【メゾン マルジェラ】のドラマティックなショーの一部始終を、徹底解説!
ショー会場は、豪奢な橋の下に広がる石壁のクラブ
1月25日、満月の夜にクチュール・ウィークのトリを飾り、ゲストたちを興奮の渦に巻き込むとともにネットで話題を呼んだのは、メゾン マルジェラでした。2024年「アーティザナル」コレクションのショー会場は、19世紀末建造のアレクサンドル3世橋の下。橋には女神や天使、ライオンの像が連なって絢爛たる景観、一方橋の下に広がる石造りの空間は、現在ではナイトクラブとして使われています。このコントラストは、メゾンのクリエイティブ・ディレクター、ジョン・ガリアーノの世界観に共通するものを感じさせました。小雨が滴る中、アンヴァリッドのゴールドのドームを背に、左岸側の橋のたもとから階段を降りて薄暗い河岸を通り、会場の中へ。バーカウンターには使用済みの食器が散乱し、壁には曇った鏡がかかり、埃をかぶったビリヤード台の上方ではランプが傾き、まるで荒廃した往年のレストランといった様相です。グロッグのグラスを片手に待つこと1時間が経とうとした頃、キム・カーダシアンが着席しました。
まずは、ラッキー・ラブのライブ・パフォーマンスから
やっと一瞬暗くなると、裸の上半身にコートを羽織った男性がランウェイを闊歩し始めました。ショーが始まったかと思いきや、彼はカウンター側に設置されていたステージに。マイクを取り、ゴスペルシンガーを従えて「Now, I don’t need your love」を歌い出したのはフランス人アーティスト、ラッキー・ラブだったのです。コートがふわりと床に落ちると、熱唱する彼には左腕が欠如していて、その姿はまるで腕を失ったギリシャ彫刻。生まれつきのハンディを隠さず自己表現する彼の起用には、伏線がありました。昨年秋の「Co-Ed(コー・エド。メゾン マルジェラ特有の呼び方で、男女ミックスのプレタポルテコレクション)」2024春夏ショーでリピートされたのは、ラッキー・ラブが歌うMasculinityでしたから。
ショーの導入部は、モノクロのフィルム
彼のパフォーマンスが終わると間髪入れずに、会場内のスクリーンにマッチで火を灯すシーンが投影され、5分に及ぶモノクロフィルムの上映が始まりました。飛び立つ鳥の群れ、コルセットを締め合う男性二人、ジュエリーの窃盗現場、タンゴを踊る男女の影、夜のセーヌ沿いの景色……。フィルムノワールのような映像を音で演出するのは、満月の夜にふさわしい動物の遠吠え、ヒッチコック映画を思わせサスペンス感を盛り上げるメロディー、石畳に響く足音。ストーリー仕立てで映画の予告篇のようなショーの導入編映像を作ったのは、ブリット・ロイド。またジョン・ガリアーノのインスピレーションは、パリジャンのさまざまな情景を捉えたブラッサイによる1920〜30年代のモノクロ写真だったとか。ブラッサイと言えばカフェのテラスでキスをする恋人たちの姿がもっとも有名で、古きよきパリをイメージしますが、彼は下町の庶民の現実も捉えていました。つまりジョン・ガリアーノは、この写真家のクリシェだけではなくあえてダークな部分もすくい取ったのです。まるで秘密の出来事の数々を覗き見するように。
メゾン マルジェラならでは。撮影、編集、配信のミックス
男性が橋下の石畳に走ってくるシーンでフィルムが終わりに近づくと、モデルとロケーションはそのままで、映像はカラーに。ここで屋内に座ったゲストたちは、外の河岸でのストリーミングが始まったことに気づきます。ちなみに映画をこよなく愛するガリアーノはコロナ禍中にフィルム作りに着手し、2年半前にはホラー映画仕立てのオリジナル長編フィルムを2021年「アーティザナル」コレクションとして発表しました。これをモダンなアイデアとして発展させたのが、シャイヨ劇場での2022年秋冬「アーティザナル」コレクションのプレゼンテーション。2022年7月に、ステージ上で実演が進行する一方、スクリーンではそのライブストリーミングと、同じルックをまとった同じモデルたちが演じた録画映像を交錯させるというイマージブな体験が提案されたのです。
レオン・デイムからグェンドリン・クリスティーまで
ゲストたちがこんな記憶を温めている間に室内に入り、体をくねらせゲストたちを挑発しながら歩いて来たのは、レオン・デイムでした。彼は2019年にメゾン マルジェラのショーで攻撃的な視線でのウォーキングでトリを飾って話題になった、演技力の高いモデル。現在は舞台俳優を目指してロンドンで芝居のクラスを受けているというから、主役を務めたフィルムから抜け出したかのようにショーの幕を開けるには、まさに適役でした。上半身には何もまとわず、ウエストをコルセットでぎゅっと締め付けた彼に続いた女性モデルたちも、驚くべき細さのウエストにパッディングで誇張した丸いヒップで、往年のジョン・ガリアーノのショーを思わせる、ドラマティックなウォーキング。ショーを閉じたグウェンドリン・クリスティーの演技まで怪しい下町の写真に息が吹き込まれたようなシーンが続きますが、そこには深い哲学が潜んでいます。彼が表現するのは“ボディをキャンバスとしての、内面を表現する外面” 。このショーの真意は“服を着るという儀式、つまり自己を構成する行為”なのです。
ガリアーノの哲学を成すのは、革新的な技術や素材
この哲学を成すのは、ジョン・ガリアーノが絵画的プロセスを取り入れて磨き上げ、ユーモラスかつ賢い呼び名をつけた、各種の複雑なテクニック。例えば、オーガンジーとフェルト、そしてメンズのスーチング生地をプリントしたクレープを重ねることで、見た目に反して実は羽のように軽い「ミルトラージュ」(Mirage、Filtrage、Mille Feuilleを合わせた造語)。キース・ヴァン・ドンゲンの肖像画のモデルのごとく水彩画の色彩とぼやけ加減がデリケートな「アクアレリング」チュールは、月明かりに照らされた水面の反射をイメージして作られました。一方「シームレース」は、点在するレースをシームレス(縫い目無し)で仕上げる技術です。
限界を押し広げた、コラボレーションの数々
特筆すべきは、ジョン・ガリアーノの非凡なイマジネーションを昇華させた、数々のコラボレーションです。シューズでは、メゾン マルジェラと組むとは思いもよらなかったクリスチャン・ルブタンが、赤いソールでタビをグラマラスに再解釈。仮面舞踏会を思わせるマスクは、スティーブン・ジョーンズ作。一方ロベール・メルシエによる陶器や木のような質感のレザーのネックピースは、アート作品の域。またキーアイテムであるコルセットの制作は、歴史的なランジェリーメーカー、カドールが担当。釉薬を塗った陶器のような肌のメイクアップはパット・マグラスが特別に考案したマスクだとか。そしてモデルたちの、壊れた人形や逃げまどうギャングのような動きの振り付けをしたのは、イメージメーカーのパット・ボグスラウスキーでした。
より明確になった、ガリアーノによるメゾン マルジェラ
1月半ばには、ルイ・ヴィトンのメンズのショーで、会場に投影された風景と現実が偶然にも呼応し、翌々日に実際に雪が降ったことをお伝えしました。この日もまるでフィルムに見る天候を再現するかのように、ちょうど小雨。もちろん天気は予め設定できる要素ではありませんが、強運のデザイナーには自然も味方するのでしょうか。また、ちょうど本誌昨年7月号でフィーチャーした「1997年」の展覧会で、ガリアーノがこの年にディオールのアーティスティック・ディレクターとなってはじめて発表したオートクチュールのショーのビデオを見て、スペクタクルとしての完成度に改めて感動したことも思い出されます。彼は自身の美意識を服に、ショーに落とし込むために限界を押し広げる、稀なアーティスト。1年かけて準備したというこのコレクションで、本来のガリアーノがパワーアップして戻ってきたのを見るのは、なんとエキサイティングなことでしょう! コンセプチュアルでウイットの効いたメゾン マルジェラのスタイルに反して、このショーは官能的でドラマティック過ぎる、といった批判もきかれました。しかし常識に捉われないという点では両者の本質がシェアされ、昇華されていることが明確なコレクションでした。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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