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【エルメス】のシルクスカーフづくりには、こんな舞台裏が!
エルメスならではのシルクスカーフ、「カレ」とは?
エルメスというと、革製品と並ぶアイコニックなアイテムはシルクのスカーフ、特にメゾン創立ちょうど1世紀後の1937年にお目見えしたカレです。形は文字通り正方形(CARRÉ=カレ)で、サイズはこの後定番となる90cm四方、素材は糸を斜め織りすることで生まれる厚みとツヤ、張りが特徴的な、フランス・リヨン製のシルクツイル地。時代を超え、昨年秋のエリザベス女王の葬儀ではカレが彼女の生前の愛用品として愛馬の鞍に置かれていた逸話は、その普遍性を物語っています。歴史はさておき、なぜカレは特別なのでしょう? クオリティの秘密は、その制作工程に。この夏、リヨン郊外にあるエルメス傘下の工房、HTH(Holding Textile Hermès)の2つの拠点を訪ねて、シルク製品づくりの舞台裏を覗いてみました。
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1946年発表の《エクスリブリス》は、公爵馬車と待機中の馬丁に、エミール=モーリス・エルメスのイニシャルとギリシアの神エルメスの杖をあしらったデザインのカレ。この秋冬、メンズシルクでは80cm x 80cmで端をフリンジ加工して、アップデート。Photo: ⒸHermès
最初に、デッサンありき
ルネッサンス期からシルク産業で栄えた、ローヌ・アルプス地方のリヨン。“リヨンのシルク”は最高級シルクの代名詞と言われ、中でもツイルは使うごとに味わいを増して柔らかくなり、しかも耐久性が高く、スカーフには最適の素材です。リヨンに着くと、まずは、「ブルゴワン=ジャイユー」工房へ。ここにはアーティストやイラストレーターから寄せられたデザイン画のうち、メゾンのアーティスティック・ディレクターであるピエール=アレクシィ・デュマ率いるクリエイティブ・チームが承認した、選りすぐりが送られます。その数、年間40点。3000ものアーカイブス図案からのセレクションが新配色でアップデートされる場合も、ここが出発点です。
技術者はまず、色付けされた実寸のデッサンをスキャンし、画像を注意深く観察、分析して、印刷用道具の準備へ。その昔版画プリントでは図案を銅版に彫刻(engrave)していたことにちなんで、技術が1948年にシルクスクリーン印刷に移行してからも“エングレービング”と呼ばれる作業です。一方、各図案につき数パターンの配色を、専属のカラリストとともに決めるのはエルメスのシルク製品クリエイティブ・ディレクターで、ウィメンズではセシル・ペス、メンズではクリストフ・ゴワノー。色選びには、同社のカラーライブラリーからの75,000もの色見本が指標となります。色が指定されたら、技術者はグラフィックデザインのソフトウェアを使い、デッサン全体を色別のレイヤーに解体。例えば全体像のうち、マゼンダ・レッドで彩色すべき部分だけをピックアップした解体図案が一つのレイヤー、ミッドナイトブルーに指定された部分は別のレイヤー、というように。レイヤー、つまり使用色の数は平均25〜30、最高では48色にのぼります。さらに細い線で描かれた部分や影は、デジタルペンで巧妙になぞります。昔ながらの手仕事を基本としつつ、ハイテクツールで正確に、効率的に進められるこの“エングレービング”だけで、一つの図案に費やされるのは平均600時間、なんと最高2000時間!
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「ブルゴワン=ジャイユー」工房にて、カレ90「カヴァリエ・アン・フォルム」のグレービング作業。Photo: Minako Norimatsu
スカーフづくりの決め手、スクリーン印刷の最新形
次は、拡張工事が完成したばかりの「ピエール=ベニット」工房へ。エコロジーと社員のメンタルの両方を重視したスペースでは、自然光の採光率は最大限、屋根には700㎡のソーラーパネルが設置され、冷暖房システムには地中熱が利用されています。しかも社員食堂の食卓を賑わせるのは、3つの棟に囲まれた中庭の菜園でお抱えの庭師が育てた、野菜や果物。
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7月半ば、新翼オープニングのパーティを控えた「ピエール=ベニット」工房外壁には、カレの図案に基づいた垂れ幕が。Photo: Minako Norimatsu
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「ピエール=ベニット」工房の敷地内には、職員たちの憩いの場でもある菜園が。Photo: Minako Norimatsu
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コンテンポラリー建築、「ピエール=ベニット」工房の外観。Photo: ⒸMaxime Verret
「ピエール=ベニット」工房が誇る最新技術のスクリーン印刷ではまず、図案が印刷されたポリエステルガーゼを、まったく弛みのないようにピンと張りメタルのフレームで固定し、“スクリーン”を用意します。ミクロン単位と、非常に目が細かいガーゼには感光性ゼラチンのコーティングを施し、紫外線で乾燥させて、準備。色別レイヤーの数だけ用意されたスクリーンでは、着色すべき部分がレーザーカットで正確にくり抜かれています。スクリーン全体に一つの色を塗布すると、カットアウト部分のみを顔料が突き抜け、枠の向こうにある生地を着色する、ステンシルのシステムに似ています。
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「ピエール=ベニット」工房にて、印刷用スクリーンの準備作業。Photo: Minako Norimatsu
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「ピエール=ベニット」工房では、印刷用スクリーンをこのようにピッタリとメタルフレームにはめ込む。Photo: Minako Norimatsu
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「ピエール=ベニット」工房で、印刷用スクリーンのガーゼにコーティングを施し、紫外線で乾燥させるステップ。Photo: Minako Norimatsu
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「ピエール=ベニット」工房にて。準備が整ったスクリーンに埃がついていないか念入りにチェック。Photo: Minako Norimatsu
また敷地内の別の部門では、色指定に従い、エルメス特有のフォーミュラで顔料を正確に配合し、各色の染料を準備。さらに別の部屋では、150mに渡る染料塗布工程のレール(プリントライン)に、白無地シルクツイルがロールから徐々に広げられ、固定されます。そして遊歩道のごとく動くレールを覆って長い帯のように伸びる白無地ツイルに、段階を追ってプリントされるのは、カレの図案。染料塗布の順序は、細い線から広い面積へ、また濃い色から薄い色へ。この工程を眺めると、次第に図案が色で埋まっていくのがわかります。さらに着色が終わった図案は、帯状のままで自然乾燥、色素定着、洗いの工程を経て、最後に温風マット上で乾化されて、出来上がり。
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「ピエール=ベニット」工房にて。カレ90「カヴァリエ・アン・フォルム」の制作でまずは黒、グレー、ライトブラウン、黄色など数色のみの印刷が終わった段階。Photo: Minako Norimatsu
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「ピエール=ベニット」工房にて。カレ90「カヴァリエ・アン・フォルム」の制作工程で、赤が加わったところ。Photo: Minako Norimatsu
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「ピエール=ベニット」工房にて。カレ90「カヴァリエ・アン・フォルム」の制作工程。Photo: Courtesy of Hermès ©️Maxime Verret
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カレ90「カヴァリエ・アン・フォルム」の別配色。Photo: Courtesy of Hermès ©︎Maxime Verret
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「ピエール=ベニット」工房にて。着色が完成したカレ90「カヴァリエ・アン・フォルム」は乾燥・洗浄のステップへ。Photo: Courtesy of Hermès ©️Maxime Verret
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「ピエール=ベニット」工房にて、染料を注ぎ込む作業。Photo: Courtesy of Hermès ©︎Maxime Verret
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「ピエール=ベニット」工房で、プリントの状況をチェック。Photo: Courtesy of Hermès ©️Maxime Verret
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「ピエール=ベニット」工房にて。乾燥・洗浄はプリントが終わったカレが150m分繋がった状態で。Photo: Courtesy of Hermès ©️Maxime Verret
仕上げは手作業での縁かがり
完成間近のカレは、その後再び「ブルゴワン・ジャイユー」工房へ。やっと一枚ずつにカットされたピースに、熟練した技術者が施すのは、ルロタージュと呼ばれる手作業での縁かがりです。左手の親指で縁を内側にくるっと丸め、右手でスカーフ本体の際の目をすくっては丸めた縁部分に縫い付ける細かい作業。これを一律間隔で美しく、しかも軽快なリズムで仕上げられるようになるには、なんと2年もの修行が必要だとか。ほかに、同じくシルクツイル地を使ったネクタイ、70cm四方と定番カレより一回り小さめのスカーフやもっと小さなバンダナやポケットチーフ、ヘアバンドとしても重宝する細長いツイリー、メンズの定番である菱形のロザンジュ、そしてシルク/カシミア混のショールまで、すべてのシルク製品の準備と仕上げも、ここで。カシミア混は純シルクよりも染料の浸透度が高いため、準備段階で線を細めに描くなど、技術者の長年の経験によるノウハウは、それぞれのサイズや素材に合ったエングレービングに生かされます。両工房での各段階では、厳しいチェックで品質がコントロールされ、デザイン画が完成品となるのに要する時間は、約2年。地球に優しいと同時に職人たちが技術力を発揮できる倫理的な環境、そして最新技術。エルメスのシルク製品の背後には、こんなストーリーがあったのです。
*エルメスのシルク製品の詳細は、公式サイトにて
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「ブルゴワン=ジャイユー」工房にて、縁かがりは手仕事で。Photo: Minako Norimatsu
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エルメスのウイメンズ秋冬コレクションより。カレ90「カヴァリエ・アン・フォルム」は、ジャンパオロ・パニがアーカイブズを着想源に、ルネサンスとシュールレアリズム、抽象機初期をミックスさせた図案。Photo: Courtesy of Hermès
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パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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