魅力がぎゅっと一冊に。短編集ならではの楽しみ方【林士平の推しマンガ道】

あらゆるジャンル・時代のコミックスをくまなくウォッチするマンガ編集者・林士平さん。連載第1回は知られざる「短編集の"推しどころ"」を熱く語ってもらった

林士平の推しマンガ道

短編集の魅力は、なんといっても作家の初期衝動が詰まっているところ!長期連載では描けないもの、作家の奥深い部分に潜む物語や美学が凝縮されています。一冊のなかに短編の数だけカタルシスの瞬間があるんですよね。

『山口つばさ短編集 ヌードモデル』山口つばさ著

『山口つばさ短編集 ヌードモデル』山口つばさ著
講談社アフタヌーンKC/748円

絵を描く高校生とモデルを務めるクラスメートの交わりを描く表題作。性と欲が事件を呼ぶ「おんなのこ」、血を媒介に近づいていくホストと女医の物語「神屋」を収める。

山口つばささんの『ヌードモデル』には、代表作『ブルーピリオド』以前の作品が収められています。美術に興味のない男子高校生がひょんなことから美術と出合う表題作なんて、まるで"プロ野球選手の甲子園時代"を見ているような喜びがあるんですよ!

ここから『ブルーピリオド』につながっていく軌跡と、描き方や演出が変化しても、びっくりするぐらい変わらない作家のコアも触れられる。思春期特有の男子が持つ傲慢さと、性的に消費される女子への目線を鮮やかに逆転させる「おんなのこ」、吸血鬼というモチーフを導入して物語をきれいにまとめながら、エンディングに含みを持たせた「神屋」。読み終わった途端に誰かと議論したくなる3編です。

『推しの肌が荒れた 〜もぐこん作品集〜』もぐこん著

『推しの肌が荒れた 〜もぐこん作品集〜』もぐこん著
新潮社バンチコミックス/880円

「くらげバンチ」読切史上最大PVを記録、SNSでも大きな話題となった表題作。揺れ動く少女と近しき大人の視線を描いた「裸のマオ」「きしむ家」「あつい皮膚」を併録。

自我の深い根の部分を掘り下げていく作家の姿勢は、もぐこんさんの初コミックス『推しの肌が荒れた』にも共通しています。肌のトラブルを出発点にルッキズムについて考えさせられる表題作では、絵をSNSに上げた少女の、自己承認欲求がねじれる瞬間を丁寧に演出しています。

大人による青少年への救済と搾取を描くのは「裸のマオ」。"法律で線は引かれるけど、これって本当に罪なの?""もしそれが罪なら、誰がどうやって救うの?" と問いを投げかけています。岡田索雲さんの『ようきなやつら』にも言えるのですが、現実を生きる人の痛みや生きづらさを見事に描き出している。こういった作品や表現が読み手に新しい視点をもたらし、視野を広げることで、社会が少しずつでもよくなっていく——。そんな希望を抱かせてくれます。

『ようきなやつら』 岡田索雲著

『ようきなやつら』 岡田索雲著
双葉社アクションコミックス/880円

「東京鎌鼬」「忍耐サトリくん」というコミカルな2編に、外見などによる差別を扱うシリアスな物語を続けて収録。描き下ろしの表題作で締める話題の妖怪読み切りシリーズ。

キャリア15年の岡田索雲さんの妖怪シリーズには、『ようきなやつら』にも収録されている短編「東京鎌鼬」がSNS上でバズった際に出合いました。現代の病理を日本古来のお伽噺と絡めて描く連作短編集です。7編のうち、関東大震災を題材にした「追燈」は"えぐい"という言葉が思わず漏れる、挑戦的な表現方法が印象深い。これまでマンガで描かれてこなかったものを描いてみせるという、作家の気概に震えます!

林士平プロフィール画像
マンガ編集者林士平

マンガ編集者。数々のヒット作を世に送り出す。「少年ジャンプ+」で連載中の担当作に『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』『ダンダダン』『幼稚園WARS』『BEAT&MOTION』。

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