ありふれた成熟を拒んで、耳を澄ます/山崎まどかエッセイ

昼と夜、内と外、子どもと大人……。何かが何かへ移行するとき、ふたつの境界の狭間にある、簡単に定義されない存在に、惹かれていたい。パジャマウェアを日常に持ち出して、見慣れた境界をモードに揺さぶって。

パジャマシャツ¥54,000・パンツ¥79,000/ロエベ ジャパン カスタマーサービス(ロエベ)

大人にならない女の子/文・山崎まどか

 ウィノナ・ライダー。
 その名前からしてあまりに特別な少女は、黒い傘をさして、80年代ハリウッドのスクリーンに舞い降りてきた黒ずくめの堕天使だった。
『ビートルジュース』(’88)で彼女が演じたリディアは、そう言いたくなるほど衝撃的だったのである。黒髪の、黒い服の、笑わない美少女。ブロンドの髪をふくらませて笑顔をふりまく他のティーン女優とは、比べ物にならない存在感だ。
 でも、ウィノナはただ無愛想なだけの不機嫌なティーンではない。森の中の汚れのない小動物のような、バンビのような可憐な風情があった。少女にも少年にも見える中性的な魅力で、同性も異性も彼女にキュンとなった。学校に通っていた十代の頃はゲイの男子に間違えられていじめを受けたという話は有名だが、ウィノナのあまりに異質な美しさに遭遇して郊外の普通の子どもたちが混乱し、彼女に危険さえ感じた結果なのではないかと思ってしまう。
 他の子とは違う、そんな異形の美しさがある一方で、アメリカの青春小説のエッセンスでできているような魅力もあった。ウィノナの愛読書はサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』だというが、もしあの小説のホールデン・コーンフィールドが少女だったら、ウィノナ・ライダーのような女の子だったかもしれない。アメリカらしい反逆精神とイノセンスの象徴であるウィノナが、『若草物語』(’94)でジョー・マーチを演じたのも納得である。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』(’91)でキャップを後ろ前にかぶってタクシーの運転手を演じるウィノナ、パジャマ姿でギターを弾く『17歳のカルテ』(’99)のウィノナ。どちらも汚れた大人なんか信じない、ホールデン・コーンフィールドみたいな、ピーター・パンみたいな女の子だ。
 スクリーンの中でもプライベートでも、ウィノナ・ライダーはドレスで着飾るよりも破れたジーンズとブーツ、ロックTシャツが似合った。彼女はファッションとしてロックTシャツを着ている訳ではない。パンク・バンドのザ・リプレイスメンツの大ファンで、『ヘザーズ/ベロニカの熱い日』(’89)に出てくる学校名を、バンドのリーダーにちなんでウェスターバーグ高校にしてしまったというエピソードは、私の胸を熱くする。四十代になった今も、彼女はその頃に買ったと思しきザ・リプレイスメンツのTシャツを着てグラビアに登場している! しかも、それが実に似合っている。
 ロックが好きな90年代の少女アイコンは、ネバーランドに住んでいるかのように年をとらない。永遠に痛ましい青春を生きる、リアルな女の子の化身なのだ。

やまさき まどか

コラムニスト、翻訳家。本や映画、音楽など乙女カルチャー紹介の第一人者。近著は書評エッセイ集『優雅な読書が最高の復讐である』。

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