アントワープのドリームチームの足跡が見られる、ファッション写真展
ウィリー、ラフ、オリヴィエはアントワープの最強チーム
アントワープのMoMu(ファッションミュージアム アントワープ)で、ウィリー・ヴァンデルペール(Willy Vanderperre)の写真展が始まりました。ウィリーはラフ・シモンズの長年のコラボレーターで、彼のビジュアル表現に欠かせないカメラマン。ラフ自身のブランド(1998年春夏〜2023年春夏)ではスタート当時からずっと、そしてジル サンダー、ディオール、カルバン・クラインの各メゾンではラフがアーティスティックディレクターを務めていた時期のキャンペーン撮影を手がけました。もちろん、現在ではプラダも例外ではありません。これらすべての撮影やエディトリアルワークでのスタイリングは、世界有数のファッション・コンサルタントでプライベートではウィリーのパートナーでもある、オリヴィエ・リッゾ。ウィリーとラフ、オリヴィエの3人はもう30年以上前にアントワープ王立芸術アカデミー在学中に出会い、ビジョンをシェアし、一緒に前身してきた結束の固いチームなのです。彼らが歳を重ねても出会いの当時と変わらず、常にクリエーションの原動力としているのは、ユースカルチャー。本展では、被写体が若者かどうかは別として、希望と疑問の間で揺れ動く、パワフルでかつ繊細な世代の感受性が具現化されています。
展覧会は、レイヴパーティーのポスターをイメージした壁紙からスタート
Prints, films, a rave and more… を副題とする展覧会で、出入り口のあるホールに壁紙のごとく張り巡らされたのは、ラフのミューズの一人であるジュリア・ノビス(Julia Nobis)をモデルとしたポスター。「この写真を選んだのは、ユースカルチャーを象徴しているから。ピーター・フィリップスによるグラフィックなメイクアップももちろんだけど、僕の夫・オリヴィエがその場にあったプラスチックを使い即興でつくったドレスも意味深いんだ。ジュリアが目を閉じようとしているのか開こうとしているのかわからないところもいいね」。ウィリーはこう語ります。ちなみにディオールのメイクアップ部門のクリエイティブ&イメージ・ディレクターであるピーターも、アントワープ王立芸術アカデミー出身。ウィリー自身が貼ったり破ったりまたその上に貼ったりした3層もの無数のポスターは、まるで外で雨風にさらされてきたようで、見る者の好奇心を掻き立てるでしょう。「長い間街に貼られているレイヴパーティーのポスターを見た時、告知なのか事後なのかわからないとの同じように」。ウィリーは笑いながらこう言いました。
またホールには売店コーナーが設けられ、“マーチ”を販売。“マーチ”とは“マーチャンダイズ”の略で、コンサート会場で売られるTシャツやバッジなどのグッズを意味します。グッズは三ヶ月余りの会期中、数度のドロップで新作を入荷予定。会場ではQRコードで、ウィリーのプレイリストもダウンロード可能。「僕は自分自身のユース、80年代のカルチャーを思い切り楽しんだし過去を愛おしく思っている。でも大事なのは今」。こう語る彼は、若い頃に夢中になり、“ユースカルチャー”を肌で感じる機会だったレイヴパーティーの雰囲気を、ここでアップデートしているのです。つまり音楽に陶酔するレイヴの本質に、現代ならではのテクノロジーやファッションシステムのいいところを加えて。
見覚えのある写真の数々をコラージュのように展示
ウィリーの案内で展示室に入ると、200点あまりの作品をリードする最初の一点は、You wanted to be a heroと書かれたTシャツを着た男性の後ろ姿。彼によれば、ロケーションはアントワープ王立芸術アカデミーで、ウィリーとオリヴィエがともにした唯一のコースであるドローイングの教室。そしてT シャツはオリヴィエのアカデミー3年目の時の作品だとか。ここでビジターは、インティメイトなウィリーの世界へと足を踏み入れるのです。これに続いて広がる7つのコーナーでは、順路を設けず自由に巡回できることを意図しているものの、まず引き込まれるのは黒壁のトンネル。両側には主にモノクロのポートレートが並び、突き当たりにはカラーの代表作が掲げられています。隣の部屋ではやはり天井、ベンチ、と黒に囲まれた空間に、1920年代に盛んだったドイツ表現主義の映画を思わせる、どこか危うい雰囲気の写真の数々が。また所々には、クラナックの16世紀の絵画から現代アートまでウィリーが好きなアートが交えられていますが、この部屋に配されたのは、アシュレー・ビッカートンの作品。誰でも知っているブランドのロゴを散りばめることで消費社会を皮肉った、現代アート作家の“セルフポートレート”が、ウィリーによるミステリアスな写真の一連とコントラストを成しています。
躍動感に溢れた展示手法自体が、まるでひとつの作品
この後に続く彼のキャンペーンやエディトリアルワークの一連は、屋外でのスナップ風ショットからライティングや演出に凝った絵画のようなファッション写真まで。スタイルは違えてもいずれもダイナミックな構図で、一望すると一貫性が顕著です。プリントのサイズでは大版と極小を交錯させ、フレーミングもあったり無かったり。また写真を掲げる高さもあえて統一していないため、すべての壁はまるでコラージュのよう。全体の展示自体が躍動感に溢れたひとつの作品としてとれるのには、黒と白に統一された展示室の黒壁から白壁への流れも一役買っています。
「展示は、言わばダイアローグ。各部屋にサムネイルとも言える代表作を選んだら、それに付随する写真を選んでいったんだ。目指したのは、エモーションを喚起すること」と、ウィリー。ポートレートでは、セレブでも無名のティーンエイジャーでも、またメイクがアーティでもナチュラルでも、被写体が写真を通じてこちらに語りかけてくるようなリアル感があります。「撮影の時は目の前にいるモデル、被写体とともにするその瞬間がすべて。他のことは大事じゃない。今君と話している時も、周りが見えなくなるのと同じように」。ウィリーの被写体との関係の強さは、こんな言葉に現れています。
ジェンダーや環境問題に立ち向かう若者に共感するウィリー
一方ウィリーのハートに響く“ユース”の感受性がストレートに表現されているのは、一連の集合写真。同性または異性のカップルやグループを被写体とすると、そこにはモデル間のダイアローグが生まれますから。ところで、今の若い世代の環境は当然、1971年生まれのウィリーが10代、20代を過ごした頃とはかなり異なります。時代の移り変わりはもちろんですが、一番の違いは何と言ってもSNS。「ソ―シャルメディアによる難点が取り沙汰されているけれど、いつの時代だっていいことも悪いこともある。現代社会のポジティブな面にフォーカスすると、知らない同士が意見をシェアしてコミュニティを広げ、若い世代がジェンダーや環境問題に立ち向かっているのはすばらしいと思うんだ」。
フランダース地方南部に生まれてカトリックの家庭に育ちつつ、早いうちにカミングアウトしたウィリーにとって、ジェンダーは常に取り組んできたサブジェクト。展示では性別を問わないスタイリングやメイクアップも目立ちますし、アート作品ではベルギーの画家フィリップ・ヴァンデンベルグ(Philippe Vandenberg)による男性カップルを描いたThe Kiss (1989年)も選ばれています。一方展覧会に際しての彼のキュレーションによる映画上映プログラムに組まれているのは『マイ・プライヴェート・アイダホ』(ガス・ヴァン・サント、1991年)や『ケレル』(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督、 1982年)など。また前述の“マーチ”の売上の一部は、フランダース地方のLGBTI+を支援する団体、Çavariaの活動に寄付されます。
Willy Vanderperre
Prints, films, a rave and more…展は開催中〜8月4日まで
MoMu Nationalstraat 28, 2000 Antwerp
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/