本当に盛りだくさんだった、2025ミラノ・デザインウィーク。前回はハイエンドなファッション・ブランドのイベントにフォーカスしたが、パート2ではインテリア・デザイナーやフード・アーティストの新作から"オフ"のサロン、ギャラリーや劇場でのユニークな演出まで、ハイライトを紹介。

家具からパフォーマンスまで。2025 ミラノ・デザインウィークPart2
本当に盛りだくさんだった、2025ミラノ・デザインウィーク。前回はハイエンドなファッション・ブランドのイベントにフォーカスしたが、パート2ではインテリア・デザイナーやフード・アーティストの新作から"オフ"のサロン、ギャラリーや劇場でのユニークな演出まで、ハイライトを紹介。
キッチンからベッドへ。ライラ・ゴハーのポップな世界
フードをアートに昇華するアーティスト、ライラ・ゴハー。エジプト・カイロ出身、ニューヨークを拠点としつつ、世界中のファッションやアートのイベントで、ストーリー性のある食事やスイーツでゲストたちを魅了する。今年のミラノ・デザインウィーク(以下MDW)に向けてタッグを組んだのは、フィンランドのマリメッコ。彼女はマリメッコのアーカイブスを見るためにヘルシンキを訪ね、同社創業時のデザイナー、マイヤ・イソラによるストライプにインスパイアされた。ストーリー・テリングの場所をキッチンからベッドルームに移したライラが構想したのは、ベッドリネン(シーツ、デュべカバー、ピローケース)からアイマスク、パジャマまで。”楽しいベッドタイム”を意図したプレゼンテーションでは、ステージに複数のベッドが用意され、そのうちの一つは実はケーキのトロンプロイユ。端から少しずつカットされ、ベッドに潜りこんだゲストたちにも振る舞われた。Laila Gohar for Marimekkoのカプセル・コレクションは今年9月にローンチに予定。

左上は、ベッドリネンと同じ色、大きさで作られたケーキ。ライラらしい、ユーモアに溢れたアイディアだ。Photo: Minako Norimatsu
ライラが3年前に姉のナディアと共に立ち上げたのは、「ゴハー・ワールド」。食器やテーブルリネン、キャンドルからバッグ、ジェエリーなどの小物に渡るコレクションだ。今回発表されたのは、テーブルウェアの新作Table VII。特にカイロで手作りされた斬新な形のグラスの一連には、今年はじめにロブマイヤー(ウィーンのクリスタルメーカー)とのコラボレーションを果たした、ライラの新境地が見受けられる。ショールームの会場は、前回の投稿で紹介したコンサルティング・エージェンシー「P : S」のファウンダー、ミケラ・ペリッツァーリのオフィス。内装は、この記事の最後に登場するアーティスト、ピエール・マリーによる。デザイン界のネットワークを理解する上でも面白いエピソードだ。ポップなエスプリが既存のインテリアに自然と馴染んだインスタレーションでは、「ゴハー・ワールド」の定番も紹介された。

「ゴハー・ワールド」のショールーム。エプロン、テーブルリネン、そしてバッグの数々は、タブローのように壁に飾って。Photo: Piergiorgio Sorgetti

ゴハー・ワールドの新作”Table VII”コレクションから、カイロで手づくりされたグラスの一連。すでにオフィシャルサイトのe-shopでオーダー可能。Photo: Piergiorgio Sorgetti
テーブルを彩る、コンテンポラリーデザインとアート
シルバーウェアの老舗、クリストフルと、ジュエリー・デザイナーのシャルロット・シェネ。フランスのサヴォワフェールに基づくエレガントかつモダンなデザインを追求する両者が組んで誕生したのが、カトラリー・セット「カルーゼル」(CARROUSEL)だ。これまでロロ・ピアーナのためにキャンドルスタンドを手がけたシャルロット。自身のプロジェクトとしては、ジュエリーを拡大したスカルプチャーも発表して、表現の範囲を広げている。彼女はカトラリーもジュエリー同様、手の仕草に関するパーソナルなアイテムだと考えた。2年余りをかけて生まれた構築的で機能的、そしてタイムレスなデザインの「カルーゼル」はシルバープレイテッド。ヘッド部分のループは緩やかなラインを描くシャルロット シェネのリングを思わせる。フォーク、ナイフ、2サイズのスプーン、それぞれ6点ずつ合計24点のセットを、くるみの木のパネルのフックに吊るして収納できるケースも、彼女のデザイン。ジャン・アルプの軽やかなスカルプチャーにインスパイアされたオブジェだ。1936年創業のカフェ&レストラン、サンタンブロースを会場に、フルーツや野菜、食器やリボンを配したテーブルセッティングで披露された。

Christofle x Charlotte Chesnais のカトラリーセットCARROUSEL。基本はシルバープレイテッドで、スペシャル・オーダーでは18Kゴールドxシルバーのバイカラーも可能。今年秋に発売予定。© Roe Ethridge - Pierre Mahieu

今年ブランド創立10周年を迎えるシャルロット・シェネと、彼女がデザインしたCARROUSELのケース。© Roe Ethridge - Pierre Mahieu
一方アスティエ・ドゥ・ヴィラットは、店内のギャラリーでセレナ・キャロンヌのセラミックの展覧会を開いた。彼女は異素材をミックスさせ、シュールな世界観で想像上の人物や動物を形にするアーティスト。今回はテーブル周りのアクシデントを、詩的でユーモラスなスカルプチャーで表現した。例えば倒れて水がこぼれ、花が溢れ出た花瓶。熱で変形し、液体がこぼれ出ているコーヒーメーカー。彼女自身の作、リングカップ(陶器の本体にエナメル加工のリングを配したマグで、ここ数年のアスティエ・ド・ヴィラットのベストセラーの一つ)も倒れてリング部分が壊れた状態に。展示は6月7日まで。

昨年オープンした「アスティエ・ド・ヴィラット」ブレラ店での、セレナ・キャロンヌによるセラミック・アートの展示。Photo: Niccolo Campita
“オフ”サロンのNo.1、「アルコーヴァ」はミラノ近郊で。
ミラノ・デザインウィークの主役はあくまで、60年以上も続いている「サローネ国際家具見本市」。35年前に「フオーリ」がスタートしたのに続き、期間中は他にも“オフ”(二次的な見本市や展示会)が幾つか開かれるようになった。中でもトップは、2018年に生まれたアルコーヴァ。特別なロケーション(年によって会場が変わることも)、新進気鋭のデザイナーを含むラインナップ、そしてブースだけでなく機関やリサーチャーを巻き込んだユニークな展示が特徴だ。
参加デザイナーが増えた今回は、昨年に続きミラノ近郊のひなびた街ヴァレド(Varedo、ミラノ市内から電車で約30分)を舞台に、会場を広げて開催した。19世紀建造の壮大なヴィラ・バガッティ・ヴァルセッキ(Villa Bagatti Valsecchi)に加わったのは、今は使われていない隣接のパジーノ温室。またもう1箇所の拠点は、昨年も使われたヴィラ・ボルサーニ(Vlla Borsani)と、すぐ近くのEX SNIA(繊維から段ボール箱までを生産していた巨大な工場跡)だ。ヴィラ・ボルサーニで特筆すべきは、ロンドンのジュエリー・ブランド、コンプリーティッドワークスによる初の家具ライン。本誌4月号のオフィス・インテリア特集でも紹介した、既存の形を解体したかのような一風変わったデザインは、新作にも生きている。日本からは、AtMaが。端材、余剰材を使用、またヴィンテージをリメイクした、ユーモラスながら温かみのある木の家具に徹している。
そして巨大な廃墟となっているEX SNIAでは、もはやガラスは無く雑草がはびこる窓や苔が生えた壁に、素材サプライヤーや3Dプリンター家具メーカーのブース、そしてサイト・スペシフィックな展覧会が映えた。

アルコーヴァの会場の一つ、モダニスト建築の珠玉で出展者としては最高のロケーションであるヴィラ・ボルサーニにて。Photo:; Shinsuke Kawahara

アンナ・ジュスベリーがデザインするコンプリーティッドワークスの、ドレッシングテーブルとマッチングのコーヒーテーブル、鏡。ポリスチレン樹脂製だが、まるでウエハースを積み重ねたよう。Photo: Piergiorgio Sorgetti

アトマは、ヴィラ・ボルサーニ地下の元食物貯蔵室にて、意図的に照明を落とした展示を。元々家具倉庫でリメイクすべき難あり家具を探していたことから始まったと言う、ブランドの逸話にちなんだチョイスだ。Photo: Piergiorgio Sorgetti

アルコーヴァの会場の一つ、荒れ果てた状態がかえって魅力的なEx SNIA。Photo: Piergiorgio Sorgetti
パフォーマンスからインスタレーションまで、ユニークな演出
ブレラ地区のギャラリー&ストア、Delvis (UN)Limitedでは、前述アルコーヴァのファウンダーのキュレーションにより、斬新な企画、ザ・シアター・オブ・シングズ(The Theater of Things)が開かれた。小さな店内に所狭しと並ぶのは、オブジェクツ・オブ・コモン・インテレストを含む7人(組)の若手デザイナーやアーティストによる、コレクティブル・デザイン(一点もの、または限定品)。またウィンドウを陣取る大きなベッドは、デザインウィーク中常時パフォーマンスのステージとなった。7人(組)は日替わりでこのベッドで就寝。朝になるとジャーナリストやキュレーターたちが加わり、朝食を一緒にとりながらデザインに関するトークセッションを。会話は録音されたから、今後はポッドキャストとして公開されるかもしれない。いわば、リアリティーTVのアート版だ。オブジェや家具の展示は、8月まで。

Delvis (UN)Limitedギャラリー。毎朝のこのウインドウ越にベッド上でアーチストを囲んでのトークが開かれ、通行人にの目を惹いた。 Photo: Piercarlo Duecchia @dsl__studio_DS

Delvis (UN)Limited にて、サウンドシステムとバー、サイドテーブルのセット。前述シャルロット・シェネのギャラリー・ラファイエット店の什器のデザインも手がけ、最近注目の若手デザイナー・デュオ、オブジェクツ・オブ・コモン・インテレストによる。Photo: Piercarlo Quecchia @dsl__studio
一方発表済みのシグネチャー・ピースを新しい見せ方で提案したのは、アリーヌ・アスマー・ダマン(Aline Asmar d'Amman)。文学サロンに見立てたストーリー仕立てのインスタレーションは、Le Pouvoir de la Tendresse(優しさのパワー)と題された。主役に据えたソファ「ジョージア」は、ハリウッド・グラマーを想起させる一方、女性の脆さと強さを体現するジョージア・オキーフへのオマージュ。そして読書家の彼女のもう一つの代表作、本をコンクリートで挟んだベトン・リテレール(Béton Littéraire)も、このコンテクストにぴったりだ。元レンガ工場だった、自身のアートギャラリー内のドームにアリーヌを迎えたのは、ミラノ・デザイン界のキーパーソン、ロッサナ・オルランディ(Rossana Orlandi)。展示は7月末まで。

ラフでスイートなGalleria Rossanaでのインスタレーションでは、ベルベットのソファ「ジョージア」と、ピンクとグリーンのオニクスを使った新作のテーブル「ソフトシェル」が対話する。Photo: Courtesy of Aline Asmar d'Amman

まるで桃のような「ジョージア」ソファに陣取った、アリーヌ。背後に見えるのは、ベトン・リテレール。Photo: Courtesy of Aline Asmar d'Amman
高級家具メーカーのカッシーナは、歴史に残る3人のデザイナーの作品を製品化するようになって60年になる。3人とは、ル・コルビュジエ、ピエール・ジャヌレ、シャルロット・ペリアンだ。この機にル・コルビュジエの財団、そして後者二人の相続人とのコラボレーションで実現したのは、アイコニックなデザインをモダンな技術で最適化し、限定色で復刻させたスペシャルエディション。それらを舞台に配してのインスタレーションとパフォーマンスStaging Modernityを構想したのは、前回のプラダの記事でも触れた、FormaFantasmaだ。哲学者やアーティストによるテキストの朗読やダンスを挟んだ、アート性の高い演出となった。
アート作品に昇華された、ラグとタペストリー
初日に見て気分を揚げてくれたのは、カール・フルニエとオリヴィエ・マーティの建築家デュオStudio KOと、歴史を持つモロッコのラグメーカーBeni とのコラボレーションによる、ラグの展示。コレクションは“過去と現在”、“アーティザナルとインダストリアルの架け橋”、をコンセプトに、「インターセクション」と名付けられた。モチーフは、色褪せた日記帳やスケジュール帳、書類を思わせる罫線や消去線。今では使われていない生地店をロケーションとしたインスタレーションでは、“紙の記憶”を示唆するべく、壁や床にはメモやタイプ打ちしたプリント用紙を散財させた。ラグがここまで詩的に表現されること自体に、感動を覚えた。

「インターセクション」より。ラグはまるでアートのタブローのごとく展示された。Photo: Romain Laprade

「インターセクション」のラグでは、罫線と消去線がライトモチーフ。Photo: Romain Laprade
イヴ・ソロモンはファーやレザーを専門としつつプレタポルテに発展したブランド。最近では倫理的観点からファーはシアリングやリサイクルに限っている。イヴ・ソロモン・エディションズは同ブランドのインテリアのプロジェクトで、MDWへの参加は今年で2度目。この記事の冒頭でも触れたピエール・マリーはカラフルでポップなパターンをシグネチャーとし、食器からラグ、ファブリック、ステンドグラスまで表現方法が幅広いアーティストで、エルメスのスカーフ「カレ」にもデザインを提供している。パリを拠点とする両者のコラボレーションで生まれたのは、シアリングのピースをインターシャで編み上げた、プーフやクッション、ランプシェード、タペストリーなど17点の限定品。いずれもイヴ・ソロモンのパリのアトリエで手作りされた。天空と草原をテーマとした柄ではジオメトリックなパターンから曲線を描くリボンまで、相反する要素が万華鏡のように入り組んでいる。

中世のヴィラの中庭に設置されたYves Solomon Editions x Pierre Marie のインスタレーションは、まるで意味深い儀式のよう。 Photo: Courtesy of Yves Solomon

シェアリングが羊毛であることから、作品の一つは羊を象ったオブジェ。椅子としても使える。Photo: Courtesy of Yves Solomon

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/