『昭和元禄落語心中』プロットにも絵にも演技にも感嘆する一作【マンガ編集者のおすすめ】

林士平の推しマンガ道

ミステリーと青春と家族愛が詰まった『昭和元禄落語心中』。落語を主軸に、日本の近現代へタイムトリップする名作に浸る。

落語を知っていても知らなくても! プロットにも絵にも演技にも感嘆する一作

2010年代に発表された作品ながらすでに風格たっぷり。『昭和元禄落語心中』の世界を林士平さんが案内する。

『昭和元禄落語心中』 雲田はるこ 著

『昭和元禄落語心中』 雲田はるこ 著
講談社 BE LOVE KC 新装版 全5巻 〈5巻は4月11日発売予定〉

「連載時から追っていて、定期的に読み返しては、こんなにも幸せな読書体験があるのか……と恍惚とする、大好きな作品です。この2月から刊行がスタートした新装版は全5巻。ページ数は決して多くないのですが、とにかく濃厚です」

『昭和元禄落語心中』 雲田はるこ 著
Ⓒ岩明均/講談社

助六の「居残り」を演じてみせる八雲。2巻に収録された助六本人の「居残り」との読み比べを推奨!(3巻p.280より)

刑務所で聴いた有楽亭八雲の落語に惚れ込んだ与太郎が弟子入りを志願するところから始まる、雲田はるこの代表作。文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、講談社漫画賞、手塚治虫文化賞新生賞を受賞し、アニメ化、実写ドラマ化に続いて、現在ミュージカルが絶賛上演中の話題作だ。

「数年ぶりに読み返して、落語を聴きに行きたくなってしまいました。作品の魅力はいくつもあるんですが、まずプロットがすごい。上質なミステリーであり、青春劇であり、家族ものでもあります」

「与太郎放浪篇」で有楽亭八雲と、弟子入りする与太郎、助六の娘・小夏といった人間関係を見せ、続く「八雲と助六篇」で戦前へと遡って八雲の若き日と戦後の落語黄金期を描く。その後は「助六再び篇」。1980年代から現代へ続く長い時間を描き切り、落語の未来まで予見させる。

『昭和元禄落語心中』 雲田はるこ 著
Ⓒ雲田はるこ/講談社

3つの約束をとり交わした、八雲師匠と前座時代の与太郎。ここから八雲と助六の少年時代へと物語が進んでいく。(1巻p.184より)

「女性落語家がありえないものとされていた時代から現在まで、落語界を通して近現代史に触れられる構成になっています。最後まで見据えて作り込まれた物語は圧倒的。読み始めたら止まらないというのは、こういう作品のことを言うのだと思います。

主人公の一人、与太郎のキャラクターが最高で、誰もが隠し事を抱えているなか、あっけらかんとしてヤクザのアニキだって明るく迎えちゃう。そのくせ『隠し事のねえ人間なんて色気がねえ』と、いろいろのみ込み受け止め、エゴイスティックでもある八雲師匠を全肯定する。

肯定というのが物語のカギになっていて、与太郎は、『どんなにマズくてもいまをキチッと生きてりゃあ/スッと笑って認めてくれる/落語の世界は駄目な奴にだってちゃんと優しいんだ』という名言も残しています。落語の中にも外にも完璧な人なんていないし、みんなが何らかのダメさを抱えながら生きている。それを語るこのマンガ自体が、落語のように肯定する力を持っているという入れ子のような構造になっているんですね。ダメさや間違いを受け止める“人情の隙間”って、今の時代にも絶対に必要なものだと思うんです」

『昭和元禄落語心中』 雲田はるこ 著
Ⓒ雲田はるこ/講談社

花火の日の屋形船での落語語り。与太郎はついに真打となり助六を名乗るように。(3巻p.201より)

キャラクターたちの演技の巧みさも、林さんを夢中にさせる。

「座布団に座った噺家に演技をさせるのは想像もできないくらい大変だと思うんですよ。大きな体の動きはないし、喜怒哀楽もコミカルな表情もキャラの感情と一致しなければ生きた絵にならない。八雲は自分の落語だけでなく、助六の落語をやってみせる場面が何度かあるんですが、その演じ分け=雲田先生の描き分けには驚嘆します。『落語と心中/それがアタシの定めさ』と呟く八雲に、師匠より先に死なないこと、八雲と助六二人の落語を全部覚え、落語の寿命を延ばすことを約束した与太郎の最後のセリフが『こんないいモンが無くなる訳ねぇべ』。思わずお見事! と拍手したくなるサゲでした!」

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マンガ編集者林士平

マンガ編集者。「少年ジャンプ+」の人気作品『ダンダダン』のほか、『セイレーンは君に歌わない』などの新連載、『まち子の恋』などの読切も多数担当。「立川談春師匠のエッセイ『赤めだか』も愛読しています」

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