4月2週目、恒例のミラノ デザインウイーク(以下MDW)が開かれた。郊外の見本市会場フィエラで開かれる家具のフェア「サローネ デル モビーレ」から発展して市をあげてのイベントとなり、総称して“デザインウィーク”と呼ばれるようになった。ファッションウィークが協会のプログラムを基本とし、一般客は何かしらのコネクションがない限りアクセスできないのと違って、MDWはプライヴェート・ビューの日時を除けば万人に開かれている。無数の催しや展示をチェックしたら(コンサルティイング・エージェンシーp-s発信のカレンダーとコンタクトリストが便利)自身のスケジュールを組み、インビテーションをリクエストしてQRコードを入手し、“力尽きるまで”周る。見るべきものの多さに、まさにマラソンの数日間となる。

【ロエベ】から【ミュウミュウ】まで、2025ミラノ デザインウィーク、ハイエンド・メゾンの存在感。
4月2週目、恒例のミラノ デザインウイーク(以下MDW)が開かれた。郊外の見本市会場フィエラで開かれる家具のフェア「サローネ デル モビーレ」から発展して市をあげてのイベントとなり、総称して“デザインウィーク”と呼ばれるようになった。ファッションウィークが協会のプログラムを基本とし、一般客は何かしらのコネクションがない限りアクセスできないのと違って、MDWはプライヴェート・ビューの日時を除けば万人に開かれている。無数の催しや展示をチェックしたら(コンサルティイング・エージェンシーp-s発信のカレンダーとコンタクトリストが便利)自身のスケジュールを組み、インビテーションをリクエストしてQRコードを入手し、“力尽きるまで”周る。見るべきものの多さに、まさにマラソンの数日間となる。
ドラマチックな演出で今季1番の話題は、ロロ・ピアーナ
ロロ・ピアーナが今回コラボレートしたのは、ディモーレミラノ(ブリット・モランとエミリアーノ・サルチのデュオにより2006年にスタート。6年前に現在の名称に改名)。18世紀様式から20世紀のアールデコ、モダニストまで異なるスタイルをモダンに再解釈したオリジナルの家具や照明器具、それらやヴィンテージを微妙な塩梅にミックスした装飾的なスタイルで、イタリアン・デザインを代表するようになったデザイン・スタジオだ。ロロ・ピアーナとはディテールと最高の素材の追求、そして卓越したイタリアの職人技へのこだわりと言う点で、価値観をシェアする。
ロロ・ピアーナ本社を会場としたインスタレーション「ラ・プリマ・ノッテ・ディ・クイエテ」の序章は、往年の劇場をイメージしてふんだんにドレープを寄せた赤いカーテンの、ホール。ここで待つこと数分、私たちは薄暗いスペースに案内された。目を細めると、片側全面を覆う半透明のウインドウの向こうに何やらセットがあるのが想像できる。まるで雷のように光が点滅し始め、ライトアップされたウインドウが顕になると、目の前にはブルジョワの邸宅内部のような光景が広がった。床にリモージュ磁器の破片が散らばったダイニングルーム、生活感のあるリビングルーム、誰かが起きた直後のようなシチュエーションのベッドルーム、バスタブに水が溢れるバスルーム……。各スペースにはディモーレミラノによるロロ・ピアーナのための家具の新作、メゾンのオリジナル・ファブリックで覆われたヴィンテージ家具、そして市内のギャラリーから拝借したアートピースが配されている。会話や電話のベル、ピアノ演奏と言ったサウンドスケープと共に展開された4分間のショーでは、まるで宝物に溢れた邸宅を住人の留守中にのぞいているような興奮を覚えた。ビジターを現実と映画仕立てのフィクションが交錯する世界に誘う形での新作お披露目とは、なんとも心憎い演出だ。「La Prima Notte di Quiete」が『高校教師』(1972年、ヴァレリオ・ズルリーニ監督)を邦題とする、アラン・ドロン主演の映画のタイトルであることを思い出した。
ちなみにディモーレミラノはMDW中、他にも京都の老舗織元「細尾」、そしてフランスのハイファッション・ブランド「イヴ・ソロモン」ともコラボレーションを発表した。

Loro Piana x Dimoremilanoのプレゼンテーションより、バスルーム。手前左とクローゼットの前に置かれたのは新作のスツール。Photo: Courtesy of Loro Piana

装飾的なリビングルーム。テキスタイル部分はもちろんロロ・ピアーナ。Photo: Courtesy of Loro Piana

新作より、モヘアベルベットで覆われた円形ベッドを配したベッドルーム。Photo: Courtesy of Loro Piana
「サンローラン - シャルロット・ペリアン」で、お蔵入りだったデザインが形に
シャルロット・ペリアンとのエクスクルージブなコラボレーションを発表したのは、サンローランとアンソニー・ヴァカレロ。1943-1967年にかけての彼女のデザインから、実際には製品化されていなかった家具4点が、試作品やスケッチに忠実に再現された。幻の4点とは、日本での居住歴もあり日本文化に精通していたペリアンがパリの日本大使公邸のためにデザインしたソファ、夫のためにブラジルで制作した本棚、ベトナムの工芸・応用美術のディレクター時代の椅子、そして円形テーブル。特にテーブルは2種の木材を10層にも重ねるデザインが当時技術的に制作困難でスケッチに終わっていたから、今回はじめて実現化されたことになる。
展示会場は、倉庫やショールームが立ち並ぶミラノ西部トルトーナ地区の、パディリオーネ・ヴィスコンティ。天井がとても高く自然光がふんだんに差し込む、1000平方メートルにも渡るスペースだ。普段はスカラ座の合唱団のリハーサルに使われる。ここでエクスクルージブ家具に伴う湾曲した仕切りは、家具製作用にカットした木の残り部分を利用して、本展のために作られたとか。まだサステイナブルと言う意識が発達していなかった頃から、ペリアンが率先していた廃材再利用に呼応する。
最近では改装オープンしたばかりのサンローラン リヴ・ドロワ パリ店でドナルド・ジャッド財団とのパートナーシップによる家具を導入し、デザインには造詣が深いアンソニー・ヴァカレロ。この企画で、文化遺産をサポートするメゾンの姿勢をさらに明確にした。またこの機に、パリの2店舗ではペリアンの写真のセレクションを展示中(サンローラン リヴ・ドロワ店〜5月7日、サンローラン バビロン〜5月4日)。
*シャルロット・ペリアン自身は1999年に他界。現在は娘のペルネット・ペリアンがヘリテージ管理をしている。

「Saint Laurent - Charlotte Perriand」展より、横幅は7Mを超える5人掛けのソファ「パリ 日本大使公邸のソファ」(1967年、ローズウッド、ケーン、ジム・トンプソンのタイシルク)。Photo: Courtesy of Saint Laurent

手前:「インドシナのゲスト用肘掛け椅子」(1943年、Chromeチューブフレーム、レザー、ローズウッド)と「ミルフィーユのテーブル」(1963年、ローズウッド、チェリーウッド)。奥:「リオ・デ・ジャネイロの本棚」(1962年、ローズウッド、籐)。Photo: Courtesy of Saint Laurent
クラフトへの讃歌を追求し続ける、ロエベ
ハイファッションのメゾンの中でも、クラフトと言えばロエベ。東京では「ロエべ クラフティッド・ワールド展 クラフトが紡ぐ世界」を好評開催中、MDWには9回目の参加となった同メゾンによる今回の企画は「ロエベ ティーポット」。世界各地から選ばれた25人のアーティスト、デザイナー、アーキテクトによる25のティーポット(一部カップも添えたセット)が発表された。25人は著名建築家デイヴィッド・チッパーフィールドを含み、日本からの参加は最多数でスナ・フジタ、深澤直人 、道川省三、新里明士、安永正臣、 崎山隆之の6人。作品は造形的、装飾的からミニマル、ユーモラス、土着的、とエスプリもテクニックも異なって中には思いがけないプロポーションも見られ、ティーポットにおけるクリエーションの可能性が提示された。3月にはジョナサン・アンダーソンがクリエイティブ・ディレクターを退任、ジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスが後任となることが発表されてアート・ディレクションの端境期となるものの、ジョナサンが確立したメゾンとクラフトとの関係は揺るぎない。
またメゾンとしてのホームウェアのセレクションでは、スペイン、ガリシア地方の土を使ったポット(素焼き、シルバーまたはゴールド)、レザー編みのコースター、動物をモチーフとしたユーモラスなポットカバー、花やティーバッグのチャーム、開化堂とのコラボレーションによる茶筒、そして特別なアールグレイ キャンドルを提案。これらはMDW中に限定販売された。一方ロンドンのポストカード・ティーズによるロエベ特製ブレンドの紅茶Fiori e Sapori(花と香り)は4月半ば現在も入手可能(Postcard Teas公式サイトとロンドン店にて)。

パラッツォ・チッテリオの地下に展示された、「ロエベ ティーポット」の数々。左から崎山隆之、チョ・ミンスク(韓国)、エドマンド・ドゥ・ヴァール(イギリス)。Photo : Courtesy of Loewe

左列、手前はトンマーゾ・コルヴィ・モーラ(イタリア)、一番奥はジェーン・ヤン-デーン(韓国)。右列、手前はパトリシア・ウルキオラ(スペイン)、一番奥はローズマリー・トロッケル(ドイツ)。Photo : Courtesy of Loewe

南アフリカのマドダ・ファーニによるトライバルなデザイン。Photo : Courtesy of Loewe

開化堂とのコラボレーションによる、上蓋に真鍮及びレザーでウサギ、花、ネズミの装飾を施したオリジナルのブリキ茶筒。3サイズのうち一番大きなものはレザーケースとセットで販売された。Photo : Courtesy of Loewe
エルメスの提案。色と形の最も美しい関係
エルメスのホームコレクションは例年通り、ラ・ペロタで開かれた。この時期は歩けない程混雑するデザイン・ディストリクト、ブレラ地区のイベント・スペースだ。年によって演出は異なるが、今回は目が覚めるほど真っ白。エントランス側から見ると大きな窓のように設えられた仕切りの脇から展示場の中に入ると、驚いたことに、展示台全体が宙に浮いている(実は天井から吊るされている)。そしてデリケートなグラデーションと共に床を彩るのは、展示台の箱から漏れるオーラのような光。ジオメトリックな形をくり抜いたかのような幾つもの窓には、グラフィックなオブジェが並んでいた。いずれも職人技を駆使したものであることは、言うまでもない。今年はガラスという素材にフォーカスを当てた新しい装いのオブジェが多く登場したが、特筆すべきは、トマス・アロンソのクリエーション。重ねる、削る、溶かし合わせると言った特殊な技術を使ったガラス作品では透明感と絶妙な色彩が織りなす詩情に酔い、サイドテーブルでは相反する要素の組み合わせに驚く。テーブルウェアはゲームの駒のごとくリズミカルに配置され、カシミアのブランケットはトーテムのように縦の一列を成す。こんな遊び心溢れる演出で、色と形、素材への探求心と職人技の織り成す最も美しい関係が提案された。

ジオメトリックな会場全景。手前の「ドゥブレ・ドゥ・エルメス」は、最大7層もの溶けたガラスを被せて色に奥行きを出した、大ぶりの花瓶。レザーカフ付き。Photo: Maxime Tetard

長方形にくり抜いた”窓”に並んだのは、花瓶「カザック」の一連。クリアガラスに色ガラスを重ねてカラー部分を削りだすという高度な技術によって生まれた、カラーブロックだ。見る角度によって濃淡が異なる。Photo: Maxime Tetard

リネン地にコットンコードで手刺しゅうを施した大判ラグ「コルデリ・Hドット」は、ジャンパオロ・パニのデザイン。Photo: Maxime Tetard

トマス・アロンソによるサイドテーブル「ピヴォット・ドゥ・エルメス」。ラッカー仕上げのカラーガラスに日本の「曲木」の技術で制作した可動式ラウンドボックス。Photo: Maxime Tetard
プロダクトよりも社会の意識向上を目指す、プラダとミュウミュウ
プラダは、デザイン&リサーチスタジオFormaFamtasmaがキュレーションする学際的シンポジウム「Prada Frames」の4回目を、3日間に渡って開催。デザイン、文化、社会とジャンルをミックスする討論会では、環境問題から宇宙への旅まで、毎年議題は異なる。今年のテーマは「In Transit (移動)」で、可動性や流通とデザイン、日常生活との関係にフォーカス。1日3度に分かれ、一回約90分に渡るセッションはまず、ミラノ中央駅の超VIP待合室、パディリオーネ・レアーレ(Padiglione Reale)で始まった。私が参加した3日目の朝のセッションでは、インフラストラクチャー(社会の基盤構造)とデジタルネットワーク、そして水の使用や不足について、映像アーティストや作家たちが協議。その後ゲストたちは中央駅のホームに導かれ、高速電車アルレッキーノの車両に案内された。1992年まで国内主要都市間を繋いでいたこの電車は1950年代にジオ・ポンティとジュリオ・ミノレッティがデザインし、近年Fondazione FS Italianeが修復。座席は車両によって赤、グリーン、ブルー、カラシ色で、ヘッドと手すりにかかった白いカバーがレトロな雰囲気を醸し出す。ドリンクを片手にゲストたち全員が席につくと、シンポジウムのパネラーたちが、朗読をしながら通路を行き来。イタリアン・デザインの珠玉、しかも“移動”を体現すると言う「In Transit 」には最適なロケーションで、ビジターたちは議題への思考を深めていた。

パディリオーネ・レアーレでセッションをリードする、アート評論家のアリス・ロースソーン。Photo: Courtesy of Prada

ミラノ中央駅のホームで、アルレッキーノの前に集合したパネリストたち。FormaFamtasmaの二人も含み、右端にシモーネ・ファレーシン、左から3番目はアンドレア・トリマルキ。Photo: Courtesy of Prada

ホームに停車中のアルレッキーノ車両内で、朗読は続行する。Photo: Courtesy of Prada
一方ミュウミュウは2日間に渡って、ミュウミュウ リテラリークラブ2回目としての「A Woman’s Education」を開いた。会場はアール・ヌーヴォー様式の建物内のチルコロ・フィロロジコ・ミラネーゼ(ミラノ文化協会)。下の階のホワイエは両日とも午後いっぱいバーを備えたサロンとして機能し、ステージではミュージック・パフォーマンスや朗読会を迎えた。
肝心のトーク・セッションは、上階のライブラリーにて。1日目の議題には、フランスの実存主義の作家、シモーヌ・ド・ボーヴォワールによる『離れがたき二人』が選ばれた。エッセイ『第二の性』(1949年)で世界的に知られ、フェミニストのアイコンでもあった彼女が1954年に執筆したものの、内容のあまりの親密さゆえ(主人公の一人は彼女自身がモデル)、2020年にやっと出版されて物議を醸した小説だ。綴られているのは、少女が大人の女性になる過程と、その時期の女性同士の友情。モデレーター、パネラーの女性作家たちは文学的知見と個人的な体験を交えつつ、自由に意見を述べたり、エピソードを披露して“少女時代の力”を考察した。2日目の協議の対象は、円地文子の小説『女坂』(1957年)。主人公である大書記官の妻が自身の欲求を犠牲にして夫のための妾を探す一部始終、そして彼女の性的欲望が描かれている。まだまだ男尊女卑が強かった時代の日本女性作家作品と言う観点からしても、非常に興味深い議題だ。そのため、女性の性愛を巡ってだけでなく、それをオープンに語ることや文学に落とし込む意義についても白熱した論議が繰り広げられた。
10年余り前から、女性監督にショートフィルムの製作を依頼するプロジェクト「ミュウミュウ 女性たちの物語」を主宰し、近年ではショーの演出において女性アーティストとのコラボレーションを恒例とするようになり、昨年秋にはパリでも学際的アーティストを迎えてのイベント「ミュウミュウ Tales and Tellers」を開いた、ミュウミュウ。さらに「A Woman’s Education」は、フェミニニティについて考える指標となった。

MIU MIU Literary Club、ミラノ文化協会のホワイエ。Photographer: T Space

ミラノ文化協会でトークセッションの会場となった、上階のライブラリー。Photographer: T Space

トークセッションのビジターたちには議題となった本の英語版が配られた。左:シモーヌ・ド・ボーヴォワールによる『離れがたき二人』、右:円地文子『女坂』。

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/