「やっと…」と安堵のため息。ラフ・シモンズがカルバン・クラインのチーフ・クリエイティブ・オフィサー就任との報。どれだけ心待ちにしていたことか。
ディオールにおけるラフのラストショーに遡ること3年半前、ラフ・シモンズによるジル・サンダー最後のコレクションもミラノで実際に目にしていました。その2012-13年秋冬のショーは自分が現場で体験した中で、もっとも感動的なものでした。
当時、ラフが辞任すること、そして二日後のショーが彼にとってジル・サンダーの最後のコレクションになることがブランドのリリースで告げられていたため、会場全体が不思議な緊張感に満たされていたのは確か。しかし感動の主な理由は、コレクションそのものが素晴らしかったことにつきます。メインピースでもあったカシミアのダブルフェイスコートは、ノーカラーでボタンレス。なんの変哲もなく、ただひたすらに美しい。ジル・サンダーにおいてラフが作り上げたものの究極の形だと、いまだに信じて疑いません。
コレクションについては、よくご存知の方もいると思いますので、現場でしか体感できなかった要素として、ショーの音楽について記しておこうと思います。
セットリストを見返すと、一曲目はマジー・スターの「Fade into You」。ゆっくりと静かな滑り出しながら、90年代前半のオルタナティブロックバンドを持ってくるあたり、ラフが好みをしっかり打ち出しているのが伝わってきます。
続いてディストーションの効いたギターとともに、カーペンターズの名曲「Super Star」のソニックユースによるカバー。このバージョンは90年代初頭に発売されたカーペンターズのトリビュートアルバム「If I were a Carpenter」に収録されていたもので、自分も学生の頃よく聴いていたため、非常に懐かしく感じたことを覚えています。
これらの“泣きのギター”から一転して、三曲目は名匠フィリップ・グラスによる映画『巡りあう時間たち』のサントラから「I’m Going to Make a Cake」。切ないピアノの旋律で、ショーはクライマックスを迎えようとするのですが……
美しい幕切れに向かう流れをぶった切るように、フィナーレ直前に大音量で聞こえてきたのは、ある特定の年代の人間にはおなじみのイントロ。スマッシング・パンプキンズの「Tonight, Tonight」でした。冒頭から「傷つくことなしに大人にはなれない」と歌うこの曲は、90年代オルタナティブロックの中でもとびきりエモーショナルなナンバー。そしてラフが自身のブランドではじめてパリでショーを行ったときにもBGMに使用された、彼にとっても象徴的な曲です。とにかくこの選曲は「反則」といってもいいもので、おかげで自分は涙腺が崩壊してしまったわけですが、周囲の日本人ジャーナリストも同じく泣いていました。フィナーレを歩くモデルまで目頭を押さえていました。最後に登場したラフ・シモンズは誰よりも真っ赤な目をしていました。拍手は鳴り止みませんでした。
その後のミラノでは、同じく出張取材中のエディターたちと、ジル・サンダーがいかに美しかったか、そして最後の「Tonight, Tonight」がどれだけ心に迫ったかを語り合っていたのでした。自分にとってラフ・シモンズは同じ世代を代表するデザイナーですが、その思いはジル・サンダーのショーの選曲のおかげで、より強固になりました。早くラフが作るカルバン・クラインが着たい!
服は迷ったら買う派。そして色違いで揃える派。車はFR派。ジョジョは四部派。夜は糖質オフでハイボール派。圧倒的イヌ派。