1月最後の週にパリを賑わせた、22年春夏オートクチュールのファッション・ウイーク。新型コロナ感染者がピークを迎える中、いくつかのショーではワクチンパスの提示に加え、入り口で配布する医療用FFP2マスクに換えることを義務付けていた以外は、ほぼ平常に戻った感がありました。まず、正式な“クチュール”カレンダーに先駆けて、スペシャルオーダーを含むプレタポルテのコレクションを発表したのは、アライア。同メゾンではシーズン展開も独自で、ピーター・ミュリエを迎えての2季目は“サマー・フォール”。アズディン・アライアのヘリテージを追求し、シルエットの完璧な構築性とサヴォワフェールに尽きる彼のクリエイションには、今回マスキュリン/フェミニンを遊ぶ新たな視点が加わりました。また、ピカソ・アドミニストレーションの協力により、ピカソによる陶器の塑像から着想源を得たドレス6点を発表。最近では現代美術とのコラボで、アーティストと共に話題性を狙うメゾンが多い中、この選択には、アートとモードの関係の本質に立ち返ると言うピーターの姿勢を感じました。ちなみに本誌4月号(2月23日発売)には、彼のインタビューを含むアライアの現行“ウインター・スプリング”コレクションの特集が掲載されます。お楽しみに。
ところで、旅行規制が緩んで国外からのセレブ・ゲストも増えた今回、行く先々で話題騒然となったのは、カニエ・ウエスト改めYeと彼の新しいガールフレンドであるジュリア・フォックス、特に彼女のルックです。クチュールに先駆けてのメンズ・ファッションウイークの最終日には、Yeの友人Nigoによるケンゾーでのデビュー・コレクションを見るためにデニムのペア・ルックでパリに初めて一緒に姿を現した、この新カップル。
ジュリアがまとったトップは、スキャパレリのデニム・ジャケットです。ボトムはなんと、スキャパレリのサロンにフィッティングに行った際、クリエイティブ・ディレクターであるダニエル・ローズベリーが履いていたのを目につけてその場で借りたと言う、カーハートのジーンズでした。そして翌日のショーに、彼女はシュールで大胆な小物も含めての全身スキャパレリで現れ、黒づくめで顔まで覆ったYeと共に、カメラのフラッシュを浴び続けていました。今回2年ぶりのランウェイとなったスキャパレリはフロントロウだけでなく、ショー自体がとても意味深いものでした。いつも個別アポでのプレゼンテーションの度に、服作りに対する思慮深いアプローチを見せてくれる、ダニエル。今回はメゾンのコードであるシュールレアリズムについて熟考するために色を黒、白、ゴールドに絞り、装飾的なボリュームは極力削ぎ落としたそう。まるで20世紀前半の構成主義のようなシルエットのドレスに伴うのは、オブジェと見まごうゴールドの小物たち。会場となった美術館、プチ・パレのネオ・クラシックな背景に、シュールで未来的なルックが際立ちました。
もう一つ今シーズン前評判が高かったのが、ゴルチエ・パリ。2年前に引退を発表したジャン=ポール・ゴルチエですが、メゾンのクチュール・コレクションは、毎シーズンのゲスト・デザイナーによって続いて行く予定です。初回のサカイに続いてこの役目を勤めたのは、ディーゼルのクリエイティブ・ディレクターになったことでも注目度が高い、Y/プロジェクトのグレン・マーティンズ。彼は実は2008年にアントワープのロイヤル・アカデミーを卒業してすぐに、ゴルチエのスタジオで働いたことがあるそう。1シーズンのみながら、今回名誉復帰を果たした、とでも言えるでしょうか。35体から成るコレクションはグレンらしく、ゴシックな雰囲気で展開。彼のアイコニック・デザイン、両脇の腰をあらわにする”Vカット“をクチュールならではの精密なテイラリングで仕立てたり、ゴルチエのレイトモチーフだったコルセットを再解釈したり、とまさに両者の世界観をミックスし、昇華させていました。
ランウェイ周りが華やぐ一方でこの時期、インスパイアリングな才能の訃報が。まず1月19日には、映画「サンローラン」で主役を務めたことでも有名な俳優、ギャスパー・ウリエルがスキー事故で急逝したのです。世界中のファンが悲しんだのは言うまでもありませんが、彼の両親がファッション関係者だった(彼の母、クリスチーヌ・ウリエルは『シュプール・リュクス』誌でスタイリングを担当してくれたことも)ことから、特に業界の間には衝撃が。シャネルのメンズ香水「ブルー ドゥ シャネル」の顔でもあったので、シャネルのオートクチュールのショーではマリエが持った青の花束で、密かに彼への追悼の念が示されました。また23日の夜には、往年のクチュリエ&ショーマン、ティエリー・ミュグレーが73歳で自然死とのニュースが。折しもパリの装飾美術館では「クチュリッシム」と題してミュグレーの回顧展が4月24日まで開催中なこともあり、美術館には毎日長い行列ができています。お二人のご冥福をお祈りします。
Text: Minako Norimatsu