パリのファッションウィーク(以下略してPFW)が様々な話題を残して幕を閉じたのは、10月4日のこと。ここで、パリとはちょっと違うロンドン・ファッションウィーク(以下略してLFW)のトレンドをおさらいしてみました。スタイルがまったく異なるデザイナーたちの間で、まるで共通課題のように顕著だったのは、シャーベット・トーン、特にピンク、白と黒のグラフィックなコントラスト、そして英国らしいフローラル・プリントです。
まずはアーデム・モラリオグルによる、アーデムから。大英博物館の回廊をランウェイとしたショーはほぼ全ルックがドレスで、息を呑むような美しさ。彼が得意とする優美な花のモチーフは今回も健在、いや躍動感のあるプリントやクチュールの域の刺しゅうで、ますます深みを増しました。絵画を中心とするファインアートからコスチュームまで、アート全体の修復に見る技術や情熱がインスピレーションだったという今回、彼は大英博物館、テート美術館、ヴィクトリア&アルバート美術館など有数の美術館に足繁く通って修復作業を観察し、技術者たちと話し込んだそうです。モノクロのプリントが18世紀のエッチングを思わせる一方、多くのルックで全身を覆った長いヴェールは、修復中の絵画や彫刻にかけられるシーツを示唆。もし近い将来クチュールのメゾンでデザイナー交代劇があるなら、アーデムは有力候補に挙がるのではと思ったのは、私だけではないでしょう。
一捻りした甘さでいうと、若手で特筆すべきは前シーズンに続いて、ユーハン・ワン。中国人の彼女は今回カンボジアの水の精であるアプサラスや、歴史に残る女性パイロットたちからインスピレーションを得て、水や大気の中で軽やかに動く女性の自由さを表現しました。フローラル・プリントのパイロット・ジャケットには、そのエスプリが凝縮されています。また同じく新世代では、ランジェリー・トレンドを牽引するネンジ・ドジャカが新境地へステップアップ。ブラは様々な形でドレスやトップに統合され、マイクロミニやカットアウト、ローライズのボトムで肌を出すデザインは、これまでよりこなれた着やすいデザインに。そしてインスピレーションの一つである花は直接的なプリントではなく、色や形で解釈されています。
そして、久々にファッションウィークに戻ってきた、クリストファー・ケイン。亡きエリザベス2世への国を挙げての1分間の黙祷に続いたショーでは、ボディの美しさと複雑さを讃えるという考えが明確に打ち出されました。ピンクのサテンにランジェリー風のレースをあしらったセットアップも、彼らしくシャープでどこか奇妙なバランス感。そして透明のビニールのストラップをボンデージ風に使ったり、フローラル・プリントをサイケデリックにアレンジしたルックは、強烈なインパクトを与えました。
一方新人の中で今最も“クール”とされているのが、チョポヴァ・ロウェナです。デザイナーはブルガリア生まれのエマ・チョポヴァとイギリス人のローラ・ロウェナのデュオ。彼女たちがパンデミック直前にデビューすると、ワイドベルトにメタルパーツで繋げたタータンチェックの総プリーツ、言わばキルトスカートのパンク版は、すぐさま注目を集めました。今シーズンのインスピレーションは、ブルガリアの伝統的なお祭りであるローズ・フェスティバルと、北米インディアンに起源を持つ球技、ラクロス。加えて音楽はフォークソングとヘビーメタルのミックス、ランウェイを大股に歩くモデルたちは友人やストリートキャスティングでスカウトした人種も体型も様々な一般人で、ショーはまさに“多様性”を具現化しています。ルックももちろん、すべてがミックス&マッチ。マンガや子供の落書き風のプリント、レトロな花柄、タータンチェックなどの素材はプロム風パーティドレス、パジャマ、スクールユニフォーム、テーラード、といくつもの方向に展開されました。こんなカオス化したまとまり。それがチョポヴァ・ロウェナの魅力なのです。
ところで、ロンドンといえばモリー・ゴダード。鮮明な色でボリュームのあるオーガンジーやチュールのドレスで知られる彼女ですが、意外にも今回のショーはオフホワイトや黒の一連でスタートしました。シルエットもこれまでとはやや異なり、クロップドやフレア、ドレープと、様々なカッティングやテクニックを駆使。中にはテーラードのパンツスーツも登場しました。後半になると、シグネチャーであるレイヤード・フリルがどんどんボリュームを増していきます。ドレスとワイドパンツの組み合わせ、スポーティなストライプのアンダーウェアに蛍光色のシアーなドレスのレイヤード、足元はウエスタンブーツという風変わりなスタイリングも、モリーならでは。それらはボリウッドを思わせるテクニカラーで展開され、言わば大輪の造花。葬いムードのロンドンに、ポジティブでハッピーなエネルギーがもたらされたようでした。エリザベス2世の訃報により悲嘆にくれる一方で、スケジュールの大幅変更という打撃を受けたLFW。今振り返ると、セレブリティや大掛かりなセットでイベント化した感のあるPFWに比べ、今回のロンドンは各デザイナーたちが脚色なしに素手で勝負し、彼らの実力が発揮されたシーズンでした。
text: Minako Norimatsu
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/