ボーダーTシャツとセルクナム族の精霊

 ここだけの話、ボーダーTシャツが苦手です。嫌いなわけではないですが。90年代の集英社女性誌編集部はボーダーTがユニフォームのようで、所属していたモア編集部をはじめ周囲の女性スタッフのボーダー着用率が異様に高く、なんらかの思想統制でもされてんのかって感じでした。若い自分は皆と同じようにボーダーを着ることにためらいを覚え、横縞を避ける習性がつきました。

 セントジェームスのバスクシャツは永遠の定番ですが、実際に買うのはたいてい無地。いまボーダー柄はSUNIL PAWARのグラフィックが描かれたeye COMME des GARCONS JUNYA WATANABE MANとのコラボしか持ってません。
 だいたいボーダー着てれば「可愛い」とか言われて女子受けする風潮が本当にあるとして、嬉々としてそれに乗りたくはないんですよね。「ボーダーT・メガネ・ビーニー」なんてのは麻雀でいう白・發・中の三元牌で、ちょっと身につければ容易に一翻つくんだろうし、せこせこ集めてりゃ大三元だって狙えるのかもしれないが、手としては安直。こっちは真っ先に字牌を切って、もっとテクニカルな役を作ろうとしているというのに……

 そんなことを考えていた矢先、代官山蔦屋書店である洋書を見かけ、衝撃が走りました。こんなにかっこいいボーダーが世界にあるのか! この本は『THE LOST TRIBES OF TIERRA DEL FUEGO SELK’NAM YAMANA KAWESQAR(フエゴ諸島の失われた部族 セルクナム族、ヤマナ族、カウェスカー族)』。写真を撮影したマルティン・グシンデはドイツの宣教師、文化人類学者で、1920年代に南米パタゴニアの南、南極大陸近くに位置するフエゴ諸島を訪れ、調査にあたりました。

 ひょっとすると表紙を飾る写真に見覚えがある方もいるかもしれません。数年前、こんなまとめサイトが話題になりました。

 絶滅した裸族「ヤーガン族」がまるでウルトラマンや仮面ライダーの超センス

 このまとめには不正確な部分があり、紹介されている『ウルトラQ』のケムール人みたいな格好をした人々がヤーガン族(ヤマナ族)だと誤解してしまいますが、実はこのコスチュームの面々は近隣のセルクナム族。またまとめサイトでは彼らが年がら年中、珍妙な姿で過ごしているように読めますが、これらは「ハイン」という通過儀礼的祭礼のための装束です。ただし本には「ハインは一年間、もしくはもっと長く続く場合もある」と書いてあるので、かなりの期間をこのスタイルで過ごしてるのかもしれないけど。
 体を彩るのは赤土と、動物の骨から作った白い顔料。表紙写真にもなっているグアナコの革で作ったマスクを被ったボーダーの人は、「ウレン」と呼ばれる道化の精霊です。基本的に裸同然なわけだからいろんな部分が丸出しで、デリケートゾーンにもしっかり横縞を描き込んでいる。なんとも律儀で男らしい。服装とはこうあるべきといった自分たちの想像の斜めうえ遥か上空でブラブラと揺れている。孤高の美を、このボーダー柄に見ました。

 セルクナム族は1970年代に純血を保っていた最後の一人が亡くなり、いまではその言葉を話す人もいなくなってしまったそうです。

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