読書家の清水奈緒美さんが久しぶりに心動かされたのが遠野遥さんの小説『破局』。その不穏な世界をビジュアルに落とし込んだ。
独特の視点で人を描く小説のすごみに惚れた

慶應大学4年生で公務員試験に臨む陽介をイメージ。元彼女の麻衣子とつき合い始めた灯という二人の女性の間で揺れる。
清水奈緒美(以下S) 『破局』を拝読し、とても驚きました。たとえば電車の中で隣に立っている人が何を考えているかということは自分には見当がつかない。なのに、誰とも会話をせずとも、頭の中で考えていることを全部見聞きしてしまったような感覚を覚えたんです。
遠野遥(以下T) ありがとうございます。小説は内面まで掘り下げて書けるところが魅力。普段から接していてもわからないところまでのぞき込めるんです。私が書くときに意識しているのは見たものを、あまり解釈をつけ足さずに、そのまま出すということ。清水さんのように、リアリティを感じましたと言ってくださる人がいるということは、そういう意識からきているのかなと思います。
S その、のぞき方が尋常じゃなくて。
T ああ、本当ですか。
S 遠野さんの小説にはディテールの描写が比較的少ないように感じます。今回は小説から着想を得て、登場人物の陽介と麻衣子をイメージした写真を撮ったのですが、苦心しました。
T 前作より『破局』のほうが書き込んでいるのですが、具体的に限定されたくないんですよね。読む人が想像してくれればいいんです。感想を聞けることが作者としては面白いと感じます。この写真はどこで撮ったんですか?
S 当ててみてください。
T 男性のほうはもしかしたら日吉ですか? 慶應義塾大学日吉キャンパスの道ですね。女性のほうは三田かな……。
S はい、裏側の道で撮りました。陽介が着ているニットには、色の斑点がついているのですが、そこにはもう一人の登場人物・灯が着ていたスウェットのシミを重ねて考えています。
T 自分の中だけにあったものが外に出て、その人ならではの解釈で形になる。私にとって小説のビジュアル化は初めての体験なので、感激しました。

“ハムのような色のワンピース”を着た麻衣子が着想源。ノーブルな彼女と不穏な表情のコントラストが美しい。
遠野 遥
1991年、神奈川県生まれ。小説家。慶應義塾大学法学部卒業。2019年に『改良』で第56回文藝賞を受賞しデビュー。2作目となる『破局』(ともに河出書房新社)で第163回芥川賞を受賞する。次回作は超能力者をテーマに執筆を進めている。
清水奈緒美
東京都生まれ。スタイリスト。大学卒業後に出版社勤務を経て、スタイリストとして独立。雑誌や広告で活動するほか、著名人のスタイリングも手がける。ハイジュエリーにも精通し、その独特な美意識の高さに支持を集める。