真面目で重苦しいメッセージTシャツなんかが苦手です。その割にワードローブにはタイポグラフィーが大書されたアウターが二着も。基本的に書かれた言葉のリズムと字面が美しければそれでよし、文字の意味には頓着しないスタンス。外国人が「Oh,Cool!」なんつって勢いで入れて後悔する漢字タトゥーみたいに、適当に着たいんですが、それでも周りの人は何らかの意味やメッセージを読み取ろうとするものです。
背中にステンシルで「23」と書かれたコートは、10年以上前にロンドンで買ったLibertineのトレンチ。とかく背中の数字について質問され、海外でも現地の人に「ナゼ23番ナノカ?」と聞かれる始末。アンジェラ・アキの数字Tシャツくらいナチュラルなノリで着ているわけで、なぜ23番なのかは全然知らない。面倒くさいから「マイケル・ジョーダンの背番号」という、模範解答風の返事でお茶を濁してきました。
裾に「LOVE」の文字がコラージュされたチェスターフィールドは、今季のジバンシィ バイ リカルド・ティッシ。これを着て電車に乗ってると前に座っているお客さんに「ナゼオマエハ地下鉄車内デ愛ヲ説クノカ?」という目で見られます。単にビジュアル的インパクトで選んだわけで、「愛」について訴えたいことは何もない。でも、そんな軽々しい狙いは空回りで3分の1も伝わらない。
ことほどさように人は書かれた言葉の意味や意図を探ろうとしてしまうもの。日頃、自分が文字の見た目と意味について真剣に考えるのは、毎月の表紙をデザインするときでしょうか。アートディレクターと一緒にああでもないこうでもないと様々な書体や色を試すのは、本当に楽しい仕事です。表紙で一番重要なのは、もちろん「SPUR」のロゴ。ここをどう見せるかが頭の使いどころですが、ところで皆さん、このロゴが既存書体を元にしたものだと知っていましたか? SPURロゴは「Friz Quadrata」というフォントを元にバランスを整えて作られています。創刊以来26年間不変のロゴをデザインしたのはアートディレクターの古川正俊さん。古くはノンノに始まりシュプール、ウオモやバイラなど、集英社の多くの女性誌のADを歴任してきた重鎮ですが、一般的には週刊少年ジャンプの海賊マークを作った人(!)というとわかりやすいでしょうか。自分は十数年前モアに在籍していた当時、ADだった古川さんに薫陶を受けた、いわば集英社に数多くいる古川スクールの生徒の一人。テニスで日焼けした肌の上に白Tシャツで毎日ふらっと編集部に現れる古川さんは、いい意味で大物らしさが無く、スタッフ全員に「古川おじさん」と慕われていました。
シュプールの創刊当時、古川さんがどのようにこのロゴを作ったのか、自分は編集長のくせに恥ずかしながら知りません。デザインの裏にどんな思いがあったのか、そこはどんな意図が込められていたのか… 想像を巡らせてもしょうがない。こういうときは本人に聞くのが一番。手っ取り早く古川さんに電話してみました。すると…
「あー、SPURのロゴ? あれさ、創刊当時の編集長にロゴ作れって頼まれてたんだけどさ、たまたまオーストラリアに向かう飛行機の中でふっと思い浮かんだんだよね。SPURっていうと、スキーじゃない? だからSの文字はスキーのシュプールみたいな曲線だなって。そんでPの文字は間に隙間があって、お洒落だけど軽い感じがいいと思って。最終的には既存のフォントをアレンジして版を起こしたんだけどね。俺もオーストラリアには遊びで行ってたわけで、飛行機の中でも気が抜けてたっていうか、ファッション誌にはそういう軽さとかふわっとしたムードがあるほうが面白いだろ!」と畳み掛けられました。小難しい意味を超えて、なんとなく軽くて面白いからそうしたっていうのが実にいい。遊びの旅行の途中で思いついたというのがさらにいい。自分はSPURのロゴが大好きです。