硬軟自在にさまざまな役どころに挑戦し、作品ごとに違う顔を見せてくれる吉岡里帆さん。その彼女の最新主演作『アイスクリームフィーバー』が公開される。
H&MやGU、スターバックス、日清カップヌードル×ラフォーレ原宿の広告、ウンナナクールなどの企業ブランディング、桑田佳祐らのCDジャケット、さらにドラマ・CM制作を手がけるなど、多分野で活躍するアートディレクター・千原徹也が、デザインを志した原点であり、長年の夢だった映画製作に進出した1作だ。千原監督とはこれまで自身のカレンダーなどでコラボレートし、本作でもタッグを組んだ吉岡さんに、制作の舞台裏や役作り、作品の魅力などを聞いた。
ビジュアルも楽しめる作品になりそうな期待値があった
——オファーを受けたときの印象は?
オファーをいただいたとき、千原さんは広告やファッション業界で仕事をされている方なので、ファッショナブルで可愛さだったり、きれいさだったり、ビジュアルも楽しめるところが強みになる映画が生まれるのかなとワクワクしました。原案が川上未映子さんの「アイスクリーム熱」という短編だということもお伺いして、川上さんの描く女性はすごく魅力的なので、それも相まって出演したいと思いました。
——撮影に入るまで3年半あったとのことですが、その間どういう気持ちで待たれていましたか?
千原さんからお話が出てから、なかなか進まないと聞いていました。今の映画の作り方もあって、すべてを監督が決められるわけではないというところが大きかったみたいです。千原さんにとっても処女作、第1作目ということで、妥協もしたくなかったし、俳優陣をはじめ、すべてのスタッフにおいて、自分が仕事をしたい人としたい、それを全部叶えて映画を作りたいとおっしゃっていて。最終的に、その通りに着地したところに、千原さんのすごさを感じました。
川上未映子さんが描く女性への希望や応援歌
——川上さんの描く女性像のどんなところに魅力を感じられましたか?
映画の撮影後に、この作品とune nana cool(ウンナナクール)さんがコラボレーションさせていただくことになり、川上さんが30行くらいの短い詩を書いてくださったんです。その詩にはどこか希望があって、川上さんの女性への応援の気持ちがこもっているように思えました。映画の中で、前に進めなくて鬱屈とした毎日を過ごしていた菜摘が前向きに生きようとする姿と重なって、すごく救いがあって、映画の続きのようにも感じました。燻っていた菜摘に、そういう人だからこそ出せる余白とか、もっともっと伸びしろがあると、包容力を持って書いてくださっているような気がして。ただただ弱々しい人間ではなくて、川上さんが描く、希望を与えられたキャラクターを演じられるのが嬉しかったです。
——映画の撮影中、菜摘を演じて共感した部分はありましたか?
実は、最初は菜摘に共感するところはあまりなかったんです。何故かと言うと、彼女は夢だったデザイナーの仕事を辞めてアイスクリーム屋さんで働いているのですが、夢をあきらめるにはまだ早すぎないかとか、これから頑張ればいいじゃないっていう気持ちが強くて。でも、自分というものを確立する難しさや葛藤って、誰もが一度は通る普遍的な悩みですよね。120%完成している人間なんていないし、欠けている部分を埋めてくれる最愛の人と出会ったとき、心がこんなにも揺れ動くのか、という、この作品のロマンティックなところがすごく気にいっています。それをモトーラ世理奈ちゃんと一緒に演じられるのはワクワクしました。
——菜摘は、自分の思いを言葉にしない分、表情や一瞬の横顔などで語りかけてくる印象を受けました。吉岡さんが演じるときに意識されたことは?
今まで私が参加してきた映画だと、段取りをして、テストをして、芝居を固めてから本番を撮影する流れが多かったのですが、今作では芝居を作り込むことはせず、瞬発的に出てきたものを拾っていくような撮影方法でした。初めは少し困惑もしましたが、千原さんは「瞬間的に生まれる生っぽいものが欲しい、作り込んだものを繋げたくないから、これでいいです」とおっしゃって。なので、表情などは意識的に作っているというよりも、不意打ち感があって、自然な瞬間を切り取ってくださっています。
——ほかに、千原さんならではと思ったエピソードがあったら教えてください。
美術へのこだわりですね。千原さんの場合はその空間に置くアイテム一つ一つへの思い入れがものすごいんです。千原さんの好きなもので埋めつくされていて、きっと千原さんが読んできた本なんだろうなとか、美術や持ち物、着てるアイテムとかはすごくこだわっていらっしゃったので、やっぱりアートディレクターさんなんだなと思いました。
千原徹也の思いが込められたデルヴォーのバッグ
——吉岡さんが特に印象に残ったセットや衣装は?
デルヴォーのバッグです。すごくヒットしたバッグなんですよね。画家のルネ・マグリットの《イメージの裏切り》という絵があるんですけど、どう見てもパイプなのに、「これはパイプではない」という言葉が入っていて、みんなが思い込んでいるだけで、それはそれではないという提示をしています。デルヴォーのバッグもそういうメッセージ性があって、バッグにこれは「デルヴォーではない」と記してあります。映画ではモトーラ世理奈ちゃんが演じる佐保が暮らす部屋のに置いてあるんです。なぜこのバッグをこんなふうに置くんですかって、気になって質問しました。千原さんは「“これは映画ではない”と掲げて、この映画を撮っているので、それを体現するバッグを置きたかった」っておっしゃっていて、なるほど、と思いました。
——現場で千原さんの熱量は感じられましたか?
日々感じていました。今まで見たことがないくらい緊張されていて。はた目にはいつもひょうひょうとされているんです。撮影初日の朝、「昨日全然眠れなかったよ」っておっしゃってました。いつもよりも遠慮がちだったので、「みんな千原さんの味方だし、千原さんのこと大好きだから、遠慮なく演出してください」とお話しました。
——今回モトーラ世理奈さん、水曜日のカンパネラの詩羽さんなど、モデルや音楽を中心に活躍されている方々と共演されましたが、その点での刺激はいかがでしたか?
みなさん本当に素敵でした。大好きな方々ばかりで。前から見ていたし、追いかけてもいて、会ってさらに好きになりました。モトちゃんは言わずもがなで、本当に恋に落ちたというか(笑)、大好きになりました。松本まりかさんや安達祐実さん、MEGUMIさんは、お会いしたいなとかいつかご一緒したいなと思っていたのが叶いました。詩羽ちゃんや南琴奈ちゃんなど、これからもっと羽ばたいていく若い子たちもみんなキラキラしていて、共演できて本当に嬉しかったです。
——モトーラさんや詩羽さんとは、どんなお話をしましたか?
最初私も人見知りしてしまって、モトちゃんと何を話そうってもじもじしていたんですけど、共通の知り合いのフォトグラファーさんの話をしました(笑)。お陰様で想像以上に盛り上がって、打ち解けるきっかけになったと思います。詩羽ちゃんはとてもリアリストで、この時代、どう生き抜いていこうかってちゃんと考えている人だし、もっといろんな仕事をしたいと話していました。無邪気な一面もあって可愛い妹という感じです。心から応援したいと思っています。
——完成した作品を見た感想を教えてください。
佐保の自宅に菜摘がアイスを作りに行くシーンで、キスするかしないか、この距離感がまさにこの2人の関係を表していて、印象的なキスシーンになったのではないかと思います。撮影中や脚本からは想像できなかったのですが、そのキスシーンは他の登場人物のシーンとフラッシュバックするように編集されていて、編集の力も感じました。お客さんを引き込む効果があるんじゃないかなって。想像を掻き立てる余白は、千原さんの編集の妙ですよね。
——先ほど不意打ちの表情を撮られたとおっしゃっていましたが、自分で自分はこういう表情をするんだと思ったシーンはありますか?
モトちゃんと夜の渋谷をスケートボードで滑走するシーンですね。普段渋谷の街をボードで走ることは絶対できないですし、こんなに嬉しそうな顔をするんだと思いました(笑)。すごく解放されている表情をしていて、モトちゃんと一緒だったからだと思いますけど、本当に楽しそうだなって。溢れんばかりの喜びが伝わってきて、「私、よかったね」って思いました(笑)。
——千原さんに完成作を見た感想を伝えられましたか?
伝えました。私は本当に嘘がつけなくて、現場で「これは本当に成立するんですか」って何回も聞いていたんです(笑)。脚本も難解で時系列がバラバラですし、私のパートは、イメージ映像のようなものが多くて。本当に伝わるのかなって。ついつい気になっていたんですけど、完成作を見たら見事に成立していました。映画としてのテーマもはじめにおっしゃっていたものを提示していたし、川上さんへのリスペクトも感じられて、普段のアートディレクターとしての力が存分に生きている絵作りだったり、ポスターひとつとってもビジュアルへのこだわりがすばらしいと思いました。千原さんがもともと大好きな音楽への愛も伝わってきました。
長年愛したものほどきらめくことはない。千原監督の愛情が溢れている作品
——この作品ではこれまでの現場にない経験もされたと思いますが、俳優として刺激になった部分はありますか?
今、世に出ている映画だったり、ファッションや美術、アートには、これがトレンドというものがありますよね。この作品が完成したのを見て、おしゃれなのは間違いないけれど、どこか懐かしさを感じました。千原さんの年齢的にも、これまでいろいろなものを見てきて、自分の好きなものも明確に決まっていて、これまでの歴史や経歴を愛していることが伝わってきました。キャストも、千原さんと一緒に仕事をしてきた人たちが、この作品には出演していて、その思い入れ、大事にしていることが映画からすごく伝わってきて、私はそこにぐっときました。スタッフさんも、ずっと千原さんとこれまでお仕事をされている方々なんですよね。だからすごく信頼できる。新しいものもいいんですけど、長年愛したものほどきらめくことはない。そういうメッセージを感じました。
——佐保と奈摘、彼女たちの恋愛の描き方についてはどう思いましたか?
人が人に惹かれるのに男も女もないと、とてもピュアに描かれていると思いました。私ははじめもう少しラブストーリーとして描いていくのかなあって思っていたんです。でも完成した作品を観たら、恋愛も入っているけど、どちらかと言うと人と出会ったことで成長していく普遍的なテーマだと感じました。
千原さんの描く女性たちはどの人の人生もかっこいい
——千原さんならではの女性の描き方は?
みんな総じて自立していると思います。私の役は人生に悩んでいるし、仕事もうまくいってないし、いろいろあるんですけど、自分は自分だって最後は言ってるように感じる。自分らしく生きている女性を千原さんは日々見られているからなのかなって思います。それぞれの女性を、誰かが秀でていて、誰かが劣るという描き方ではなくて、どの人生もすごくかっこいいという描き方をされるんだなって感じました。
——松本まりかさん演じる優と、南琴奈さん演じる美和のパートはどう感じましたか?
半分は私の知らないパートなので、早く見たいと思っていましたし、気になっていました。千原さんは、菜摘と佐保のシーンと対比になるように、優と美和のシーンにはリアリティーを出して撮りたいとおっしゃっていて……。実際、劇中に2人はリアルな親戚同士の距離感を保ちながら、個としてはっきりものを言っていて、こういう関係性も素敵だなと思いました。何より可愛い(笑)! 2人でピアスを付けるシーンがあるんですけど、すごく可愛かったです。
——千原さんについてお伺いします。一緒に仕事もされていて、お付き合いは長いと思いますが、吉岡さんが思う千原さんの魅力は?
千原さんは私の中で眠そうなイメージがあります(笑)。私がこれまで人生で会った人の中で1番眠そうな人かもしれません。でもそれは、人の10倍、もしかしたらそれ以上動いていらっしゃるからなんですよね。映画って公開するまでにすごくお金もかかるし、時間もかかるんですけど、千原さんは一身に背負っている感じがあって、「僕がなんとかするんで」って、よくおっしゃっています。人望と行動力があって、大人になっても夢を追いかけ続けていて、こんなにバイタリティーが溢れている方って、そうそういないです。
劇中の菜摘のような行動はできないけど、大好きなライブや舞台鑑賞では衝動的になる
——菜摘が佐保と出会い、衝動的に追いかけます。吉岡さんにもそうやって、出会った瞬間、好きになったり、気になったりして衝動的になることはありますか?
私だったら、アイスクリーム屋に勤めているのに、いきなり走って追いかけたりできないですね、いや、仕事中にダメでしょうって思ってしまって(笑)。衝動的に行動するってことはほとんどないのですが、唯一、ライブとか舞台を見に行くのが大好きなので、仕事で疲れているときでも、意地で見に行きます。絶対にこの日に見ないと後悔する、今見ないと、この人のこの瞬間は今しかないんだって突き動かされるので、これは私の中の衝動かなって思います。
——最近見に行って心が動いたものは?
まず、BLACKPINKとTWICEのライブです。めちゃめちゃ可愛くて、元気をたくさんもらいました。そして、椎名林檎さんのライブです。林檎さんがあまりに神々しくて、拝みたくなりました。本当に見に行って良かったです。
ずっと恋焦がれている、芝居への熱い想い
——劇中の「100万年君を愛ス」というセリフも印象的でした。吉岡さんにとってそういう存在のものはありますか?
100万年っていうことは、ずっと残るってことですよね。100万年とは言いませんが、私がこの世からいなくなっても残る作品を作りたいです。
——今日お話を伺いながら、お芝居が本当に大好きなんだなと思いました。
映画もドラマも舞台も、自分が元気をもらっているジャンルなので、いい作品に出合うと自分もそういう作品に携わりたいって思います。ずっと恋焦がれていますね。
——吉岡さんの芝居熱の原点は何ですか?
小学生のとき、父がとても忙しく、家族同士のコミュニケーションの場として、全員で夜に映画を見ることが恒例でした。そのことがきっかけで、私は映画が大好きになったんだと思います。
——幼少期からの映画館通いがきっかけなんですね。では、芝居とは何たるやと言うのは……。
やっていて、一番大事にしなきゃいけないのは、自分には何が求められているのか、自分がどういうパーツを担っているのかということだと思っています。自分が自分がと主張するのではなくて、自分がどういう役割を果たせば作品のプラスになるのか考えることはいつも大切にしています。
必要とされる自分になるために、仕事を磨いていきたい
——2023年は、芸能生活10周年と1月15日に30歳を迎えられて、記念の1年になると思います。今、お芝居に対してどんな気持ちで向き合っていらっしゃいますか?
私にとっての俳優という仕事の魅力の一つは、多くの人たちと一緒に作品作りができるという点です。それぞれのプロフェッショナルが集まり、お互いにリスペクトを持って作品を作り上げていく過程に毎度感動しますし、皆さんとこれからも一緒に仕事ができるように頑張ろうと身が引き締まります。そのために、何歳になっても自分自身を磨いていきたいと思っています
——これから演じてみたい役はありますか?
等身大のラブストーリーに挑戦してみたいです。恋愛ものの作品の経験はありますが、チャンスがあれば、王道のキュンキュンしたり、切なくなるようなラブストーリーをやってみたいです。
——最後に。アイスクリームでは何のフレーバーが好きですか?
私はソーダバニラが好きです。劇中登場するアイスの中では「ペパーミントスプラッシュ」が好きでした。映画には見た目にも可愛いアイスがたくさん登場するので、ぜひアイスにも注目して観ていただきたいです。
よしおか・りほ 1993年1月15日生まれ、京都府出身。連続テレビ小説『あさが来た』(15)に出演し注目を集める。2023年、主演映画『ハケンアニメ!』で第46回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。主な近作にドラマ『レンアイ漫画家』、『華麗なる一族』(21)、『しずかちゃんとパパ』(22)、映画『泣く子はいねぇが』(20)、『島守の塔』(22)、ディズニープラス スターで独占配信開始のドラマ『ガンニバル』(22)など。8月25日より吉岡さんの振り切ったコメディ演技が話題の映画『Gメン』が公開予定。
『アイスクリームフィーバー』7月14日(金)全国公開
川上未映子の短編集「愛の夢とか」に収められた短編「アイスクリーム熱」を実写化。4人の女性たちの“想い”と“人生”が交錯する新感覚なラブストーリーを描く。常田菜摘(吉岡里帆)はデザイン会社に就職したが仕事がうまくいかず、今はアイスクリーム店のアルバイト長として働いている。あるとき、菜摘は店を訪れた作家・橋本佐保(モトーラ世理奈)に運命的なものを感じ、彼女のことが頭から離れなくなる。菜摘の後輩・桑島貴子(詩羽)は、そんな彼女に対して複雑な感情を抱く。一方、アイスクリーム店の近所に暮らす高嶋優(松本まりか)は、久しく連絡を取っていなかった姉・高嶋愛(安達祐実)の娘・美和(南琴奈)の突然の訪問を受け、彼女と共同生活を始めるーー。共演は『風の電話』などのモトーラ世理奈、音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」の詩羽、松本まりかのほか、安達祐実、南琴奈、後藤淳平ら。
監督:千原徹也/出演:吉岡里帆、モトーラ世理奈、詩羽(水曜日のカンパネラ)、安達祐実、南琴奈、後藤淳平(ジャルジャル)、はっとり(マカロニえんぴつ)、コムアイ、新井郁、MEGUMI、片桐はいり/松本まりか
原案:川上未映子 「アイスクリーム熱」(『愛の夢とか』講談社文庫)/主題歌 :吉澤嘉代子「氷菓子」/TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほかにて全国ロードショー/配給:パルコ