どうしたら止められるのか。次の標的は誰なのか。まさにクライムサスペンスでありながら、キャラクターの表情や会話劇はどこまでも森田節。1980年代から変わらない、森田先生の人間観察の凄みを、絵とセリフを通してたっぷり味わえます。ぜひもう1作、といわず何作、何巻でも、先生のサスペンスをまた読みたいです! 『東京カンナビス特区 大麻王と呼ばれた男』稲井雄人著 コアミックス ゼノンコミックス/既刊6巻・660円〜〈9月20日7巻発売予定〉 生花店を営むものの生活に困窮していた男が、カンナビス・サティバ・エル=大麻草に出合う。植物への愛と知識を武器に高品質の大麻を栽培。新しい闇の世界への扉が開かれる。 『東京カンナビス特区 大麻王と呼ばれた男』は、小さな生花店を営む物静かな男が、自分の欲望やエゴのためではなく、家族を守りたいという気持ちから犯罪に手を染めてしまう設定がすばらしい。既刊の6巻までの段階では、キャラクター造形も含めて主人公をあまり責められない構造になっていますが、ここからどう動いていくのか。大麻の違法栽培ってニュースなどでは何度も目にしたことがありましたけど、フィクションで詳しく読めるのが面白いですね。このマンガを読めば、現在進行形の、大麻をめぐる情報や状況の変化を知ることができる、という点でもおすすめです。 マンガ編集者林士平 マンガ編集者。「少年ジャンプ+」の人気作品のほか、新連載の『ケントゥリア』『おぼろとまち』『さらしもの』を担当。Amazon Musicでのポッドキャスト「林士平のイナズマフラッシュ」が始まりました! マンガに関する記事はこちら! 「ONE PIECE ONLY」展、PLAY! MUSEUMでスタート。世界中で読まれるコミックスの秘密を解明! #ONEPIECE 【林士平の推しマンガ道】クライムサスペンスから、人間の深くて暗い業を読む 【林士平の推しマンガ道】語り継がれるべき戦争の記憶をマンガで読む 【林士平の推しマンガ道】めくるめくダンジョンを探索して味わい尽くす! 【林士平の推しマンガ道】幕末から平成まで。近現代史はマンガで読むから面白い! 【林士平の推しマンガ道】本を作り、刷り、売る現場を描いた作品に密着!