バレンシアガの展覧会は、クチュール顧客ありきのキュレーション
バレンシアガも参加、ヨーロッパ文化遺産の日
もう40年も前から毎年9月(または10月)の半ばにフランス中で開かれる、ヨーロッパ文化遺産の日(Journées Européennes du Patrimoine)。いわゆる“ヘリテージ・デイズ”は、アーティストのアトリエから歴史的建造物内に位置する役所まで、本来はクローズドな場所が一般公開される、特別な週末です。パリ7区のセーヴル通り、2000年まではラエンネック病院として機能していた17〜18世紀の建造物を改装してのケリング本社も、数年前から国をあげてのこのイベントに参加し、現代アートのプライヴェート・コレクションを披露。また敷地の一角を占めるバレンシアガでも、普段はショールームとして使われているスペースに、アーカイブスの秘蔵品から毎回視点を変えてキュレーションした特別な展覧会が、恒例となっています。
オートクチュールの本来の意味とは?
今年の展覧会のタイトルは「The Woman Behind The Dress」。オートクチュールの真の意味に立ち返り、クチュール・メゾンを語るのに欠かせない上顧客と彼女たちのワードローブに、焦点が当てられました。オートクチュールとは、単にレッドカーペットを彩る手の込んだ豪奢なドレスではなく、個性に溢れた着用者があってのものなのです。しかし通常の衣装展では、女優やファースト・レディが何か特別な機会に着用という逸話がなければ、着る人と服の関係はほとんど語られません。
一方、バレンシアガのヘリテージ部門による新しい試みは、クリストバル・バレンシアガの上顧客からスタイルアイコンで同時に社会的にも影響力のあった20人を選び、それぞれの好みや装いの機会、体型を象徴するドレスやスーツ、コートを抜粋することでした。顧客ごとのミニマルな展示用枠組みとあわせて読めるのは、名前と簡単な紹介、そしてあれば当時の写真。また、一点一点の服を生き生きと見せたのは、スタンダードなトルソーにパッティングやチュールで肉付けし、パーソナライズしたマネキンです。“マネキナージュ”と呼ばれるこの肉付け作業は、記録に残っている綿密な採寸か、彼女たちの服からの想定寸法をもとに進められました。2006年にパリの装飾芸術美術館で「バレンシアガ パリ」展の準備段階を取材した際、館内の“マネキナージュ”部門でこのプロセスをはじめて見て、作業の細かさと正確さに感激したのを思い出しました。
故郷・スペインで20年間近く続けた小規模ながら評判の高いクチュールメゾンを後にし、パリに拠点を移しての「バレンシアガ」は1937年から1968年と、息の長かったクリストバル・バレンシアガ。「The Woman Behind The Dress」で展示されたのは、1946年〜1968年の間の計30点のオートクチュール作品と、20体の肉付けマネキンです。ここでは、斬新でエレガントなクリエーションはもとより、彼がいかに顧客それぞれの体型の特徴を重視し、把握して、アナトミックな服づくりに長けていたかが顕わになりました。顧客たちがこのクチュリエに絶対的な信頼を寄せていたのは、それゆえでしょう。
クリストバル・バレンシアガの上顧客、20人
顧客20人に数えられたのは、女優のイングリッド・バーグマンから、当時ベストドレッサーと言われていたアメリカの慈善事業家、モナ・フォン・ビスマルク、ジャン・コクトーの親友でソーシャライトのフランシーヌ・ヴァイスヴェーラーなどなど。また彼女たちの均整の取れたプロポーションだけでなく、アメリカの振付師、アグネス・ド・ミルのふくよかな体型も再現されたのが、興味深いところでした。そしてモナコのグレース公妃の注文服として展示されたのは、彼女が40歳のバースデーを祝った舞踏会で着た、ベルベットにパールをあしらったドレス。これはまさに、デムナが復活させたメゾンのオートクチュール・コレクションの3回目(創始者による初のショーから数えると52回目)に当たる2023年秋冬クチュールのランウェイで、当時のメゾンお抱えモデル、ダニエル・スラヴィックが着用したものです。ヘリテージと今をつなげるデムナの心憎い演出が、この展覧会で裏付けされました。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/