【林士平の推しマンガ道】作家の想像力が読み手を異世界へ連れていく、珠玉のSFマンガ

善悪も、生死も、価値観のすべてが想像力によって姿を現す。作家に手を引かれて誰も見たことのない場所を旅する、SFマンガの魅惑の世界をご案内

善悪も、生死も、価値観のすべてが想像力によって姿を現す。作家に手を引かれて誰も見たことのない場所を旅する、SFマンガの魅惑の世界をご案内

林士平の推しマンガ道

自由な想像力とそれを表現できる画力があれば、どんな世界でも描けてしまう。今月は世界の広がりと作家の美学が堪能できるSFマンガ3作品を選びました。

『宝石の国』市川春子著

『宝石の国』市川春子著
講談社 アフタヌーンKC/既刊12巻・781円〜

地上に暮らすのは美しい宝石たち。空には月人。気の遠くなるような時間軸のなか、繰り返される襲撃と戦闘の日々の先には何があるのか? 哲学的な深みと絵の美しさは圧巻!

この春12年越しの連載が完結した『宝石の国』。108話で終わるところも含め仏教的な要素をかなり盛り込んでいるのですが、この世界観に宝石を組み合わせるという市川春子先生のセンスと発想がとにかくすごい! 主人公のフォスフォフィライトをはじめとする宝石たちが可愛くてみんな楽しそうで、この社会はどう成立しているのかな、とSF的な関心を持って読み進めました。空から襲撃してくる敵は何者で、宝石たちはなぜ戦わなければいけないのか、という点は明示されず、煩悩をめぐるストーリーは抽象度も高い。難解ながら考察の余地がたっぷりあって、噛んでも噛んでもおいしいという点も、現代の読み手にとっては喜ばしいポイントになっています。

『望郷太郎』山田芳裕著

『望郷太郎』山田芳裕著
講談社 モーニングKC/既刊11巻・704円〜

人工冬眠からひとり目覚めた太郎は、天変地異によって荒廃したユーラシア大陸をさまよう。人類史を原始からたどり直すように、文明や社会のシステムに翻弄されつつも日本を目指す。

『望郷太郎』は、『へうげもの』でおなじみの山田芳裕先生の最新作です。金にとらわれていた男が500年後の世界で目を覚まし、金じゃないんだと言いながらも、経済システムに巻き込まれ命をやりとりしていく。現実の歴史でも、こんなふうに貨幣が生まれ、文化や社会の仕組みが作られていったんじゃないかと思わせるリアリティと納得感があります。エリアを移動すると文明の発達と成熟の度合いが変わっていくという発想も面白いし、主人公が商社勤務だったという設定もうまいんですよね。ディストピアSF的設定、物語、絵面のどこをとっても大好きな、繰り返し読んでしまう作品です。

『アヤシデ 怪神手』水田マル著

『アヤシデ 怪神手』水田マル著
小学館 裏少年サンデーコミックス/既刊2巻・各792円

主人公は兄と二人暮らし。小学校ではいじめにあっている。兄が天命教に出合ったことで二人の暮らしと世界の様相が大きく変化していく。オカルト、ホラーの気配も含んだ注目作。

水田マル先生の連載デビュー作『アヤシデ 怪神手』は、神様が登場するオカルトチックなはじまり。そこから旧人類と新人類の生存競争という話になっていき、今後SF要素が増えていくのではないかと予想しています。応援したくなるキャラクターの造形や構成もいいんですよ。王道ともいえる物語のなか、表現には遊びや工夫があります。コマの外側から牛乳が注がれるような、マンガというフォーマットにひねりを加えた演出を見せたり、水族館の魚の群れに包まれる場面があったり。作家の脳内にあるイメージをどうにか再現して、読者を驚かせたい、楽しませたいという思いが随所に見て取れます。今後どんな展開があるのか、楽しみに追っていきたいです。

林士平プロフィール画像
マンガ編集者林士平

マンガ編集者。「少年ジャンプ+」の人気作品のほか、今年スタートした新連載『ケントゥリア』『おぼろとまち』『さらしもの』も担当。山田芳裕先生の作品は『度胸星』も大好きです!

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