新世代のデザイナーたちは過去のロシアのまばゆい幻影よりも、ソビエトの時代のリアルな記憶そのものをファッションに投影する
バルト海に面したロシア領の州都、カリーニングラードの青少年地域文化センターに、青白い顔をしたティーンのモデルたちが集まっている。ここでファッションショーが催されるのだ。エディターやバイヤーは150人前後揃い、40脚ほどのベルベット張りのくたびれた椅子に座っている人以外、大半は立ち見席にいる。32歳のメンズウェアデザイナー、ゴーシャ・ラブチンスキーの2017-’18年秋冬のショーを見ようと、彼らは世界各地からやってきたのだ。
若いメンズモデルたちはキュッキュッというスニーカーの音を立てながら、シンプルな白いカーテンの奥から現れ、錆びかけた鏡が脇に一列に並んだ、細長い寄木張りの床を歩いていく。ミリタリー調の肩章つきシャツ、ネービー風ピーコート、ボックスシルエットのシャツとタイピンで留めたネクタイ、キリル文字で飾った複数のスポーツウェアが登場したこのコレクションは、街の印象と同じくらいに簡素だ。
ちなみに、観客のほとんどは、2017年1月のメンズ・コレクションが開催されたばかりのロンドンから9時間のフライトを経てここに来ていた。そしてその大半は、ミラノ・メンズ・コレクションの皮切りとなる「エルメネジルド・ゼニア」のショーを見るために、翌日にはカリーニングラードの小さな空港を発つ。その後モスクワを経由して、ようやくミラノにたどり着く予定だ。
冬のただ中に、彼らがここまでしてショーにやってきたのはなぜか。理由は明白だ。ラブチンスキーが今モード界で最も注目されるデザイナーのひとりだから。そして、ロシアが与えるモード界へのインパクトが、20世期初頭の芸術プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフによるバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)が巻き起こした旋風に匹敵するほど強大だからだ。バレエ・リュスは、バレエの振り付けや構成に、長きにわたり影響を及ぼしただけでなく、戦前のモードにも空前のインパクトを与え、そのコスチュームはクチュール界にそのまま現れた。どんなファッション史の本であれ、ざっと目を通せばその影響力の大きさがよくわかるだろう。
1909年にパリで旗揚げしたディアギレフの一団は、パステルカラーや、エドワード王時代のアールヌーヴォーの流麗なライン、大胆な色使いが特徴の衣装をまとって舞台に現れた。バレエ・リュスの舞台装置と衣装を手がけた人物として有名な、ベラルーシ生まれのレオン・バクストは、20世紀初期を代表するデザイナー、ポール・ポワレに影響を与え、ポワレはバクストに触発されたテーマや装飾モチーフの服をデザインした。
バクストが、ロシアの伝統刺しゅうを鮮やかな配色で彩り、民族衣装「サラファン(肩紐つきワンピース)」をチュニックに替えてパンツと組み合わせたなら、ポワレはさらに手を加え、1912年に裾にワイヤを入れた「ランプシェード」や「ミナレット(寺院の尖塔)」というスカートを編み出した。原色使い、ハーレムパンツ、ホブルスカート(裾幅が極端に狭いスカート)、オリエンタルなターバン、ファーやフォークロア調の刺しゅうで縁取りしたコサックコートなどが特徴的なポワレのデザイン革命は、実際のところバレエ・リュスに由来した“表層的な革命”にすぎなかったが、多くの追従者にインスピレーションを与えた。(続きを読む)
SOURCE:「Back in the U.S.S.R」By T JAPAN New York Times Style Magazine
BY ALEXANDER FURY, ILLUSTRATIONS BY PIERRE LE-TAN, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO JULY 11, 2017
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