黒い時計と『黒い時計の旅』 

 黒い時計の話をしたい。左はパネライ「ルミノール マリーナ」。第二次大戦時にイタリア海軍潜水隊が装備していたダイバーズウォッチがルーツ。ストラップは純正のブラックラバーに交換済。右はディオール「シフル ルージュ」で防水機能を高める特殊形状のリューズガードがついている。ステンレスのケースとブレスはブラックラバーで覆われ、見た目もテクスチャーもステルスっぽい。

 声を大にして言いたいんですが、防水機能がしっかりしてる限り、時計は水にジャブジャブ漬けちゃったほうがいいですよ。海水なら、なおいい。たまに南の島に行くときはダイバーズウォッチをつけて遊ぶのが楽しみです。
 強い陽射し。潮の香り。ボートの周りの水は底まで見通せる透明度。足を滑らせた風を装い、おどけて海中へダイブ。普段は丁寧に使ってる腕時計を一気に塩まみれに。これが気持ちいい。時計がゴールド製だったり、石がたくさん付いたモデルだと、「よっしゃ、やったった!」感がさらに上がるに違いない。ラグジュアリーなモノを身につけて無茶をする。それはスギちゃん言うところの「1.5リットルのコーラ、飲みきれないけどボトルのキャップはすぐに捨てるぜー」的にワイルドで男らしい行為でもある。自分の場合、男らしさのスケールがちょっとばかり卑小なことは否めないが。

 さて、『黒い時計の旅』。ようやく本題に入りました。こっちの男らしさ、カッコよさったら半端なものではありません。『黒い時計の旅』は現代のアメリカを代表する作家の一人、スティーヴ・エリクソンの小説です。

 内容を簡単に説明しますと…
 主人公バニング・ジェーンライトは、ナチス総統アドルフ・ヒトラーに召し抱えられ、彼のためだけにポルノ小説を書き続ける作家。バニングの半生と彼が書く物語、そしてバニングが幻視し続ける女。それらが複雑に交錯し、やがて20世紀は「ヒトラーが死んだ世界」と「ヒトラーが生き続ける世界」に分岐する… と、ちょっと何言ってるかわからない状態ですみません。まったく簡単に説明できませんが、むしろ余計な説明を頭に入れないまま素直に読んでほしい。そして物語の行き着く先の美しさに浸ってほしい。そんな本です。
 自分は大学生の頃に『黒い時計の旅』を読んでその面白さに驚嘆し、しばらく本を持ち歩いては再読していたことを思い出します。すでに絶版となった福武書店版では著者近影が載っておらず、当時はネットもないし、エリクソンの容貌などさっぱり知らないまま。それでも彼は、いつか会ってみたい憧れの人でした。

 時間の流れはときにおかしな振る舞いをするもので、あれから20年以上が過ぎたいま、自分が編集するSPURにスティーヴ・エリクソンその人が載っているという奇跡!

 最新号の巻末コラム「SPUR Loves…」インタビューページで、3月に来日したエリクソンが新刊『ゼロヴィル』について語っています。取材にはぜひ同行したかったのですが、パリコレ出張期間だったため叶わず。一生の不覚! それでもエリクソンがSPUR誌面に登場しているのを見るだけで、望外の喜びです。

 「愛こそが、自分の作家としての本質と思っています」

 インタビューの見出しになったスティーヴ・エリクソンの言葉を見て、もう一度『黒い時計の旅』を読み直したくなりました。

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takayuki yamasaki

服は迷ったら買う派。そして色違いで揃える派。車はFR派。ジョジョは四部派。夜は糖質オフでハイボール派。圧倒的イヌ派。

 

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