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パリで今見るべき、アートとモードの展覧会
この春にかけて、パリでは面白いエキシビジョンが目白押し。実際に行けなくても、この機に知っておきたい、また再発見したいデザイナーやアーティスト、テーマをチェック。インスパイアリングな内容をお届けします。
本誌3月号の特集とあわせて訪れたい「モードとスポーツ」展
まずは発売になったばかり、本誌3月号の企画「レトロスポーツのたしなみ」の着想源となった、装飾芸術美術館での「モードとスポーツ」展。この夏にパリで五輪が開かれることから、スポーツウェアに興味が高まっています。19世紀初頭に遡ってここで探るのは、テニス、サッカー、乗馬、自転車、フェンシング、水泳からゴルフまで各競技のユニフォームの歴史です。また近代や現代のブランドが発信したスポーツウェア、スポーツにインスパイアされたルックが競技場風の演出で展示されているのも、一見の価値あり!
Fashion and Sports, From One Podium To Another展は開催中〜4月7日。
Musée des Arts Décoratifs 107, rue de Rivoli
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国際フェンシング・コンクールのポスターJean de Paléologue (1900年頃) © Les Arts D.coratifs /Christophe Dellière
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スポーツにインスパイアされた近代のデザイナーの作品の展示。Photo © Les Arts Décoratifs / Christophe Dellière
イリス・ヴァン・ヘルペンのサイエンスを探る
装飾芸術美術館の別棟では、アレクサンダー・マックイーンに師事し、出身地オランダに在住のイリス・ヴァン・ヘルペンの個展を開催中です。彼女はファッションデザイナーというより、服やアクセサリーという媒介を通じて伝統的なサヴォワフェールとアート、自然科学、そして最新テクノロジーの融合を探求するアーティスト。展示の要は、彼女がパリでオートクチュール週間に発表し続けているコレクションから100を超えるコスチュームと小物、素材です。また彼女が本展のために選んだまたはコラボレーションしているアーティストの作品から、珊瑚や蛇の化石までが並列されています。
Iris Van Herpen. Sculpting the Sense展は開催中〜4月28日
Musée des Arts Décoratifs 107, rue de Rivoli
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最後の部屋には、数体が空中に浮遊するかのような展示が。Photo: Minako Norimatsu
シャルロット・ゲンズブールと訪ねる「メゾン・ゲンズブール」
また本誌3月号では、セルジュ・ゲンズブールの特集も必見です。おりしもジェーン・バーキンの訃報が伝えられた7月半ば、娘のシャルロット・ゲンズブールは「メゾン・ゲンズブール」オープン準備の最終段階に入っていました。1960〜80年代のフレンチ・ポップミュージックのアイコンだった父、セルジュ・ゲンズブールがジェーンとともに住んだ家に、一般ビジターを迎えるためです。紆余曲折を経たものの、彼が他界した1991年のままの姿で整えられたメゾンの向かいには、資料や動画を集大成したミュゼも完成し、両施設は昨年秋にオープン。特集ではこのパリの新しい名所を図解しつつ、ゲンズブールの音楽と映画の代表作もまとめています。
Maison Gainsbourg は常設で、要予約。ただしメゾンとミュゼのペアリングチケットは、半年先までソールドアウトだとか。ミュゼのみのチケットは比較的余裕あり。
5 bis (メゾン)& 14 (ミュゼ)rue Verneuil 75007 Paris
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ミュゼの外観。併設のブティックとピアノバーは、予約無しで入場可。Photo: Alexis Raimbault
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メゾン・ゲンズブールでのシャルロット・ゲンズブール。© Jean-Baptiste Mondino,2023
ポンピドゥー・センターでは、モードと近代アートを並列
1月のオートクチュール週間に幕を開けたのは、“モードがミュゼに入るとき”なる副題の展覧会。ポンピドゥー・センター5階、近代アートとデザインのパーマネントコレクションを陳列したフロアではところどころで、同館所蔵のアート作品や家具と色や形、スタイルで呼応するコスチュームが並行展示されました。ペアリングの数は、17組。シャルル・ドゥ・ヴィルモランの手描きのドレスとソニア&ロバート・ドロネーのカラフルな抽象画、アズディン・アライアの構築的なドレスとマルセル・ブロイヤーの1926年の椅子とテーブルには、意外な共通点が発見できます。キュレーターは、1月10日に公開したディオール「ニュールック」のコラムでChristian Dior, Christian Bérard, Joyful Melancholy の著者として紹介した、ローランス・ベナイムです。
Traversing Appearance, When fashion enters the Musée National d’Art Moderne展は開催中〜4月22日
Galerie 5, Centre Pompidou, Place Georges Pompidou. 75004 Paris
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クリスチャン・ディオールのニュールック(1947)と、アメリカのグラフィック絵画の1人者であるエルスワース・ケリーのWhite Over Black III(2015) 。Photo: Minako Norimatsu
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コムデギャルソンの2021-2022秋冬コレクションのルックとシュールレアリズムの巨匠、フランシス・ピカビアによるUdnie(1913) 。Photo: Minako Norimatsu
マダム・グレとアズディン・アライア、ドレープの競演
そして嬉しいのは、アライア/グレ展が好評につき4月まで会期が延長されたこと。アズディン・アライアはカッティングの技術に長けたクチュリエとしてだけでなく、モードのコレクターとしても有名です。先日はガリエラ美術館で前世紀半ばのバレンシアガから現代のコム デ ギャルソンまでの彼の膨大なコレクションを見せた展覧会が幕を閉じましたが、アライア財団での展覧会はマダム・グレにフォーカス。ドレープ技術を極めた彼女の作品群と、彼女の仕事を敬愛し、それらにインスパイアされたアズディン・アライアのドレスが並列で展示されています。
Alaïa/Grès. Beyond Fashion展は開催中〜4月7日まで
Fondation Azzedine Alaïa 18, rue de la Verrerie. 75004 Paris
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アズディン・アライアとマダム・グレ。もはやどれがどちらか見分けがつかないくらい。Photo: Minako Norimatsu
イヴ・サンローラン美術館の新しいアングルは、シアーな素材
もう一件、フランスが誇るクチュリエのヘリテージを保管、キュレーションするのは、イヴ・サンローラン美術館。膨大なコレクションから年に2回、視点を変えての展覧会が催されますが、新しい展示のテーマは“透ける素材”。イヴ・サンローランが、早くも1968年代に胸を顕わにしたオーガンジーのドレスを、しかもオートクチュールのショーで発表して物議を醸したのはモード史に刻まれた“事件”でした。他にもレースを始め、官能的かつエレガントなルックが数々の写真とともに編集されています。
Sheer: The Diaphanous Creations of Yves Saint Laurent展は2月9日〜8月25日
5, Avenue Marceau 75116 Paris
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1968年秋冬オートクチュールコレクションより、イブニング・ドレス。モデルはダニエル・リュケ・ドゥ・サンジェルマン。©Yves Saint Laurent ©Peter Caine (Sydney)
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1970年秋冬オートクチュールコレクションより、イブニング・ドレス。モデルはマリナ・シアーノ。©Yves Saint Laurent ©Estate Jeanloup Sieff
パリ五輪の影響は、ガリエラ・パリ市モード美術館にも
また冒頭で言及した“スポーツ”は、ガリエラ ・パリ市モード美術館でもフィーチャーされています。これは同美術館の18世紀以降の所蔵品から時系列を追いつつ、スポーツウェアよりも広義にモードとボディの動きの関係を見せたアカデミックな衣装展。改装を終えて4年前にオープンした地下室での本展は三部に渡っています。
Fashion on the Move展第一部は開催中〜3月15日。第二部は4月20日から2025年1月5日まで。
Palais Galliera / Musée de la Mode de la Ville de Paris
10,Avenue Pierre 1er de Serbie 75116 Paris
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リュシアン・ルロンによるテニスウェア(1925-29)© Egidio Scaioni, Palais Galliera / Paris Musées
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グラマラスな素材をスポーツウェアに取り入れた例。左のスパンコールのジャケットとレギンスはシャネル、右はマルティーヌ・シットボンのジャージーとラメのドレス(1997〜'98秋冬)© Gauthier Deblonde-Palais Galliera-Paris Musées
もうすぐスタート! パオロ・ロヴェルシの写真展
また上記ガリエラ・パリ市モード美術館地上階では、パオロ・ロヴェルシの展覧会の準備が進行中です。8x10の大判ポラロイドで撮影する、まるで水彩画のようなポートレートで詩的な世界を確立した同写真家は、キャリア50年。自身のアートディレクションによる本展では、未公開作品も含めた140点が一堂に集められる予定です。
Paolo Roversi展は3月16日〜7月14日まで
Palais Galliera / Musée de la Mode de la Ville de Paris
10,Avenue Pierre 1er de Serbie 75116 Paris
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ロメオ・ジッリの広告Kirstin(London,1988年) © Paolo Roversi
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ヨージ・ヤマモトの広告Sacha (Paris, 1985年) © Paolo Roversi
激動の人生を生きた女性写真家、ティナ・モドッティ
もう一つ近日中に始まる写真展は、20世紀前半の美しい女性写真家、私が大好きなティナ・モドッティ。アメリカのイタリア移民で、モデル、女優から写真家に転向したティナはエドワード・ウエストンの撮影モデルをするうちに愛人に、そしてアシスタントとなり、彼と一緒にメキシコに渡ります。当時アートも政治も揺れ動いていたメキシコで彼女は活動家となり、ディエゴ・リヴェラやフリーダ・カーロと親交を深めました。最も有名な作品は、一緒に歩いている時に彼女の横で射殺された革命家のパートナーの死に顔のポートレート。激動の生涯と溢れる感情が、数々のモノクロ写真に完璧な構図で収められています。
Tina Modotti展はJeu de Paumeにて、2月13日〜5月12日
1 , Place de la Concorde 75001 Paris
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旗を持った女性(1927) Tia Modotti, The Museum of Modern Art, New York
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カートリッジ、鎌、ギター (1927) Tia Modotti, The Museum of Modern Art, New York
インドのミニマリスト建築を、パリの現代アート美術館で
一方、アートと建築を融合させつつ自然と人間の関係を探っているのはインドの建築家、ビジョイ・ジェイン。騒々しくカラフルなインドのイメージとは対極にあるミニマリストです。そういえば、インド・ジャイプールのコンセプトストア「ニラハウス」のオープニングに行った時、元邸宅を利用したストアの全面改装を手がけたビジョイに会ったことがありました。作品と本人、両方の洗練さに驚いたのは、もう4年も前のこと。まるで時が止まったかのような静けさが感じられる展示は、彫刻やオブジェ、家具、デッサンと多岐にわたります。
Bijoy Jain / Studio Mumbai Breathe of an Architect展は開催中〜4月21日
Fondation Cartier pour l’art Contemporain 261 Boulevard Raspail 75014 Paris
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窓から見える紅葉と相まって禅な空気が流れるビジョイ・ジェイン展。Photo © Marc Domage
エピックなマーク・ロスコ展を、お見逃しなく!
アート展で見逃せないのは、インスパイアされるファッションデザイナーも多い抽象画の巨匠、ロスコ。パリではほぼ25年ぶりとなる個展では、初期の風景や街の様子を描いた作品も含めた115点が集められました。ぼやけた輪郭から感情が滲み出るようなカラーブロックの油彩画は、いずれも大判。サイズや構図を微妙に変えつつ、意外性のある様々な配色で展開される彼の作品はいずれも、シンプルながら多くを語る深淵なアートです。
Mark Rothko展は開催中〜4月2日まで
Fondation Louis Vuitton 8, Avenue du Mahatma Gandhi, Bois de Boulogne 75116 Paris
デザイナーたちに影響を与え続ける彫刻家、ブランクーシの回顧展
そしてアートで今年一番の話題は、20世紀を代表する彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシの回顧展。来年始まるポンピドゥー・センターの改装に伴って、同ミュージアムの手前の広場にあった「アトリエ・ブランクーシ」は一部同展会場にお引越し。つまりパリ15区にあったアーティストの仕事場は、ここで工具や作品と共に再現されるのです。また同展では、200点に及ぶ彫刻やデッサンに加えてダイアリーや写真、フィルムも展示。ロダンの彫刻やアフリカンアートからのインスピレーション、そしてモディリアーニとの親交を含め、彼の人となりもわかる構成だというから楽しみです。
Brancusi 展は3月27日〜7月1日
Centre Pompidou Place Georges Pompidou. 75004 Paris
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Constantin Brancusi 「眠れるミューズ」(1910年) ポリッシュド・ブロンズ © Succession Brancusi - All rights reserved, Adagp, Paris 2024 photo : Adam Rzepka - Centre Pompidou, MNAM-CCI /Dist. RMN-GP
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本人の遺言により同ミュゼに寄贈された、アトリエでのセルフ・ポートレート(1933-34年) © Succession Brancusi - All rights reserved Adagp, Paris 2024 , Centre Pompidou, MNAM-CCI /Dist. RMN-GP
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パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/