知っておきたいギリシャのブランド【ゼウス・アンド・ディオン】
ギリシャのブランド、ゼウス・アンド・ディオン
ギリシャのブランド、ゼウス・アンド・ディオン(Zeus+Dione)の設立10周年にして初めてのショーを見に、アテネに行ってきました。ファウンダーはギリシャのビジネスウーマン、ディミトラ・コロトゥラとマレヴァ・グラウォウスキ。夫が大統領に選出されてファースト・レディとなったため、ブランドのニュートラルなポジションを保つためにマレヴァがブランドの一線から身を引いた後は、ディミトラがソロでヘッドを務めています。アーティスティック・ディレクターはオーストリア系のギリシャ人、マリオス・シュワブ(Marios Schwab)。彼はベルリンのエスモードとロンドンのセントラル・セントマーチンズでファッションを学び、2005年から8年間は自身のブランドでコレクションを発表。構築的で未来的なスタイルで、高い評価を獲得しました。その後、ハルストンやメゾン マルジェラのウイメンズ(“4”ライン)での仕事を経てギリシャに帰国したのは、コロナ禍の3年前。
「僕は常に母国との深い繋がりを感じている。知っていたけれど忘れていたものに出合うと、とても感動するんだ」と、マリオスは語ります。「Z+Dの仕事を始めた頃、2021年のギリシャ独立200周年に向けてのコレクションを準備して、世界に発信するギリシャのブランドはどうあるべきか、という疑問に向き合った。あいにくコロナでコレクションは生産中止になってしまったけれど、その後のロックダウンでは落ち着いて考える時間が持てた」。
数々の職人たちと手を組んだ「スモール・トレーズ」
そして2024年リゾート、Zeus+Dione 設立10周年コレクションにマリオスがつけたタイトルは「スモール・トレーズ」、つまり小規模ながら専門技術を誇る職種の数々。彼が愛する写真家、アーヴィング・ペンが1950年代に撮り続けた、ユニフォームを着て工具を持った職人たちの一連の写真も、同じタイトルです。“ギリシャの伝統へのサポート”はブランド自体のコンセプトなので、各地に特有で代々伝わるサヴォワフェールを讃えることは、自然な成り行きでもありました。
「ギリシャと言えば、島でのホリデーの軽いイメージが典型的でしょう? それとは違う真のギリシャの美しさを世界に知って欲しくて」と、マリオス。「テキスタイル、レザー、メタル……目指したのは、複数のメチエを一つにまとめること。そしてヘリテージをモダンな視点で見せること。たとえば伝統的な刺しゅうも、土台となる生地を通常とは変えることで、違って見せられる。コレクションづくりにあたって、僕はそれぞれの地方に出向き、職人たちと時間をかけて話し合った。そしてそれらを関連づけ、一つにまとめたんだ。たとえれば、コレクションはギリシャ全土の地図。そして各地方はルックやアイテム、ディテールの背後に読み取れる」。
コレクションの主役は、銅。その光と色、質感
記念すべきショーは6月30日、市の中心地から車で約30分走ったピレウス港の波止場で開かれました。ランウェイと客席は、第二次大戦時の戦艦「ヘラス・リバティ号」の船腹に面しています。「ギリシャのサヴォワフェールの中でも、特に造船は興味深いね。海に囲まれたギリシャでは、港は大切な交流地点だ」。こう語る彼は、意味深いロケーションを選んだのです。
ショーはまず、スタッフがコッパー(銅)の板をランウェイに連ねることからスタート。ちなみに銅は、古代ギリシャにおいては医学や造幣に使われ、大切な原材料の一つでした。またピレウスは、銅細工のアトリエが集まっている地区。“ロー・マテリアル”(原材料)という言葉を、マリオスは頻繁に口にします。銅を彼はコレクションの主役に据え、ドレスのディテールやジュエリーに取り入れたり、服の色や質感に落とし込んだり。また日本の文化に詳しいという彼は、陽が落ちるに従って顕著になる赤茶色の鈍い光と影の調和を、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』に喩えます。銅が比較的柔らかく、自由な型作りに適していることは、コレクションの一部に見られた彫刻のようなシルエットにもつながっているかもしれません。
センシュアルなメンズ、ストイックなウィメンズ
ランウェイの準備が整うと、まず霧の中から浮かび上がったのは、ピンストライプのテーラードスーツにシルクの開襟シャツを合わせた、センシュアルなメンズのルック。今回、メンズがローンチされたのです。ブランド名がギリシャ神話で神と女神を意味するのに、ウィメンズだけではゼウスが欠如している、と考えたマリオスによる提案でした。テーラリングは彼が得意とするところですが、これも実は「スモール・トレーズ」に根ざしています。「ギリシャの職人たちのユニフォームは、他の国とかなり違って、いずれも洗練されたテイラード」と、マリオスは説明してくれました。
一方、メンズライクなピンストライプや黒のドレスやスーツの一連で始まったウィメンズは、ストイックな雰囲気です。「メンズに女性的なタッチを、逆にウイメンズに男性的な要素を加えてのインターアクティブも、このコレクションの狙いだったんだ」と、マリオスは言います。ここにはゼウスとディオンが融合するという、単なるジェンダー・フルイドよりももっと詩的な意味が含まれています。また複数の女性モデルの頭には、かつてのギリシャの未亡人たちが被っていたような、黒のスカーフ。「昔の写真や映画で見た未亡人の装いは、僕の脳裏に焼き付いている。スカーフで覆われた顔は、額縁に収めた絵のようで美しい。まるで映画の一シーンだね。リサーチはコレクション作りの上で一番好きなプロセスだ。ネットよりも写真集でよく見入るのは、20世紀前半〜半ばの写真。特に30〜50年代のギリシャはいいね。この国で個性が発展した時代だから」。
温故知新。伝統をモダンに置き換えるマジック
途中で披露されたのは、黒のドレスに身を包み、頭に銅の壺を乗せた女性たちのパフォーマンス。土木作業の風景をおさめた1940年代のモノクロ写真が着想源となりました。
そしてショーは次第にバリエーションを広げて行きます。それらは肌を見え隠れさせるカッティング、ネオプレン(サーファーのウェットスーツ用ボンディング素材)のアナトミックなジャケット、複雑なプリーツ使い、伝統的なコード刺しゅう、エンボス加工のシルクの美しさを際立たせるシンプルなシャツドレスなど。差し色は、鮮やかなクライン・ブルー。アーティスト、イヴ・クラインが海綿をブルーに染めた作品と、無関係ではないでしょう。そしてさらに鮮やかな、ピンクからパープルのグラデーション。銅が酸化するとこんな色になることを、マリオスは知っていたのでしょうか。
一方“モダン・グリーク”を体現したのは、総プリーツで仕上げたボリューミーなパンツ(民族衣装のヴラカ)とブレザーとの組み合わせ。このように技巧や装飾を打ち出しても、基本はミニマル。そしてフラジャイルでかつ力強いルックの数々は、“クワイエット・ラグジュアリー”ならぬ、サイレント・センシュアリティとでも呼びたい新しさを感じさせました。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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