ソフィー・ビル・ブラーエと間違った宇宙

 「惑星は太陽を中心に回っているが、太陽は地球のまわりを回っている」。あれ? 何かおかしい。

 ジュエリーデザイナーのソフィー・ビル・ブラーエを知ったのは、ちょうど一年前にSPURで掲載したインタビュー原稿がきっかけ。その後、作品だけでなくソフィー自身に興味を持ったのは、彼女がデンマークの貴族ティコ・ブラーエの末裔と聞いてからでした。

 ティコ・ブラーエは1546年、デンマーク生まれの天文学者。占星術師、錬金術師でもあります。年代的にはガリレオより少し前に活躍し、天動説から地動説へ移行する過渡期に冒頭に挙げた両者の折衷案的宇宙体型を提唱したのがティコでした。しかしこのティコ・ブラーエ、ただの学者かと思うとさにあらず。まず容貌が凄い。二十歳の頃、従兄弟と決闘した挙句、剣で鼻注を切られ、それから終生、傷跡を隠すために金と銀の合金で作ったデコラティブな義鼻をつけていた。『マッドマックス 怒りのデスロード』で言えば“人喰い男爵”と同じスタイル。ティコの義鼻は取り外し可能で、鼻に邪魔されず観測機の正しい位置に両目をセットすることができたためか、彼の観測技術は神がかり的に高い精度を誇り、その詳細なデータに基づいて、冒頭に挙げた彼の宇宙体型「惑星は太陽を中心にして回り、太陽は地球のまわりを回る」を築きあげたという。当時のデンマークでは「ティコ・ブラーエくらい賢い」という比喩が生まれるほどの天才ぶり。

 自身の城の中に機械仕掛けの人形を侍らせ、ヘラジカを放し飼いする、とやりたい放題。残されたエピソードはいちいち面白いのですが、自分にとって最も心に残ったのは、彼の最期。ある貴族のパーティに出かけ、酒をしこたま飲んだティコ。当然尿意を催すのですが、主賓に気を遣いトイレに行くのをひたすら我慢。するとみるみる膀胱が腫れ上がり、自分で排尿ができなくなってそのまま十日後に死んでしまったという。中世ヨーロッパでトップクラスの知性とは思えない頓死だが、頻尿でしょっちゅうトイレのことばかり気にしており、編集の仕事もままならない自分にとって他人事ではない! この一点だけでも実に親近感のわく、共感できる天才なのでした。 ティコ・ブラーエの逸話を初めて読んだのは英国の科学作家サイモン・シンの著作『ビッグバン宇宙論』。そこからティコの生涯をもっと知ろうと買ったのが、写真内でジュエリーの下に置いた本『ケプラー疑惑 ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記事』(地人書館)。ティコ・ブラーエとその弟子ヨハネス・ケプラーの生涯に沿った伝記的作品ですが、師であるティコが秘匿する観測記録を狙ったケプラーが師を毒殺した、とほぼ断定的に書いている、きわめて乱暴な一冊。事実、ティコ・ブラーエの毛髪からは毒素が検出されたとの説もありますが、真相はいかに? ともかくケプラーはティコ・ブラーエ秘蔵の観測データを利用して、後に地動説の根拠にもなった「ケプラーの法則」を発見することになるのです。

 現在発売中のSPUR9月号特集「耳飾りの時代に」では、ソフィー・ビル・ブラーエの最新作を紹介しています。ティコ・ブラーエの数奇な生涯を知るにつけ、子孫であるソフィーが作るジュエリーを誌面で見ると、何かただならぬものがあるように感じる次第。パールからすっと伸びたゴールドのラインは、惑星が描く楕円の軌道を。連なるダイヤモンドは細く欠けながら輝く月を。星々をかたどったジュエリーを作るとき、ソフィーはきっと先祖から受け継いだ運命の不思議さに思いをはせているはずです。

 

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