花と稲穂と80年代。2023-'24秋冬ロンドン・ファッションウィーク
ファッション・マンスが終わり、各都市のハイライトが出揃ったところで、ロンドンのファッションウィークを振り返ってみました。バーバリーが新アーティスティック・ディレクター、ダニエル・リーによるはじめてのコレクションを発表し、モンクレール ジーニアスはサプライズでアリシア・キーズのコンサートも開き、1万人もの聴衆を集めたなど、話題の多かったロンドン。ここでは今回目立った1980年代と花を中心に、ベストコレクションをご紹介しましょう。
アイルランドの儀式が着想源 シモーン・ロシャ
満場一致でベストとの評は、前回ローンチしたメンズを絡めた、シモーン・ロシャ。彼女は今回、自身のルーツであるアイルランドに古くから伝わる農作物収穫の儀式を着想源に、エモーショナルなコレクションを発表しました。稲穂を表現したベージュやゴールドをキーカラーに、繊細なランジェリールックやクラフト感の高いラフィアのオーバードレスとコントラストを成すのは、完成度の高いツイードのジャケットやステンカラーコートの一連。ラインストーンの刺しゅう、フロッキー加工の生地、そして漁師のセーラーカラーにちなんだジュエリースカーフなど、ディテールから小物に至るまで、まるでデレク・ジャーマンの映画のような詩的な世界が展開します。メイクにも取り入れられた赤のリボンが示唆するのは、伝統的な儀式では魔除けとして子供のたちの顔に塗られる、作り物の血。
自身のアーカイブを再解釈 JW アンダーソン
打って変わって1980-'90年代のロンドンに私たちを誘ってくれたのは、JW アンダーソンです。当時のカウンター・カルチャーの中でも彼を虜にしたコレオグラファー&ダンサー、マイケル・クラークが最新コレクションの起爆剤。ただしジョナサンの捻り技は、クラークのアートに夢中だった頃の熱狂と、自身のアーカイブを交錯させたことでした。ラッフル使いからジオメトリックなシルエットのアウター、襟や裾が浮き輪のようなニットまで、過去の各シーズンからの彼の代表作を、モダンに再解釈。
労働階級スタイルと人工知能をミックス クリストファー・ケイン
ジョナサンと並んでエッジーなロンドンを代表するのは、クリストファー・ケイン。ただし1982年生まれの彼がイメージする80年代はもっとパーソナルで、母や叔母や近所の女性たちが当時着ていたであろうデイリーアイテム。または場末のバーで給仕するはすっぱな女性たちの典型的なスタイル。中でもややキッチュな花のモチーフは“ワーキングクラス”のワードローブに文字通り花を添えています。また官能的かつブラックユーモアが効いた彼独特のスタイルは、“まな板”と名付けられた首周りの正方形や腰回りの大げさなバッスルで主張されました。
着飾れなかった女性たちへの美しいオマージュ アーデム
そして時代は一気に遡り、ヴィクトリア時代の終わりへ。昨年末にはA magazine curated by のゲスト・キュレーターとして幻想的な世界観を紙の上で表現したアーデム・モラリオグルによる、アーデムです。最新コレクションの着想源となったのは、購入して改装を始めた自宅の古い壁紙を剥がすうちに発見した事実。なんとその建物には19世紀末、社会から逸脱した女性たちが幽閉されていたとか。壁紙から、強烈な色合いは差し色に、アールヌーヴォー調のダイナミックな花柄は、ドレスのモチーフやシルエットに。こうして浮かばれなかった女性たちへのオマージュは、アーデム流のダーク・ロマンスとして描かれたのです。
レトロなクチュールとブライダル リチャード・クイン
アーデムと並んで、ロンドン発のクチュールの域のドレスといえば、リチャード・クイン。彼は花への賞賛を、前者とはまったく異なる趣向で表現しました。庭園のごとくフレッシュな花で埋め尽くされた会場の中央に陣取ったのは、オーケストラ。まずは彼のショーでお馴染み、黒のラテックス姿のキャットウーマンたちが現れ、手招くようなポーズでダンスを披露ました。シンガーを伴って室内楽の演奏が始まると、ランウェイには1950-60年代のファッション誌に見るような、レトロなドレスやロングコート、コンビネゾンが次々と登場。可憐な花はプリントに、ジャカードに、コサージュに、そして刺しゅうに、とあらゆる手段で解釈され、ドレス自体が花に化身したかのようなルックも目を引きました。後半は、18体ものブライダル・ドレス。故エリザベス女王に捧げた先シーズンの黒づくめのランウェイとは対照を成しました。
エデライン・リーはメイフェアの一画をジャック
前者がレッドカーペット向けだとしたら、もっとリアルなカクテル・ドレスに定評があるエデライン・リーは、フィジカルなプレゼンテーションにカムバック。セントラル・セントマーチンズに学び、アレクサンダー・マックイーンやジョン・ガリアーノのもとで経験を積んだ彼女は、型破りのボリューム感をエレガントに仕上げる、センスと技術の持ち主。メイフェアの一部をジャックした今回のチャーミングな演出は、バーリントン・アーケードを抜けると、ギャラリーの中や道端でドレスをまとったモデルたちに遭遇する、という設定です。ゲストたちに配られたのは、The Edeline Lee Timesなる新聞仕立てのリリース。
モダンなリアルクローズの一番手 ユードン・チョイ
最後にクオリティが高く、かつ手の届く価格帯のリアルクローズとして紹介したいのが、ユードン・チョイ。出身地のソウルで元々メンズを手がけていた彼によるイージー・フィットでユニセックスなデザインは、テーラリングとスポーツウェアに根付いています。今シーズンのアクセントは、切り込みやハイネック、パッチポケットなど。ベージュ、茶、生成り、黒、そして鮮やかな赤から成るクラナッハの肖像画の色合いに感化されたカラーパレットに加わったのは、インディゴ〜スカイブルーの青の濃淡です。ほどよくコンテンポラリーなエッセンシャル・アイテムのブランドとして、その評価は確実に上昇中。
ストリートウェアやランジェリールック、クラフト、トライブなど多様なスタイルでロンドンを担う若手たちのパワーは、もちろん健在。でもロンドンファッションの底力はエッジー、セミクチュール、リアルクローズの3本柱にあると思わせたシーズンでした。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/