
もっと知りたい、クリスチャン・ディオールのニュールック
8はクリスチャン・ディオールのラッキ・ナンバー
2024は、数秘術で分解すると2+2+4=8。フランスでは、新年の挨拶に”今年は数字8の形(∞)に象徴される無限大の年”、というメッセージが飛び交っていました。そこで思い出したのは、かのクリスチャン・ディオールが8を自身のラッキーナンバーとしていたことです。彼が1946年10月、クチュール・メゾンのオープンの日付けに選んだのは、8日。翌年2月に発表された初コレクションの前半は、8を象って女性のボディの豊かな胸とヒップ、そして細いウエストを強調していたことからEn Huit (アン・ユイット)と名付けられました(8はフランス語でユイット)。後半のコロール(花冠)シルエットと共に、ニュールックと呼ばれたコレクションです。

クリスチャン・ディオール 1947年春夏オートクチュールコレクションのアイコニックな「バー」ジャケットのスーツを、クリスチャン・ベラールが描いたドローイング(紙にインク、水彩、ガッシュ。仏版ヴォーグ1947年5-6月号に掲載)。© Musée Christian Dior, Granville
クリスチャン・ディオールを新しい視点で語る本
ディオールのヘリテージを探る素材は数多くありますが、新しい視点で語っているのが、メゾンとのコラボレーションで昨年秋に刊行された本『Christian Dior, Christian Bérard. Joyful Melancholy』。ここで描かれているのは、クリスチャン・べラールとの友情やコラボレーションを通した、素顔のクリスチャン・ディオールです。ベラールは画家、ファッション・イラストレーター、舞台美術家、衣装デザイナーとして多才だったアーティスト。彼のもっとも有名な仕事はジャン・コクトーの映画『美女と野獣』('46)でのセットと衣装のデザインですが、二人の出会いは1920年代末〜1930年頃にさかのぼります。ディオールがイラストレーターを経てクチュリエに転向する前にパートナーとともに営んでいた画廊「ピーエル コル」で、ベラールの絵を展示していたのです。

308ページに渡って140ものイラストや写真が満載されたハードカバー本『Christian Dior, Christian Bérard. Joyful Melancholy』(ローレンス・ベナイム著、ガリマール社刊)の表紙
クリスチャン・ベラールとは?
本書の著者、ローランス・ベナイムが語るところでは、控えめでミステリアスなクチュリエと、大胆で外交的なアーティストは、まるで写真のポジとネガのように惹きつけあっていたとか。芸術へのパッション、そしてエレガントで詩的な作風で二人がインスパイアし合っていたことは、言うまでもありません。同書の一節によれば、ベラールは1938年にはすでに8の形を想わせるシルエットを描いていたそう。二人の象徴的なコラボレーションの一つは、モンテーニュ通りのディオールのブティックがオープンしてほどなく、店内に設置された“コリフィシエ”(小間物屋の意、ここでは小物を扱うコーナー)です。ベラールが張り巡らせたのは、トワル ドゥ ジュイの生地。牧歌的な風景を描いたフランスの伝統的なこの柄が今日メゾンのシグネチャーとして使われているのは、こんな背景があったからなのです。本書ではクリエーションだけでなく、蚤の市巡りやパーティーなどプライベートな面で二人が長年共にしてきたことの数々、コクトーやインテリアデザイナーのジャンミッシェル・フランクなど共通の友人たちの話、そしてお互いの心理的なサポートまでが、深くいきいきと描かれています。現時点では原語であるフランス語版と英訳版のみですが、まるでオブジェのような美しい本では、満載の写真やイラストが楽しめます。いつか日本語版が出ることを祈りつつ。

イヴ・サンローランの伝記('02)をはじめ、モードの歴史を探る数多くの本を執筆しているジャーナリスト・作家のローレンス・ベナイム。ディオールのモンテーニュ通りのブティックで開かれた、Christian Dior, Christian Bérard. Joyful Melancholyのサイン会にて。Photo: Minako Norimatsu

モンテーニュ通り30番地のブティック内、クリスチャン・ベラールがトワル ドゥ ジュイで装飾した“コリフィシェ”。Willy Maywald撮影(1949年)。© Association Willy Maywald/Adagp, Paris, 2023

クリスチャン・ディオール(左)と愛称で“べべ”と呼ばれたクリスチャン・べラール。クリニャンクールの蚤の市にて(撮影者不明、1930年頃)。

ベラールが描いた、「シアター・オブ・ファッション」展プログラムの表紙。同展はオートクチュール協会のオーガナイズで、パリの装飾芸術美術館にて1945年3月末から1か月間開かれ、クリスチャン・ディオールも参加した。Collection Catherine Houard © Mirela Popa

パリのシャンゼリゼ劇場で開かれた、ローラン・プティの振り付けによるバレエ公演「13のダンス」でバレリーナ、エレーヌ・サドフスカのコスチュームを整えるべラール。Boris Lipnitzki撮影(1947年11月12日) © Boris Lipnitzki / Roger-Viollet
ラ ギャラリー ディオールで見る、べラールとディオール
合わせて見たいのが、11月末にリニューアルされた、ラ ギャラリー ディオールの展示。歴史にフォーカスした最初の展示室入り口で “ニュールック”を象徴するバー・ジャケットのルックがビジターを迎えるのは、2年前のオープン以来変わりありません。その左手に展示された新たな作品は、このシルエットをスキャナーを使って撮影した、カテリーナ・ジェブによるアーティスティックな写真。またこの部屋では、クリスチャン・ベラールがディオールに捧げたモンテーニュ通りのブティックのデッサン、蚤の市での二人、また彼らが足繁く通ったパリ8区のキャバレー「ル ブフ シュル ル トワ」を描いたデッサンなど、彼らの友情をたどる要素も展示されています。

ラ ギャラリーディオールの展示より、「バー」ジャケットのルックとカテリーナ・ジェブによる写真(左)© Adrien Dirand

ベラールによる「クリスチャン・ディオールへのオマージュ」(パステル画、1947年)Dior Héritage © Christian Dior Couture

ラ ギャラリー ディオールの展示より、カフェ・ソサイエティの舞台として栄えたキャバレー「ル ブフ シュル ル トワ」のカードと店内風景のデッサン。ここは今でも同じ住所に位置し、レストラン&ミュージックホールとして2020年初頭に再オープン。Photo: Minako Norimatsu
ラ ギャラリー ディオールの新しい展示より、女性写真家の作品
これに続く部屋から広がる新しい展示は、ディオールのウィメンズ部門のクリエイティブ ディレクターであるマリア・グラツィア・キウリの監修で、メゾンと女性アーティストたちのコラボレーションをフィーチャーしています。前述のカテリーナ・ジェブによる一連の作品を始め、高木由利子氏が連写で“動き”を見せる写真作品も、被写体となったアーカイブからのドレスとともに展示。ご存じの通り、彼女は2022年末から半年間にわたって東京都現代美術館で開かれた「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展でも壮大なコラボレーションを果たしました。

ラ ギャラリー ディオールの展示室より、高木由利子氏による写真(2022年)とモデルとなったバレエダンサー、サキ・クワバラが着用したドレス「サツマさん」(ジョン・ガリアーノ、2007年春夏オートクチュール)。© Adrien Dirand

ラ ギャラリー ディオールの展示室より、高木由利子氏による写真(2022年)とモデルとなったバレエダンサー、ヴィクトリーヌ・マルカンが着用したドレス(マリア・グラツィア・キウリ、2017年春夏オートクチュール)。© Adrien Dirand

ラ ギャラリー ディオールの展示より、カテリーナ・ジェブがディオールのアーカイブズからのルックをスキャナを使って撮影した写真作品© Adrien Dirand
ニュールック最新ニュース
ニュールックに関する話題は尽きません。1947年に発表された同名の香りは、メゾンのフレグランス部門のクリエーション・ディレクター、フランシス・クルジャンによってラ コレクシオン プリヴェ ニュールックとして再解釈されたばかり。官能的かつミステリアスな香りは、アンバーの調香です。そして来たる2月14日にはApple TV+で、実話に基づいてディオールのクチュリエとしての半生を描いたドラマ「ザ・ニュールック」が世界一斉配信されます。ディオール役に抜擢されたのは『ローグ・ワン / スターウォーズ・ストーリー』('16)のオーソン役で知られるベン・メンデルソーン。“ニュールック”なる言葉を発信した、当時のアメリカ版ハーパース・バザー誌の編集長、カーメル・スノウを演じるのはグレン・クローズ。ドラマにはつきものの脚色を鑑みつつも、この機に“ニュールック”をキーワードにディオールの世界に浸りたいものです。
モンテーニュ通り30番地のディオール本店に併設のラ ギャラリー ディオールは常設。メゾンと女性アーティストたちとのコラボレーションにフォーカスした展示は 5月13日まで。予約はこちらから。
11, rue François 1er 75008 Paris

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/