世界でいちばんすきな僕
作家:ふくだももこ/MOMOKO FUKUDA
待ち合わせは、どんぐり公園のいちばん大きなカシの木の下で、約束よりずいぶん早く到着した僕は、木にもたれて、足もとを見ていた。
買ったばかりの白いサンダルが、茶色い土の上で、つやつやと光ってる。近頃、僕の足はぐんと大きくなった。サイズのあうやつが子供服売り場にはなくて、お母さんと一緒に、大人のコーナーに行って買った。慣れてないから足を痛めないように、ヒールじゃなくて、ソールがちょっと高くなってるところが気に入ってる。
レジに並んでると、お母さんが「島根のじいじも、こんな風にお年玉を使ってもらえて、きっと喜ぶね」って言って、僕の髪をなでた。
心のなかの風船に、うれしいがたくさん詰まって、ぱんぱんになった。
風にのってふわりとふくらむワンピースの裾が、ひざとふともものあいだに触れて、ちょっとくすぐったい。
ノースリーブで、ウエストがきゅっとしまって、スカートはぽわんとアーチ型になっていて、白い生地に、僕のいちばん好きなひまわりが、これでもかってくらい、めいっぱい咲いている。
自由帳に描いた僕の絵が、そのまま飛び出してきたみたいにパーフェクトなワンピースは、すみかちゃんが作ってくれた。
四つ上の姉のすみかちゃんは、高校生になった記念に買ってもらったミシンで、好きなアニメのキャラクターの服を作るのにハマっている。僕の絵を見せたら、すみかちゃんは「ワンピかあ、作ったことないけど、たぶんいける」と言って、三日くらい、ほとんど寝ないで完成させた。目の下に青いくまができちゃったけど、ミシンに向き合うすみかちゃんの横顔は、飛び立つ前のとんびみたいでかっこよかった。
夏休みがはじまる前に、僕は涼ちゃんと約束をした。「いちばん好きな服を着て、お出かけしようよ」って。
涼ちゃんは、まばたきをたくさんしながら「しよう!」と言った。
まばたきのたびに、涼ちゃんのまっくろい瞳から、星の破片がこぼれた。きらきらまぶしくて「わあ!」と驚いた僕に、涼ちゃんもびっくりして飛び上がった。
胃がひっくりかえって、口から出てきちゃうんじゃないかってくらい、僕たちは笑った。
それを見て、何がなんだかわからないはずのクラスの子たちもみんな笑って、汗だくになりながら転げ回った。チャイムが鳴って、教室に入ってきた先生は僕たちを見て「夏だなあ」と呟いた。
涼ちゃんは、どんなカッコウで来るかな。
週に二回は着てる、クッキーモンスターのTシャツかな。おととい、お父さんとフェスに行ってたから、大好きなサカナクションのグッズを身に着けてくるかもしれない。
涼ちゃんの好きな『アルクアラウンド』は演奏されたかな。僕が寝る前によく聴く『グッドバイ』は、フェスでやるにはしっとりしすぎているから、やらなかったかもしれない。
中学生か、もっと大きくなったら、涼ちゃんとふたりで、サカナクションのライブに行きたい。
『新宝島』のイントロのダンスを真顔でやる涼ちゃんは本当におもしろくて、思い出しただけでにやけちゃうな。
ゴーッと音が聞こえて、木から少し離れて見上げると、ヒコーキが空を泳いでいた。まっすぐにのびる雲を目にやきつける。今度はヒコーキ雲の柄のスカートを、すみかちゃんと一緒に作ろう。
僕の名前を呼ぶ声がした。見ると、公園の入り口で、クッキーモンスターのTシャツを着た涼ちゃんが、太陽みたいな顔で手をふっていた。
僕は生まれて初めて、いちばん着たい服で、大好きな人へ向かって、走りだす。
photography: Masumi Ishida styling: Arisa Takeda model:Kanbee cooperation: Showa Kinen Park