エルメス パリ本店のクリスマス・ウインドウ秘話を教えます!
パリ・フォーブール・サントノレのエルメス本店では3ヶ月ごとに、趣向を凝らした新しいウインドウディスプレイが幕を開けます。Rue du Faubourg Saint Honoré とrue Boissy d’Anglasの角に位置するブティックの12を超えるウインドウを手がけているのは、同社専属チーフ・ウインドウ・デコレーターのアントワーヌ・プラトー(Antoine Platteau)氏。パリでモードを学び、フリーのデザイナーとして活躍していた彼のエルメスとの繋がりは90年代、当時コム デ ギャルソンのコミュニケーション・ディレクターだった、イナ・デルクールとの出会いに遡ります。モデルでないものの、個性のある一般人をキャスティングしたコム デ ギャルソンのパリでのメンズ・ショーで、彼がランウェイを歩いたのです。これをきっかけに友人となり、またエルメスに移籍したイナは、その後映画のセットデザイナーに転向したプラトー氏に声をかけました。そして彼はディナーやイベントのオーガナイズや演出を手伝ううちに、長年エルメスのウインドウを手がけていたレイラ・メンシャリをサポートするように。同社の後継者でアーティスティック・ディレクターのピエール・アレクシ・デュマが、高齢に達していたレイラの体調を危惧して2014年に抜擢したのは、彼女の右腕となっていたプラトー氏でした。
「レイラがいつか引退するのは周知の事実でしたが、彼女とのコラボレーションにピリオドを打つのはメゾンにとって重大な決断でしたね。何しろ彼女は55年間もエルメスのウインドウのクリエイターで、もはやファミリーの一員でしたから。ちなみに彼女の前任のアニー・ボメールは、50年間続けていたんですよ」と、プラトー氏。「ではあなたにはあと40年近くの任務がありますね!」と言うと笑いながら、彼はこう続けた。「レイラからはたくさんのことを学びました。ストーリーの語り方、ウインドウにおけるバランス感、サヴォワフェールやディテールへのこだわり……」。そして仕事をともにしていたとはいえ、彼女とはスタイルの異なる彼が徐々に確立したスタイルは、近年のエルメスの進化とも足並みを揃える軽やかさです。「アーティストたちに囲まれ、アーティスティックなことをシェアできる、エルメス。私はこのメゾンのシリアスすぎない遊び感が好きです。ですから、私はストーリーテリングによって、職人技術を駆使した贅沢品を見せつつ、ストリート向けのスペクタクルをイメージするのです。ウインドウは顧客だけでなく、万人にアピールするものですから」。
彼のウィンドウ作りは、まずシナリオの構想から。それらを具現化するのは、スマートフォンに撮りためた写真のコラージュや、手帳に綴ったアイデアに基づいたクロッキーなどです。インスピレーションは、それまで培ってきた個人的な教養。自身のテイストを“折衷的”と評しながらも、映画のセットデザインをしていただけあり、好きなものにまず挙がるのは、ニコラス・ローグやジェームズ・グレイ、イングマール・ベルイマンらの映画です。そしてコミックスやデッサン、本、展覧会…。Instagramで若手のアーティストを発掘することもあるそうです。「ウインドウはアートギャラリーではありませんから、コラボレーターは著名人ではなく、若手に限りますね」。いずれにしても好むのは、ユーモアのセンスがあり、またはミステリアスで一風変わったもの。最初の素材が揃うと、6人からなるクリエイティブ・チームに渡し、アイデアを交換します。言うなれば、真のブレイン・ストーミング。そしてプロジェクトが具体化してきたら、各ウィンドウのミニチュアを組み立てます。またチームと一緒に頻繁にレザーグッズのアトリエを訪れるのは、メゾンのサヴォワフェールへの理解を深めつつ、ウィンドウ用のスペシャル・オーダー(たとえばXXLサイズのバーキン・バッグ)の可能性やプランニングについて、職人たちと相談するためです。
ウィンドウは更新されるたびに、ルヴェ・ドゥ・リドー(カーテン・アップの意)なる“儀式”で幕を開けます。これは他のどのハイエンドなメゾンにも見られない、エルメス特有の伝統です。「新しいウインドウの披露にあたって、10日間近くもウィンドウには“準備中”の幕がかけられ、我々はこの間、毎日夜通し働きます。ウィンドウで作業をするスタッフの姿を露わにすることもあるんですよ。ウィンドウのクローズ期間は、1年を通じてトータルすると、およそ1か月。しかも私にはどの商品をどう見せるかというビジュアル・マーチャンダイジングもプレゼンも義務づけられず、まったくの自由なんです。それより大事なのは、メゾンのエスプリを表現し、道行く人々の好奇心をそそること。ですから、そのシーズンのテーマに合わないのなら、特定のジャンルの商品を組み込まないこともあります」。
これまでプラトー氏の冬のウィンドウは、ダイレクトにホリデーシーズンを謳うというより冬景色が常でしたが、"encore"と題された2022冬のテーマは、他でもないクリスマス。彼は語ります。「クリスマスの典型的なイメージには転びたくなかったのですが、今回は私なりにこの特別な日を描いてみました。庭のあるクラシックな家の中と外で繰り広げられる、様々なシーンです。若手アーティストのケリー・チャン・ウィン・キウ(Kelly Chan Wing Kiu)が撮ったビデオでは、家族やゲストたちが庭や部屋で踊っていたり、バスルームを覗き見したり。もっともシャワー中を覗かれているのは若い女性ではなく(エルメスを象徴する)馬なんですが」と、アントワーヌはいたずらぽく笑います。「そして家族の一員である若い女性は、ギターを弾けばバイクにも乗るし、スキーやスケートもする。つまりクリスマス・テールに象徴的なプリンセスではないんです」。またビジュアル的に各ウィンドウを関連づけるのは、正方形と円形のジオメトリックなモチーフ。四角がタイルや窓枠、テーブルクロス、毛布などの格子模様に、一方丸がレコードや鏡、洗濯機の覗き窓などにリピートされているのは、そのためです。こうしてシナリオを元としつつ叙述的ではない、彼が目指すところの「映画の予告編のように、やや抽象的」なウインドウの一連が完成したのです。
ちなみに、エルメスのウィンドウづくりは、ほぼ100%サステイナブル。梱包でもプラスチックは避け、毛布を使用しています。本ウインドウの天井のランプだけは技術的理由からナチュラル素材を断念したものの、リサイクル・プラスチックを選んだとか。これらの秘話を知ったら、新たな視点でエルメスのウインドウを楽しめることでしょう。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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