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【マリーン・セル、プラン・シー】ほか、ピッティで見た2025年春夏コレクション
メンズデビューのプラン・シー、ピッティにカムバックしたポール・スミス
盛夏の間は、世界のファッションマンスもひと休み。フォローし切れなかったショーやイベントを振り返るにはいい機会です。ここでは、6月のフィレンツェでの第106回ピッティ・ウオモをプレイバック。2025年春夏メンズコレクションから、ユニセックスのブランドやウィメンズアイテムをピックアップしてみました。
メンズファッションの大規模な展示会や数々のイベントから成るピッティ・ウオモのメイン会場は、例年通りフォルテッツァ・ダ・バッソ。16世紀建造の要塞です。この一角で初日に開かれたイベントは、プラン・シー(Plan C)のメンズコレクション・デビュー。マルニのファウンダー、コンスエロ・カスティリオーニの娘であるカロリーナが2018年に立ち上げたブランドは、ポップな色使いとグラフィカルなパターン、ジオメトリックなシェイプが持ち味です。ボーイッシュでスポーティなアイテムにメンズの顧客も多かったことから、メンズのローンチは自然な流れでした。今回のプレゼンテーションでは、現代アートを愛するカロリーナの長年のコラボレーター、デュッチョ・マリア・ガンビのインスタレーションに、ウィメンズとマッチするメンズルックが配されました。いずれもワークウェアやユニフォーム、アウトドアアイテムを再解釈したコンテンポラリーなデザイン。カロリーナの娘、マルゲリータが描いた絵はTシャツやシャツ、ドレスからバッグにまでプリントされました。
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ファウンダー&アーティスティック・ディレクター、カロリーナ・カスティリオーニ。Photo: Courtesy of PItti Uomo
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プレゼンテーションの演出は、デュッチョ・マリア・ガンビとのコラボレーションによるアートインスタレーション。Photo: Courtesy of PItti Uomo
ルネッサンス様式を模して18世紀後半に建てられた貴族の邸宅、ヴィラ・ファヴァールを会場としたのは、サー・ポール・スミスです。モデルを伴い彼自身が説明するという形式でのプレゼンテーションを開いたのは、昨今の豪奢なデスティネーションショー(メゾンの本拠地以外の特別な場所でのショー)ブームに反発して、もっとパーソナルでインティメートな発表の仕方を求めたからだとか。自身のアーカイブスを整理中の彼は若かりし頃に立ち返り、1960年代に足繁く通ったロンドン・ソーホーのジャズクラブやイタリアンカフェの雰囲気を着想源としました。画家のアトリエを思わせるイーゼルや描きかけの絵を配した演出は、当時のソーホーの顔であったアーティスト、ルシアン・フロイドやフランシス・ベーコンへのオマージュだとか。ポール・スミスらしいほどよくルーズなテーラードスーツや、淡い色合いのワークウェアは、花柄、チェック、ストライプ、水玉といったベーシックなパターンのアイテムとのミックス&マッチで展開。リーとのコラボレーションによる質感に凝ったデニム、画家の仕事着であるスモックシャツ、フィレンツェの名所をプリントしたスーベニア風のシャツやマッチングネクタイなどは、ウィメンズのワードローブにも溶け込むでしょう。
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プレゼンテーション会場の庭も含めた一角は、”バール・ポール”に。インビテーションはレシート風。Photo: Minako Norimatsu
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ルックを説明するポール・スミス。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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2025年春夏コレクションより、Lee®とのコラボレーション。Photo: Minako Norimatsu
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モデルたち。1960年代ロンドンの美術学校の生徒やアーティストを思わせるミックス&マッチ。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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画家のアトリエをイメージしたプレゼンテーションのバックドロップは、イーゼルやパレット、描きかけのドローイングなど。ストライプデニムはLee®とのコラボレーションアイテム。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
今回のゲストデザイナーはマリーン・セル
ほんの数年でミレニアル世代の“声”としての地位を確立したマリーン・セルは、ピッティ・ウオモ106のゲストデザイナーとして、パリ以外での初のショーを開きました。コレクションは、名付けてSEMPRE LEGATI (イタリア語で“いつも結ばれている”の意)。伏線としてゲストたちに送られたのは、インビテーションを差し込んだレザーのパスポートカバー。つまり、出身国に関わらず、皆が同じパスポートカバーを持つことで繋がりが生まれ、“世界の市民”としてのアイデンティティが生まれる、というコンセプトです。また環境と手仕事に対するリスペクトから、ケミカルを含まない自然の染料でなめしたレザーにエアブラシで彼女のシグネチャーである三日月パターンを反復させたこのアイテムの制作は、フィレンツェの昔ながらの工房、クオイオ・ディ・トスカーナ(Cuoio di Toscana)に依頼しました。会場は市内から車で約30分の丘に位置する15世紀の邸宅、ヴィラ・ディ・マイアーノです。映画『眺めのいい部屋』(ジャイムズ・アイヴォリー監督、1985年)のロケにも使われた建造物のファサードすぐ前を陣取ったのは、カルテット楽団。マリーンのエッジィなスタイルとは明らかにコントラストを成す舞台として、これ以上の適地はなかったと言えるでしょう。
メンズとウィメンズをミックスしたショーでは、いつものスポーティテイストはやや影を潜め、テーラードやクチュールの域のドレスがさまざまなバリエーションで展開されました。特にウィメンズはこれまでよりかなりフェミニンでグラマラス。クリノリン・スカートやドレープを効かせたカクテルドレスは、往年のイタリア映画やフィルム・ノワールのヒロインをも仄めかします。エアブラシ加工の光沢のあるレザーはキャメルのほか真紅やパープルでドラマチックに。また彼女の信条であるアップサイクルは、ヴィンテージのパーツを作ったジュエリー、タータン・チェックやシルクスカーフのパッチワーク、アウトドアまたはスポーツ用のバッグで仕立てたドレス、リジェネレイト・デニム、そしてブライダルを含むハウスリネンを使った白のルックに象徴されました。
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ライブミュージシャンをバックに続く、深紅のリサイクルレザーのルック。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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得意とするパッチワーク。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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ランウェイの一部からは、トスカーナ地方の美しい緑が見渡せる。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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往年のトップ・モデル、マリーソフィー・ウィルソンが着たのは、ハウスリネンをアップサイクルしたルック。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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このブランドならではのブライダル・ルック。ランウェイの一部には、彼女のシグネチャーであるキリムのラグが敷き詰められた。Photo: Minako Norimatsu
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ルックには、必ずどこかにアイコンの三日月型が。ここではイヤリングで。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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フィナーレで、いつもよりドレッシーなルックで、モデルたちに囲まれたマリーン・セル(中央)。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
展示会では、アップカミングなブランドをピックアップ!
フォルテッツァ・ダ・バッソに戻ると、展示会場でもいくつかの発見が。まずは、はじめての展示会をピッティ・ウオモでという大胆な選択をした日本のブランド、ウブスナ。明治10年創業の地域色の強い熊本のアパレル会社、古荘(ふるしょう)本店による少量生産のプロジェクトとして、2年前にスタートしました。中心となるのはデジタル・クリエイティブ・ディレクターの重藤賢一とデザイナー縄田和信で、今年1月には早くも直営店がオープン。産土(うぶすな)と言う名の通り、素材は地元生産に限り、ディテールにはこの地ならではのクラフツマンシップを生かしたブランドが呼び覚ますのは、日本人の古典の美意識です。
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熊本から初参加、ウブスナ。カットソーのネックラインには日本の古典装飾からのインスピレーションとして、しめ縄風のディテールが。スカーフとしてコートに合わせたのは、オリジナルの手拭い。Photo: Minako Norimatsu
ノルウェー・オスロからは2013年以来キャップを専門とするブランド、ヴァーシティ・ヘッドウェア。私もいくつか試着しましたが深め、浅め、両タイプともつばが小さめでフィット感がよく、いわゆるベースボールキャップとは一線を画すヘッドアクセサリーです。何よりもロゴが無く、デニムからウールツイル、メリノウール、イタリアンリネンからコーデュロイ、ハイテク生地まで上質でバリエーション豊富なマテリアルが魅力。
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キャップ専門のVarsity Headwear。e-shopでは好みのフィット/サイズ/素材/色を組み合わせてのパーソナルな一点のオーダーが可能。Photo: Minako Norimatsu
一方、西海岸風と思いきや実はイタリア・ベースなのが、ワイルド・ドンキー。アメリカで1950,60,70年代にTシャツやスウェットがメッセージ性を持ち、アイデンティティを主張するツールだったことにインスパイアされてスタートしたブランドです。世界中から集められたヴィンテージの逸品はモダンなプロポーションにアレンジされ、生地やプリントにはヴィンテージ・エフェクトが加えられています。
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ヴィンテージ風Tシャツとスウェットの、Wild Donkey。Photo: Minako Norimatsu
そして実際にアメリカを拠点とするのは、ハウス・バイ・エヴァートン。ハウス、つまり家で履くコンフォタブルなスリッパをデザイン性が高く、外で履けて持続性のあるクオリティで、というコンセプトから生まれました。逆に家での足元もスタイリッシュに、という提案は、ブランドの発端がコロナ禍だったからだとか。インナーソールにはスエードを使い、グラフィックなパターンやカラーブロックでアピールするやや厚底“スリッパ”はいずれもユニセックスで、サイズは36から。
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Haus by Evertonの定番、アウター・スリッパ。Photo: Minako Norimatsu
今回の発見はパリ発なのに知らなかった、アーデーエヌ・パリ。モロッコ出身のレア・イーサン・シャバー(Léa Ihssane Chabaa)が10年間弁護士の仕事をした後に立ち上げたブランドです。展開するのはクラシックをひと捻りし程よくコンテンポラリ―でハイクオリティな、ベーシックウェア。そのコンセプトは、トレンチコートを解体し、スカートからオールインワン、ポンチョまでに再解釈したいくつものアイテムに象徴的です。シャツのバリエーションにも持ち札の多さが読み取れます。
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ひと捻りしたニュー・クラシック、adn Parisのカラー・パレットは、ベージュ、キャメル、白、黒、グレー、そしてブルー、とベーシック。Photo: Minako Norimatsu
また展示会場では、産業革命期に盛えた職人コミュニティの地下活動にフォーカスした展覧会に見入ってしまいました。メンズウエアの歴史上死角だったこのストーリーは、ここ最近サルトリアルを極めるデザイナーたちをインスパイアしているそうです。展示されていたのはヴィンテージのテーラードウエアと、「Menswhere I A lost story of the Millitant Guild of Rural Tailors」(メンズウェア・田舎のテーラーたちによる活動家共同体の、失われた歴史)と題された本に編集された、 Marc Hersの写真の一連。
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職人コミュニティの歴史にフォーカスした、Menswhere。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
展覧会といえば、フィレンツェから車で1時間弱かけて小さな街、プラトまで見に行ったのは、ウァルター・アルビーニ展。イタリア以外ではあまり知られた名前ではないものの、ヴィンテージのプロやデザイナー通に多くのファンを持つデザイナーです。1960年にテキスタイルデザイナーとして出発した彼の最盛期は、自身のブランドで活動した1973年からたったの10年間。2フロアに渡る会場では、アールデコにインスパイアされた70’sモードを象徴する作品の数々が、ファッションイラストレーターとしても知られた彼の一連のドローイングとともに展示されています。彼の死後眠っていた商標が投資家によって復活したことは本誌2024年1月号の連載記事、INTO VINTAGEでご紹介しましたが、いまだに新クリエイティブ・ディレクターは命名されていません。新生アルビーニの初コレクションが発表されるのを待ちつつ、公式サイトでは写真やイラストが一望できます。
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Walter Albini. The talent, the designer展はプラトのテキスタイル美術館(Museo del Tessuto)にて、9月22日まで。ウァルター・アルビーニ(右)はアメリカのハルストンに匹敵するほど、ダンディとして名を馳せた。Photo: Minako Norimatsu
最後にもう一人、ゲスト・デザイナーのお話。南仏・トゥールーズを拠点とするピエール=ルイ・マシアは、一見相容れない色やプリントをミックスしたボヘミアンなスタイルで知られるデザイナーです。ボヘミアン、といっても彼のクリエイションが想起させるのは近代のヒッピーではなく、20世紀初頭のアートやインテリア界での異国趣味。シルクのプリントはホームコレクションにも展開され、アール・ヌーヴォー様式の温室、テピダリウム・デル・ロスターで開かれたショーでは、ゲスト席の一つ一つにプリントのクッションが置かれました。
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もう一人のゲスト・デザイナーは南仏ベースのピエール=ルイ・マシアのショーより。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
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ピエール=ルイ・マシアの バックステージにて。Photo: Courtesy of Pitti Uomo
様々なスタイルやポリシーが自由に表現された、ピッティ・ウオモ106回。次回、第107回目は来年1月に開催されます!
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パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/