サンローランの 新クリエイティブ・ ディレクター、 メゾンについて語る



サンローランの新しいデザイナー、 アンソニー・ヴァカレロ。 ユニヴェルシテ通りのアトリエで。
PHOTOGRAPH BY JACKIE NICKERSON

 「サンローランの新クリエイティブ・ディレクター、アンソニー・ヴァカレロに会いに、ハウスにぜひいらしてください」というメッセージが届いた。が、“ハウス”とはどこだろう。ヴァカレロの自宅? まさかそんなはずはない。サンローランの本拠地、つまりメゾンのことだろうか。
おそらくメゾンに違いないが、パリのメゾンは3カ所に分かれている。それぞれに違う役割と独特の雰囲気があって、まるでキリスト教の三位一体、“父、子、聖霊”のようだ。なにしろ、ここで取り上げているのは、ほかでもない“聖(Saint)ローラン”なのだ。現代女性のワードローブを創造し、女性にパンツスーツをはかせた“伝道者”イヴ・サンローランは、クチュール界の苦悩するアーティストであり、20世紀のファッションの創始者でもあった。これまでのモード界で、なかでもフランス人たちから、これほど神に近い存在として崇められたデザイナーは彼のほかにいなかった。  
 サンローランのひとつめのメゾンは、パリ“リヴ・ゴーシュ”(左岸)の、瀟洒なユニヴェルシテ通りに位置する。この左岸エリアにちなんで、イヴ・サンローランは1966年に発表したプレタポルテラインを「リヴ・ゴーシュ」 と名付けた。そこから目と鼻の先に、イヴ・サンローランにとってときに仲間であり、大半はライバルであったカール・ラガーフェルドのアパルトマンが並んでいる。イヴ・サンローラン自身は、そこから数ブロック離れたバビロン通りのアパルトマンに暮らしていた。メゾンのクリエーションの拠点は、見事な改装が施された17世紀建築の大邸宅だ。冷然と幾何学的 な、いかにもル・ノートル(フランス式庭園の創始者)風の生垣を作り込んだ庭園も構えている。この大邸宅の、現代的な研ぎ澄まされたセンスときわめてフランスらしい伝統を併せ持つスタイルとインテリアは、ヴァカレロの前任であるエディ・スリマンが取り決めた。だがスリマン自身の活動拠点はロサンゼルスだった。一方ヴァカレロは、パリのこの場所で創作活動を行なっている。フランスの真のクチュールメゾンとして、アトリエは伝統に従って、タイユール(テーラード)部門とフルー(軽やかなドレス類)部門のふたつに分かれている。


アンソニー・ヴァカレロ
PHOTOGRAPH BY JACKIE NICKERSON

サンローランのふたつめのメゾンはベルシャス通りにある。かつて大修道院、続いて元国防庁として使われたこの建物が、メゾンの企業本部になる予定だ。多くの大手ラグジュアリー企業の業績見通しが暗いなか、サンローランは逆境を乗り越えてきた。2016年の売上高は前年比25パーセント増、年間売上高は2年立て続けに10億ドル(約1,125億円)を超えた。5年前に比べて約3倍の増収である。サンローランの株式の過半数は複合企業ケリンググループが所有しているが、グループ傘下の数あるラグジュアリーブランドの中で、サンローランは2016年に2番めの地位を誇ることになった。 巨額の富を有する、文字どおり建て直し中のメゾン。こんな状況のなかでヴァカレロは、2016年9月にファースト・コレクションを発表した。会場には複数のスポットライトが設けられ、約10メートル大のYSLロゴのネオンがクレーンでつり下げられていた。見る人によって、あるいはその人のシニカルさの程度によって、それはベッドメリー(※ベビーベッド用モビール)にも、餌をつけた釣り針にも、ダモクレスの剣(※王の栄光を羨んだダモクレスを天井から剣を吊るした玉座に座らせ、栄華の陰に危険が潜むことを伝えた故事)にも見えた。ちなみに、この改装工事現場がヴァカレロとの会見の場というのもありえなくはなかった。(続きを読む)

SOURCE:「HISTORY IN THE MAKING」By T JAPAN New York Times Style Magazin
BY ALEXANDER FURY AND TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

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