アリゾナの「光の満ちる家」<後編>

 アリゾナで育った舞台デザイナーのスコット・パスクは、大学時代を過ごしたアリゾナ州ツーソンという町に魅了されていた。日干しレンガでできた街並みと、どこまでも広がる広大な砂漠ーー。6年前、サンタカタリナ山脈の裾野に、1968年に建てられた一軒の家を見つけたパスクは、この家の改造に着手することにした。

 彼はツーソン在住の職人や昔からの友人らとプロジェクト・チームを組んだ。なかにはアリゾナ大学で彼がデザインを学んだ教授、ロバート・ネヴァンズも含まれていた。元の家の構造を起点にし、空間をオープンにして窓を追加し、「見通しのいい眺め」に焦点を当てたとパスクは言う。

「僕は地平線を愛しているんだ」。

太陽光を遮る壁となっていた車庫は取り壊され、車寄せのひとつも撤去された。これで、訪問客は家の脇に駐車するのではなく、玄関まで乗りつけることができるようになった。桃色の外壁は、ソノラ砂漠の土の色に似た、温かみのあるグレーに塗り替えられた(地元の塗料ショップでは、この色をパスク・グレーと呼ぶようになった)。

影絵による舞台劇  主寝室の浴室には、サウスウェスト建築にキュービスムっぽい感覚を採り入れ、 シャワーへと降りる階段をつけた
影絵による舞台劇 主寝室の浴室には、サウスウェスト建築にキュービスムっぽい感覚を採り入れ、 シャワーへと降りる階段をつけた

 暗く重苦しい雰囲気の部屋はとり壊された。合板の本棚や石膏の壁、部屋じゅうに敷き詰められたカーペット、主寝室のバスルームに貼られていた醜い黄色のタイルはすべてとりはずされ、その下にあったコンクリートがむき出しになった。コンクリートはパスクがその"正直さ"ゆえに好んだ素材で、彼のお気に入りの建築家のひとり、ルイス・カーンの仕事を思わせる素材だ。濃いこげ茶色に塗られた天井とむき出しの梁に、圧縮空気で砂を吹きつけて磨くと、節目の多いベイマツ材が露わになった。

キッチンは壁で囲うのではなく、部屋とダイニング兼リビングの空間の間に独立した壁を立てて、そこをキッチンに仕立てた。さらに、細長いライン状の明かり取り窓も二つとりつけた。ひとつは北側の寝室から南側の寝室に伸びる形で。もうひとつは主寝室とそのバスルームの内側に作られた。

地元の家具職人ネイト・ダンフォースが、この家のすべての棚と、 主寝室のチーク材のベッドを作った。 暖炉の壁はしっくい、床に置かれた毛皮はトナカイ。 ナバホ族の手織りの絨毯は1920年代のものだ。 マットな風合いに磨かれたニッケル製の照明は、 ポール・ルドルフのデザインによる、モジュライター社製
地元の家具職人ネイト・ダンフォースが、この家のすべての棚と、 主寝室のチーク材のベッドを作った。 暖炉の壁はしっくい、床に置かれた毛皮はトナカイ。 ナバホ族の手織りの絨毯は1920年代のものだ。 マットな風合いに磨かれたニッケル製の照明は、 ポール・ルドルフのデザインによる、モジュライター社製

 キッチンや浴室のカウンタートップ、主寝室と浴室の壁にパスクが選んだのは、磨き抜かれた多孔性の石、メキシコ産のトラバーチンだ(※温泉などに沈殿してできた石灰質岩の一種)。「この石は簡単にシミがつくし削れやすいから、石の製造元から、問題が起きてもいっさい文句を言わないという書類にサインさせられたよ。でも、家が使い込まれるうちに、歴史が刻み込まれるという考えが気に入ったんだ。手作業で塗られたしっくい壁のように、傷がつくとさらに美しくなる」とパスク。

「僕が敬愛していた継父のフランクは2年前に亡くなったんだけど、あるとき、アンティークショップ巡りで僕たちが見つけた掘り出しものを、彼がキッチンカウンターの上に置いた。それを動かしたときに小さな傷が残ったんだけど、あの日の思い出がそこに残っていることが僕はうれしいんだ。彼がいなくなった今、その小さな痕跡は大切なものになった。キッチンに立つたびに、その跡を指でなぞっているよ」(続きを読む)

SOURCE:「Light Box」By T JAPAN New York Times Style Magazin
BY NATASHA WOLFF, PHOTOGRAPHS BY STEFAN RUIZ, TRANSLATED BY MIHO NAGANO JUNE 02, 2017

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