メディアに登場することはごく稀なセリーヌのクリエイティブ・ディレクター、フィービー・ファイロ。孤高の存在ともいえる彼女が作り出す服は、現代女性たちの高い支持を集めている。なぜ、そんなにも彼女たちを魅了するのか――。そこには彼女の揺ぎない服作りに対する哲学があった。
PHOTOGRAPH BY KARIM SADLI
ファッションの分析をする際に、自叙伝的なアプローチに必要以上に注意を払いすぎると、横道にそれてしまう恐れがある。だが、フィービー・ファイロの場合は、彼女が過去 8 年間以上にわたり、メディアを通して自分自身をいかに表現してきたか ――あるいは、 いかに沈黙を守ってきたか ――に注目してみると、おのずとその答えが出てくる。
誰もが知っているように、彼女は、私生活を決して 明かさず、自らのプライバシーを頑ななまでに守り抜 くタイプのデザイナーだ。メディアのインタビューに 頻繁に答えたり、社交やパーティの場に姿を現すファイロなど想像できない。セリーヌというファッション・ブランドもまた、現代の意識の中心を占め、洪水のように氾濫するソーシャル・メディアの映像には、必要以上に関わらず、距離をおいてきた。知的とはいえないセルフィー写真は もちろんのこと、自画自賛に満ちたランウェイ写真が 必須だと判断されるこの時代にあって、セリーヌは、ソーシャル・メディアにあえて露出しないことで逆に 注目を集めてきた。無意味な周囲の雑音に頼るより、 商品の質や気品に直接語らせることを選んだのだ。一 見矛盾するようだが、その方法で、セリーヌはさらに 存在感を増し、あそこでは何か特別なことが起きている、という意識を人々の中にかき立ててきた。
公に知られない存在でいることが、なぜあなたにとって大切なのかと問われると、ファイロはたいてい言 葉少なにこう言う。 「そのほうがシンプルだから」 プライベートな情報をいっさい表に出さない慎重さは、セリーヌの美意識そのものであり、そこに大きな意味がある。
パリにあるセリーヌのアトリエ。ファイロはロンドンのオフィスと製作拠点であるパリのアトリエを行き来しながら、コレクションを作成している。
ファッション界があらゆる雑音に包まれている今、 セリーヌは、業界内で最も静かな影響力をもつブラン ドのひとつとしてその姿勢を崩さない。コレクションの製作に際しては、圧倒的な量のリサーチを行い、細部に徹底的に気を配るだけでなく、衣服を着る主体で ある女性に尊敬の念を払うことにより、その品質と名誉を保ってきた。セリーヌは本物であり、それ自体が貴重な存在なのだ。手垢のついた表現になってしまうし、人によっては異論があるかもしれないが、現在のような不安定な時代にあって、セリーヌは、ファッシ ョン界の「聖杯」ともいえるだろう。
「それは多分、私たちが、自分たちは何者かというこ とを見失い、お互いの存在や、動物たち、そして自然 からも切り離されてしまっているからではないのかし ら」とファイロは語る。「つまり、私たちは混乱していて "本物" に出会うと パニックを起こしてしまう状態なのではないのでしょうか。真実はすぐそばにあるのに、私たちはどうつな がっていいのかわからなくなっています」 血の通った温情やセンチメンタルな感情を極限まで排除したファッション界において、彼女のようなパワ ーをもつ人物から発せられた言葉は、珍しいほどに、体温を感じさせる人間らしい言葉だった。
そしてそんな人間らしさは、彼女の作る服にも現れている。 セリーヌの2016-’17年秋冬コレクションの舞台裏は、 周囲の喧騒をものともせず、謙虚さに満ちた穏やかな 空気に包まれていた。彼女は言う。「それは、私が実際に自分で服を着てみて作るからかもしれません。それが私のやり方です。忙しいこの世 の中で、私はセリーヌがもたらす静寂という概念を常に意識しています」(続きを読む)
SOURCE:「CLOTHED IN SILENCE」By T JAPAN (https://www.tjapan.jp/)
BY SUSANNAH FRANKEL,TRANSLATED BY MIHO NAGANO AND EDITED BY JUN ISHIDA
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