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パリ左岸【エルメス プティ アッシュ】の新しい演出は“納屋”をイメージ
素材ありきで遊び心必須のプティ アッシュ
2010年にスタートしたpetit h(プティアッシュ)は、馬具はもちろんレザーグッズ、モード、メゾン、そしてエルメス傘下、サンルイのクリスタルやピュイフォルカのシルバーウェア、とエルメスのすべてのメティエ(部門)からの残り素材や少々難ありピースをアップサイクルする、サステナブルなプロジェクト。アイテムは食器からオブジェ、家具からファッションの小物まで、と多岐に渡ります。ルールは“随時入荷される唯一の素材を着想源とした、機能的かつ遊びのあるデザイン“ということだけ。デザインと、熟練職人とのコラボレーションともいえる制作には、アーティスティックディレクターのゴドフロワ・ドゥ・ヴィリユーを筆頭とする社内チームに加え、プティアッシュの哲学をシェアする外部のアーティストも参加します。
プティ アッシュは年に2度趣向を凝らしたポップアップで他都市に遠征しますが、唯一の常設コーナーはパリ左岸のエルメス セーヴル通り店に。ここで三ヶ月をめどに一新されるセノグラフィー(演出)の最新版を手がけたのは、パリと京都を行き来するアーティストの河原シンスケでした。スカーフの図柄を描いたりプティ アッシュにも定期的にデザインを提供するなど、エルメスとのつながりが深い彼。セノグラファーとしてのプティ アッシュとのコラボレーションは、昨年の大阪中之島美術館でのポップアップに続いて2度目です。その機会に一年前本誌で掲載した、彼とゴドフロワの合同インタビューをして驚かされたのは、二人のいわゆる“阿吽の呼吸”。息の合ったチームを表現する際フランス語では“コンプリス”、英語では “パートナー・イン・クライム”(共犯者)という言葉がよく使われますが、二人のパートナーシップはまさに“共謀”と言えるでしょう。まるで悪戯をしかける子供たちのようにして、共同作業を楽しんでいるのですから。
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本誌昨年6月号に掲載された、大阪中之島美術館でのプティ アッシュについての記事より。ゴドフロワとシンスケ。Photo: Sylvie Becquet
廃材をアップサイクルした納屋は、サプライズの宝庫
二人がイマジネーションを膨らませた新セノグラフィーのコンセプトは、なんと”納屋”。プティ アッシュの根底に流れる哲学に沿うべく、廃材を利用しての遊び心にあふれた作りです。エルメス セーヴル通り店の既存スペースに合わせて大まかな作りを構想し、デザイン画を描くとまず彼らが出向いたのは、パリ郊外にある制作会社の巨大な廃材倉庫。ここではペンキがついた板、一部欠けている柵、トタン屋根、ロープなど、小屋の枠組みやディスプレイ用の素材をたんまりと仕入れたそうです。既存のものをそのままピックアップするだけでなく、木製の荷台は解体して一枚ずつの板に。また打ち合わせで寄ったエルメスのオフィスでも、部屋の片隅に放って置かれたベンチや梯子に目が行き、素材として拝借。シンスケはこうした冒険について語ってくれました。
「僕たちの感覚に合う素材が集まったら、まるでパズルのようにそれらを組み合わせていきました。板に付いていたペンキの色バランスもよく、追加して塗ったのはブルーだけかな」。
さらに決め手の小物は、ブルゴーニュにあるゴドフロワのセカンドハウスから。二人の“共謀”ウィークエンドの間にドゥ・ヴィリユー家の納屋や庭でシンスケが物色したのは、カヌー、錆びついた鎖、ドラム缶、燃料タンク、果ては枯れた葉っぱまで。最後に、廃材センターから仕入れた木の板にはシンスケ自らバーナーで焼きこげ跡をつけて、木目が浮き上がるような仕上げに。これは彼のシグネチャーの一つで、以前彼が営んでいたレストラン「ウサギ」にも同じような木のテーブルが使われていたのを覚えている人も多いでしょう。
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プティ アッシュ小屋で、作業服風のグリーンのウエアにサボシューズの出立ちのシンスケ。頭に巻いたのは、自身がデザインしたエルメスのシルクスカーフ。Photo: Minako Norimatsu
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手前の壁では、バーナーで焼き焦がして浮き立たせた木目がまるでモワレ模様。右下の馬のオブジェはヨガブロックに乗って、ヨガでいう“下向きの犬”ポーズをとっているよう。Photo: Minako Norimatsu
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窓からは、ゴドフロワ邸からやってきたカヌーが見え隠れ。Photo: Minako Norimatsu
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テーブルの下にもオブジェが隠れていたり、スツールはひっくり返っていたり。隅から隅までまで見ると、いろいろな発見がある。Photo: Minako Norimatsu
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枠組みは廃材、並ぶのは贅沢な一点ものオブジェ、というコントラストが面白い。まるで野生キノコのように、そこここにはキノコ型のオブジェが点在する。Photo: Minako Norimatsu
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壁に取り付けた台は、なんとヨガ用のブロック。ロープも廃材から。ボールを利用しての鏡は、なんと磁石で壁についている。Photo: Minako Norimatsu
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素材ありきのプティ アッシュだから、一部欠けている窓の桟もあえてそのまま使用。Photo: Minako Norimatsu
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ドゥ・ヴィリユー家の庭でシンスケが見つけた枯れ葉。Photo: Minako Norimatsu
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セノグラフィーが完成してから、シンスケはシグネチャーであるウサギを1匹だけ、いたずら書きのようにしてこっそりと枠組みの板に描いた。Photo: Minako Norimatsu
遊び感がぎゅっと詰まったウィンドウ
ウィンドウでドゥ・ヴィリユー家からのドラム缶と並ぶのは、動くとレザーのフリンジがゆらゆらと揺れる、ゴドフロワ作のブランコ。思えば、彼がフリーでエルメスの仕事をしていた頃、自宅にあった木と馬蹄を利用して作った始めてのプティ アッシュ作品も、ブランコだったとか。そしてすぐ側には、シンスケ作のコフレ(磁器のカップに、レザーで仕立てた蓋をプラスしたもの)がひょっこりと顔を見せています。またシンスケが「二人で切ったんだ」とニヤリと笑いながら指差す先を見ると、奔放に枝を広げる木が。ストーリー性を感じさせる情景に誘われて店内に足を踏み入れると、”納屋”のここそこにはプティ アッシュ作品が点在し、まるで宝探しのようです。しかもすべて一点ものなので、一つ売れるごとに全体の配置はマイナーチェンジ。常に進行形なプティ アッシュは、心躍る空間なのです。
エルメス セーヴル通り店のシンスケによるセノグラフィーは、好評につき例外的に三ヶ月以上継続。7月末には”納屋”のコンセプトはそのままに、リニューアルも予定されているとか。
Hermès
17, rue de Sevres 75006 Paris
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通りから見たウィンドウと店内。天井から吊るされた楕円形のボードが、ゴドフロワ作のフリンジ付きブランコ。左は、彼が気に入っている鞍を使ったロッキングチェア。Photo: Alex Profit
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磁器カップを利用したコフレの一連より、チェリーはドラム缶とともにウィンドウを飾っている。Photo: Minako Norimatsu
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磁器のカップにレザーで仕立てた蓋を載せた容器であるコフレは、プティ アッシュでのシンスケの定番。Photo: Minako Norimatsu
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大好評、シンスケ作の桜の花びらチャーム。Photo: Minako Norimatsu
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テーブルの上に乗った木の箱は、キャッシャーを覆うためにシンスケがデザインした。Photo: Minako Norimatsu
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自作ではないけれど、シンスケが気にいっているオブジェ。右は開花堂とのコラボレーションによる茶筒を利用したジャー、左はハイティー用3段トレイが着想源。Photo: Minako Norimatsu
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パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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