2020年代は新しい表現者たちの時代

 ミウッチャ・プラダによる「ロマンスは現実とは異なる幻想的なものであり、厳しい時代に対する解毒剤にもなる」とは、今シーズンのすべてを象徴するような言葉だ。また、ランバンの新クリエイティブ・ディレクター、ブルーノ・シアレッリは「ジョイフル」というキーワードをファーストコレクションに込めたという。愛と喜び、弱さや不完全なものを認める“共感”の視点は、カール・ラガーフェルドの逝去、という図らずもモード界の節目を迎えてしまった私たちに寄りそった。

 今季、観客が歓喜の声をあげて迎えた「新しい才能」には、ランバンに加えて、ニナ リッチ、ボッテガ・ヴェネタ。老舗メゾンのヘリテージを最大限に尊重しつつ、若手ならではのフレッシュな視点で「着たい」と思わせるファーストコレクションを見事提案した。また、ボッテガ・ヴェネタのダニエル・リーは、セリーヌでの経験を持つ、フィービー・チルドレンでもある。リアリティあるきれいな服への待望論は、同じくフィービー・チルドレンであり昨年のLVMHプライズ特別賞を受賞して注目を集めるロック、ヴァネッサ・トレイナの支援で今季初めてランウェイショーを実現したケイトの初コレクションの成功にもつながった。

 ショーの演出面でのトレンドは、「詩」。ヴァレンティノはSNSで探し出した詩人による愛の詩を朗読し、コレクションの世界観を印象づけた。また、ディオールのフェミニズム的視点も、今回は詩の朗読という形でアーティに。NYの若手、バットシェバはモデルがひとりずつ詩を読み上げた。情緒的な演出は、力ではなく愛で伝えるというメッセージとも受け取れる。

 そしてモード愛にあふれたエピソードがもうひとつ。NYで話題になった、トモ コイズミについて。ショーの4週間前にスタイリストのケイティ・グランドからSNSで連絡があり、マークジェイコブスのストアでのショーが決定。マークのショーも担当する一流のヘアメイクチームがバックアップしてショーが開催されたというから夢がある。

 シャネルのショーの冒頭、カールの肉声でメゾンのアーティスティック・ディレクターに打診されたときのことが語られた。周囲が皆「終わったブランドだ、やめたほうがいい」と止めるのをむしろ面白いと思い引き受けた、と。いつも新しい方法で、誰かにまだ見ぬ喜びを。声高な主張よりも愛ある挑戦こそが、新時代の扉を開く。

老舗メゾンに吹いた新しいデザイナーの風

新クリエイティブ・ディレクターたちの初のランウェイは、ブランドへのリスペクトと新しい才能が見事に実を結んだ。

1 メンズブランド「ボッター」の共同創立者である、ルシェミー・ボッターとリジー・ヘレブラーが就任。爽やかなカラーパレットがポジティブに輝いた
2 ブルーノ・シアレッリの初コレクションのテーマは「神秘的な巡礼者」。物語を感じるロマンティックなムード
3 英国籍のダニエル・リーはメゾンのコードを踏まえ、新しい女性像を提案。「意志あるセンシュアリティ」を描いた

詩を取り入れた"届ける"ランウェイの形

ファッションと言葉が、ここまで蜜月関係を築いたシーズンはあっただろうか。不穏な時代だからこそ、日常でそっと愛をささやく言葉が人々の心に響き渡る

4・5 詩の言葉がドレスにも会場にも
6 アンダーカバーとグラフィックのコラボレーションでも「愛」を表現

7・8 ショー会場でアーティストのトマーゾ・ビンガが詩を朗読


9
 バットシェバのランウェイではモデル一人ひとりがHoleの「Doll Parts」の歌詞を朗読。客席にはコートニー・ラブの姿も
10 ショーの最後にはユアン・マクレガーの娘、エスター・マクレガーが歌を披露
11 クリスティーナ・リッチも出演

初ランウェイショーの若手たちがパワフルだ

久々に若手デザイナーのショーが注目された今季

12 ギャップやヴェラ・ウォンでキャリアを積んだキャサリン・ホルスタインが2016年に立ち上げた
13 ガーメントを再構築する"パーフェクト・インパーフェクション"の進化形で鮮やかに魅了した
14 コスチューム・デザイナーとして活躍していた小泉智貴。レディー・ガガに衣装提供したことも

ありがとうカール。終わりの始まり

カール・ラガーフェルドの訃報はモード界を悲しみに染めたけれど、新たなメゾンの出発点にも。次シーズンへの希望を込めて

15・16 訃報の2日後に行われたショーでは、在りし日のカールが「フェンディでの最初の日」を語るムービーが流れ会場からは拍手が

17・18・19 グランパレを銀世界に変えたシャネルのラストコレクション。ほほえむペネロペ・クルスの凛と前を向く姿が印象的。カールの遺志を継いだヴィルジニー・ヴィアールの今後に期待したい

SOURCE:SPUR 2019年7月号「モードは詩的に、愛に満ちて」
photography: Jonas Gustavsson

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