【2024-'25秋冬パリファッションウィーク】(後編)、見逃せないジュエリーやビューティーのトピックも!
ヴァレンティノのアーティスティック・ディレクター、ピエールパオロ・ピッチョーリが退任という衝撃のニュースが流れたのは、3月22日のこと。それ以来、新たに最新のパリ・ファッションウィークを振り返る毎日です。前回の投稿ではニュースな9メゾンにフォーカスしましたが、ここではさらに、ニュース性はなくとも評価の高かったメゾンに加え、ジュエリーとビューティ関係のイベントをご紹介しましょう。
【ミュウミュウ】の年齢を越えて色で遊んだ、ニュー・ベーシック
服やルックを通して表現できることを改めて考えさせてくれたのは、ミュウミュウ。ミウッチャ・プラダがイメージしたのは、幼い少女からシニア世代まで、と異なる年齢層の女性たちでした。それらは例えば、ラウンドトゥのシューズやリブ編みのタイツ、そしてまるで子どもの時の服を着続けているかのように小さめのコートやジャケットで示唆されています。一方“レディ”らしさを象徴するのは、長めの手袋やハンドバッグ、テーラードスーツなど。これらがひとつのルックに融合されると、短すぎるジャケットのお腹や袖口からシャツが見え隠れします。意図的にパーフェクトでないディテールでユーモアを効かせた、ここ最近のミュウミュウらしさが色濃いスタイリングも健在です。具体的には、歪んでつけたパールのネックレスやアシメトリーにアウターからはみ出たシャツの襟、そしてボトムを履き忘れたかのような“パンツレス”ルックや、ウエストラインからタイツのゴム部分が見える履き方など。
一方作業着風のブルーのパジャマや白のドレスにシアリングのフォーファーのコートは、異なるタイプのミックスかもしれません。さらにカラーパレットも、思いがけない色の組み合わせ。オレンジとブルー、ミントグリーンにイエロー、フューシャピンクにサフランイエローとアップルグリーン、オレンジとキャメル、イエローやコーラルにターコイズとミントグリーン、チョコレートにオレンジとクラインブルー……。色を散らすことで、年齢やタイプのクロスオーバーは、直球ではないだけに、潜在意識に働きかけるものでした。
【カルヴェン】ルイーズの“ちょっと捻ったミニマル”に磨きがかかったセカンド・コレクション
ミュウミュウと並んで、トレンディアイテムNo.1のロンググローブを提案したのは、人気急上昇中のカルヴェン。ピーター・マイルズ(フィービー・ファイロやプロエンザ・スクーラーをはじめ、ファッションブランドから引っ張りだこのアートディレクター)のデザインでロゴをリニューアルし、メゾンゆかりのアドレス(6, Rond-Point des Champs Elysées)にブティックもオープンした、今もっとも旬なメゾンです。ルイーズ・トロッターがア―ティスティック・ディレクターとなって初のショーの後、本誌昨年2月号のインタビューでも語ってくれたように、彼女はメゾンのヘリテージに敬意を払いつつノスタルジックではなく、スタイルはあくまでイージーでパーソナル。
今回は特に“デイ・トゥ・ナイト”をコンセプトに、ドレスアップとダウン、マスキュリンとフェミニン、テーラードとスポーティを絶妙な塩梅で融合させました。特に新鮮だったのは、ラウンドまたはスクエアで強調した肩のアウターを中心とした、ボリューム感。そしてベージュ、グレー、ブラウンなどのニュートラルなトーンにいきなり飛び込む赤やアニスグリーンの差し色です。女性らしさは“デコルテ”とは逆に後ろの襟ぐりを大きく開け、特にはジュエリーで飾ったバックスタイルで強調。首周りは全体的にルイーズの持ち札の多さが際立ったポイントで、首に付かず離れずのスタンドカラーやアシンメトリー、ボートネックなどで展開しました。
【スキャパレリ】の2度目のプレタポルテでは、日常に着られるシュール・レアリズムを提案
スキャパレリのアーティスティック・ディレクターであるダニエル・ローズベリーは。セレブリティが着た話題性よりも、コレクションの中身で勝負したいと考えているようです。今回発表したのは、オートクチュールがパリ装飾芸術美術館での展覧会や毎回のドラマティックなショーで定着してきたところでスタートした、プレタポルテ、セカンドコレクション。ここではベーシックなデザインにメゾンのコードを加える“驚き”を与えた、スキャパレリ流・エッセンシャルアイテムがフィーチャーされました。たとえば顔のパーツをはじめシュールなモチーフを刻んだボタンをあしらった、ネイビーのピーコート。ダニエルのテーラリングの腕を実証すべく、ジャケットは彼が“リラックス・テーラード”と呼ぶさまざまなバリエーションで展開されています。
コレクション全体を通じて、エルザ・スキャパレリを象徴するシュールレアリズムにほどよくミックスされたのは、テキサス州出身の彼自身のルーツ、つまりデニムやフリンジといったカウボーイ・スタイル。これは、ダニエルがメゾンにおける自分の役割に自信をつけてきたことの表れかもしれません。今後、シュールなモチーフやスキャパレリのイニシャルSをあしらったアイウェアや靴もコレクションとして充実させていくとか。これまで手の届かなかったオートクチュールが、より身近になりそうです。
雨ニモマケズ、風ニモマケズ。レザーの限りない可能性を探った【エルメス】
馬からバイクへ。フィールドから街へ。エルメスの最新コレクションは、ライディングコートなど乗馬からのインスピレーションを取り入れつつ、バイカースタイルを極めました。暗い会場ではショーの直前、ランウェイ上方からいきなり雨が降り出すというセッティング。折しもこの日は外も大雨だったので、なんとも絶妙なタイミングでした。ランウェイでは本物のバイクは使われなかったものの、オールバックにした髪をギラギラと光らせたモデルたちが演じたのは、雨の中も凛として突き進む、洗練されて強い女性。また小さなスタッズやファスナーが光るボディフィットなジャケットやパンツ、そして深いスリットの入ったスカート、ポインテッドのバイカーブーツの一連は、いつものエルメスとは違ってセクシーな面さえ顕わにしました。
色展開はマホガニーからチョコレートまでのダークながら温かみのあるトーンに始まり、ベージュ、グレージュ、カーキなどのニュートラルカラーに展開し、鮮やかな赤とレモンイエローからクリームイエローまでの黄色の濃淡、そしてオフホワイトでクライマックス。最後の3分の1ほどを占めるルックの一連は黒でまとめられ、“バイク”のテーマが色濃く打ち出されました。
シグネチャー・スタイルとしての“ハイブリッド”を極めた【サカイ】
「ファッションは日常の現実を生き抜くための鎧である」。故ビル・カニンガム(ストリートスタイルの草分けフォトグラファーで、ファッション史家)の名言を掲げたのは、サカイの阿部千歳さん。その真意は、ドレスアップの奨励。といっても煌びやかなドレスを纏うことではなく、さまざまな形でのドレス。スカートを縫い付けたミニ丈のコートをはじめ、短くても長くても、ニットでも布帛でも、ボクシーでもドレーピーでも、全てがワンピースなのです。さらにジャケットでは前身頃と袖後ろで全く違うものを合わせたりして、ストリートウェアとサルトリアルをミックスしたシグネチャースタイル、“ハイブリッド”には一層磨きがかかったようです。また構築的な形のニットやパンツにも見えるワイドレッグのサイハイブーツは、その大胆さでデザイナーの新境地を見せたといえるでしょう。
アントワープからの新星二人。【メリル・ロッゲ】と後輩の【ジュリー・ケーゲル】
アントワープの郊外に住まいとデザインスタジオを構える、メリル・ロッゲ。彼女は、ヴィンテージの再解釈を得意とするマーク・ジェイコブスと、ミックス&マッチを極めるドリス・ヴァン・ノッテンのスタイルの全く異なる二人のデザイナーの元での経験を生かしつつ、ミレニアル世代らしいアプローチで同世代の共感を呼んでいます。メンズウェアとイブニング、スポーティとテーラードをミックスさせた今回のコレクションは、1990年代の学生たちのパーティのようなイメージ。ロッカーが並ぶアートスクールの廊下に設えたランウェイで披露されたのは、トラックスーツやテイラードジャケット、重ねたヴィンテージ風ニットなど。さらにグリッターなドレスやパンツ、ペイズリープリントのドレス、そしてレインコートなど関連性のないスタイルを合わせて、スタイリングで見せていました。
今回はじめてパリでコレクションを発表したジュエリー・ケーゲルは、元メリルのインターン。“50/50”をテーマに、ピンストライプとフローラル・プリント、アントワープ特有の素朴なニットとシアーな素材という風に前と後ろで印象を変えた、一種のハイブリッドを展開しました。だからプレゼンテーションは、ショーウインドウに現れたモデルが、三面鏡に写った前後の姿を眺める、という設定。ウインドウを眺めるゲストたちは生憎の雨に打たれましたが。
大企業も注目&サポート【ローシン・ピアース】と【ニッコロ・パスカレッティ】
ダブリンにデザイン・スタジオを構えるローシン・ピアース(Róisín Pierce)は、クラフトとロマンティックでスタイルを貫く、大型新人。2019年にはイエール モードと写真の国際フェスティヴァルでシャネルが選出するメチエダール賞を獲得し、シャネル傘下の帽子工房、メゾン・モッシェルの支援を受けたことで注目されました。続いて2022年にはLVMH賞でセミファイナリストに。さらに今年の2月には、彼女のブランドを有望視するドーヴァーストリートマーケットが経済援助をすると言う、嬉しいニュースも。ちなみに4月末には、パリにもドーバーストリートマーケットがオープンします。
パリのアイルランド大使からも支援を受け、大使館で開かれたコレクションのタイトルは「O Lovely One, Fallen From a Star(なんて素敵なの、星から降ってきたあなた)」。ショーノートには、彼女自身が構想して若手の作家が書いた、詩が綴られていました。リボン細工、スモック、クロシェ編みで仕立てた花や星のモチーフを繋げたドレスの一連に添えられた小物は、ポージーホルダー(ヴィクトリア時代に、男性から贈られた野花を女性が入れて持ち歩いた、小さな携帯花瓶)。デッドストックのコットンやオーガンジー、リサイクルのサテンを使用し、例年の如く白に徹したコレクションには一点だけミッドナイトブルーのドレスが登場しました。これは白鳩が紺碧の海にダイブして大地と天国を一緒にしたことを表しているとか。なんとも詩的な彼女だけの世界観が、ドーヴァーの支援で今後どんなふうに広がっていくのか、楽しみです。
また、最近の若手の中で私がいちばん好きなニッコロ・パスカレッティ(Niccòlo Pasqualetti)も、LVMH賞審査員たちのお墨付き。ロエベのデザインチーム経て2019年にブランドをスタートした彼は2022年、そして今年もセミ・ファイナリストの一人です。このほか出身地のイタリアではフランカ・ソザーニ賞やカメラ・モーダ・ファッションアワードに輝いたことも。彼が追求するのは、まるで抽象的な彫刻にも似た新しいフォルムと、職人たちとのコラボレーションによるクラフト。それを支えるのは、セントラル・セントマーチンズ在学中にロンドンで身につけた、サルトリアルの技術です。
最新コレクションでは彼好みの自然なトーンにメタリックシルバーが加わり、テーラードなシルエットにはオーガニックなフォルム形が混じりました。このほかデニムパッチワークや、ストールを組み込んで肩のラインを曖昧にしたジャケット、変わりサルエルなどはいずれもどこか奇抜でいて、かつとてもシック。フェルトで作った花のモチーフを繋げたバッグや、事故で壊れた車をインスピレーションに凹んだ鉄板を切り取ったようなジュエリーには、彼のクラフトへのこだわりが顕著です。
ジュエリー・ニュースは【ガブリエル・グレイス】と【オーガスト】
ガブリエル・グレイス(Gabrielle Greiss)は、パリではちょっと知られた存在。ソニア・リキエルの右腕を務め、彼女の引退後は後継者としてブランドのア―ティスティック・ディレクターとなり、のちにはクロエのデザインスタジオで数年を費やしました。しばらく第一線から姿を消していた彼女が、今回ジュエリーのクリエーションでカムバック。しかもシーズンごとのコレクションではなく、アートのごとく一つのストーリーが出来上がったら発表するシステムです。初めてとなる今回のストーリーはファーブル・エトセトラ。「カエルの王様」で有名なラ・フォンテーヌや「ウサギとカメ」で知られるイソップらの、動物たちを主人公とした寓話がインスピレーションです。ブロンズで手作りした動物の形のジュエリーは、アーティスト、トーマス・エンゲルハートによるフレームに収まり、インテリア・デザイナー、ピエール・マリーのブティックにディスプレイされて幻想的な世界を繰り広げました。
Avgvstと書いてオーガストと読ませるジュエリーブランドは、ベルリンが本拠地。シルバーのお守りチャームからスタートし、ちょっとロックなテイストを加えたコレクションに発展しています。同ブランドの旗艦店の内装を手掛けたのは、アーティスト&デザイナー、ハリー・ヌリエフによるクロスビー・スタジオ。ファッションウィーク中には両者のコラボレーションによるコレクションと、パレ・ロワイヤルの一角でポップアップストアが披露されました。小さなスペースは「ザ・ファウンテン」と名付けられ、室内には文字通り噴水が。彼のライトモチーフであるキッチンにちなんでシルバーのステンレスで仕立てた直方体の噴水は、ストアのガラス越しに見える、パレロワイヤル庭園のクラシックな噴水に呼応します。そして噴水の中には、ハートや椅子の足を刻んだコインが沈んでいました。
スター・ヘアスタイリストがディレクション【ザラ・ヘアー】
ザラはほぼ毎回パリ・ファッションウィーク中に、インティメートなパーティとともにサプライズを発表します。今回のローンチは、長年のコラボレーターであるヘアスタイリスト、グイド・パラオによるヘアケアプロダクツの一連「エブリデイ・ベーシック」。カラフルなパッケージデザインは、著名アート・ディレクターのファビアン・バロン率いるバロン&バロンです。いずれも優れもので、例えば髪を活性化させ、根元にボリュームを与えるドライテクスチャライジングスプレーは、洗髪翌日か2日後におすすめだとか。根元を立ち上げて髪を輝かせるのは、ボリューマイジングムース。ベタつかないのが特徴です。またブロー時に使うと根元を立ち上げ、潤いとツヤを与えるのは、ブロードライスプレー。そしてヘアスプレーは、ソフトなホールド力が魅力。バームは髪のハネを落ち着かせ、完成したヘアスタイルにツヤと柔らかい質感を与えます。ボリューム、ホールド、カール、テクスチャー、ツヤ。自然でしかも完璧な仕上がりに必要とされる全てを備えた「エブリデイ・ベーシック」は全6品。日本でも4月4日にローンチされたばかりです。
やっと締めのパリでファッションマンスが終わったと思ったら、もうすぐクルーズコレクションのシーズンが始まります。ヴァレンティノの次期アーティスティック・ディレクターにはアレッサンドロ・ミケーレが任命されて、ファッション界が大きく揺れ動きそうな今年。世界各地のファッションウイークから、目を離せない日々が続きます!
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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