デムナがバレンシアガから、同じくケリング・グループのグッチへと移籍することが発表されたのは、今年の3月。7月9日の彼のフェアウェルを控え、6月初旬から1か月強に渡って次々と発表された、バレンシアガのイベントを総ざらい。

 

「Balenciaga by Demnaのタイトルイメージ

「Balenciaga by Demna」 デムナのバレンシアガにおける10年の軌跡

デムナがバレンシアガから、同じくケリング・グループのグッチへと移籍することが発表されたのは、今年の3月。7月9日の彼のフェアウェルを控え、6月初旬から1か月強に渡って次々と発表された、バレンシアガのイベントを総ざらい。

 

デムナによるバレンシアガの原型を集大成した、Spring’26コレクション

デザイナーの退任は、事実上最後となるショーの後に発表されるケースが多い。しかしデムナの場合は、告知後4か月弱のカウントダウン。最後の1か月強は、本人がそのキャリアを振り返り、彼のコミュニティは集大成を見る機会として展開された。

まずはファッションウィーク外の6月初旬、2026スプリング・コレクションの展示会。バレンシアガにおけるデムナの過去35のコレクションに、自身のワードローブから派生させた新作を絡めてリミックスしたコレクションは、Exactitudesと名付けられた。この言葉は正確さ、厳密さ、を意味するが、同時にAri VersluisとEllie Uyttenbroekが組んで1994年に始めた、ロングランの写真プロジェクトのタイトルでもある。ロッテルダムを拠点とする彼らは街でスカウトした一般人を、出会った時と同じ服装で着ることを条件にスタジオに招き、一定のフレーミングで撮影。多くの人々のショットをデータのようにひとまとめにし、グリッドでレウアウトした作品は、社会学の研究資料の様でもある。「彼らの仕事は自分のファッションへのアプローチに強い影響を与えてきた」と語る、デムナ。“ファッションとドレスコードにおける人類学”について深く洞察する彼は、この機会にバレンシアガのアーケタイプス(原型)を、自身のアイデンティティとしてまとめたのだ。

Ari Versluis& Ellie Uyttenbroekと撮影した、Spring 26コレクションのルックの一連。

また同コレクションの一部として発表されたのは、ブリトニー・スピアーズとのコラボレーション。ブリトニーのアイコニックな写真を配したウェア(Tシャツ、フーディー)と小物(キャップとフラッグ)は、デムナのポップ・カルチャーやストリートとの強い繋がりを示唆しているだろう。この機に、メゾンのコミュニティと音楽をシェアするプラットフォームであるBalenciaga Musicは、ブリトニーのヒット曲やインスピレーションとしての楽曲を、彼女自身がキュレーションしたプレイリストをローンチ。

さらにデムナのパートナーでありバレンシアガのすべてのサウンドを手がける作曲家・ミュージシャンのBFRNDはBritney4everEP(Sony Music)を発表。ブリトニーのヒット曲より、Balenciaga Summer25コレクションのサウンドトラックにも取り入れたGimme Moreと、25周年を迎えたOops… I Did It Again、2曲の特別なリミックスだ。(SpotifyApple Musicでストリーミング可)。

Spring26コレクションより。ブリトニーのシリーズはSpring26に先行して既にリリースされているが、アイテムによっては在庫あり。(国内一部店舗、そして公式サイトにて)。

プレタポルテからクチュールまで。“Balenciaga by Demna”

そして6月末には、パリのケリング本社で、Balenciaga by Demnaなる展覧会が2週間開かれた。最初の展示室は、元々17世紀に病院として建てられたこの複合建築の、礼拝堂部分。ショーケースにはビデオテープ、シアターのチケット風などユーモアに溢れたショー・インビテーションの一連が並んだ。クチュールのインビテーションはアトリエを示唆する小物で、指貫きからフェアウェル・ショーの糸巻きまで、すべてがゴールド。

一歩先は、普段はショールームとして使われているメインの展示室へ通じていた。部屋自体の形に沿って十字形に設置されたディスプレー台に整列したのは、デムナ自身が選りすぐった101点。それ自体が10年間の集大成であったSpring26を中心に、クチュールコレクションの壮大な作品も加わった。アワーグラスシルエットのコートからオーバーサイズのパファージャケット、ドレープを効かせたドレス、そしてスパ風のロゴを配したキャップ、靴とパンツが一体化されたパンタブーツまでを一望して明白に読み取れたのは、デムナ特有のデザインコード。展示品の半分にはオーディオシステムが伴い、デムナ自身のナレーションで、それぞれの作品の意味合いや制作ストーリーが語られた。またカタログはファッション雑誌風な仕立てで、フリーペーパーのごとくスタンドに積み重ね。どんなディテールにも、デムナ流のひねりが効いていたのだ。

 

「Balenciaga by Demnaの画像_1

展示をしめくくったのは、アーティスト、Mark Jenkinsによるデムナを模したヒューマノイド・スカルプチャーとヴィンテージ・ピースから作ったウエディング・ドレス。Photo: Annik Wetter

 

「Balenciaga by Demnaの画像_2

レイアウトから紙質まで、中堅ファッション誌風に仕立てたカタログ。表紙はデムナのお抱えモデル、アーティストとしても注目されるエリザ・ダグラス。Photo: Courtesy of Balenciaga

「Balenciaga by Demnaの画像_3

クラシックなベージュの石壁を背景に、まるでランウェイのように設置された展示では、各作品をあらゆる角度から眺めることができた。Photo: Annik Wetter

「Balenciaga by Demnaの画像_4

エリザ・ダグラスを模したハイパー・レアリスティックなスカルプチャーもマネキンとして使われた。Photo: Annik Wetter

Balenciaga by Demna展にて。スワイプして展示のディテールを。

フェアウェルは7月6日、第54回クチュールコレクションのショー

ブルジョワジーのドレスコードを考察することから始まったと言うこのコレクションは、構築的なシルエットで精密な作りながら、ミニマルで軽やかだ。“デムナにとっての理想的なワードローブ”は、ウィメンズではハリウッドの黄金時代のごとく、限りなくグラマラス。メンズではリラックスしたテイライングを追求し、ナポリの家族経営のアトリエと共に、ゆるやかなシルエットの“ナポリ風仕立て”を発展させた。一方スポーティ・アイテムのクチュール的解釈は、サマータフタの“ビジネス”ブルゾンやテクニカルシルクのボンバージャケットなど。メゾンのアーカイブズへのオマージュも顕著で、クリストバル・バレンシアガの長年のフィッティングモデルだったダニエル・スラヴィックが1967年に着用したハウンドトゥースのアンサンブルは、織りではなく総刺しゅうで仕立てられた。ちなみに彼女は最近他界したばかり。

オルタナティブとグラマーと言う、これまでは交わることなく仕切られてきた異なる世界を共存させ、ファッションの常識を覆したデムナの功績は計り知れないほど大きい。思えば、クリストバル・バレンシアガが1937年にクチュールサロンを開いたのは、パリのジョルジュ・サンク通り10番地、それにちなんで47年に発表された香水は、Le Dix(10の意)。10のリピートは偶然とは言え、この“10”年が長いようで短かったと思うと、なんとも感慨深い。Spring 26のコレクション・ノートで、デムナは最後に「ありがとう、そして永遠の愛を」と綴った。

ショーはこれまで通りジョルジュ・サンク通りのバレンシアガ クチュールストアで開かれ、最後の数分にシャーデーのNo Ordinary Loveが流れるまでは、音楽の代わりにコラボレーターたちの名前が読み上げられた。

「Balenciaga by Demnaの画像_5

ルック写真はランウェイショットではなく、デムナのディレクションでパリの街中で撮影された。これはまるで映画「熱いトタン屋根の猫」でのエリザベス・テイラーのような、キム・カーダシアン。(ハイジュエリーは、ハリウッド・スターたちが愛するLorraine Schwarz)Photo: Courtesy of Balenciaga

「Balenciaga by Demnaの画像_6

クリストバル・バレンシアガの当時のフィッティングモデル、ダニエル・スラヴィックが着用した1967年のアンサンブルの、再解釈。Photo: Courtesy of Balenciaga

「Balenciaga by Demnaの画像_7

コレクション中最も壮観なドレスを着たのは、なんと、リンダ・ロッパ。デムナがファッション学んだアントワープ王立芸術アカデミーの、当時の学長(ハイジュエリーはLorraine Schwarz)。Photo: Courtesy of Balenciaga

「Balenciaga by Demnaの画像_8

デムナのパートナーでバレンシアガの音楽をつかさどってきた作曲家・ミュージシャン、BFRNDもゆるっとしたテーラリングのナポリタン・スーツで。エッフェル塔を背景に。Photo: Courtesy of Balenciaga

「Balenciaga by Demnaの画像_9

ドラッグ・パフォーマーでもあるローランには、メディチ家に典型的だったドレスや吸血鬼ノスフェラトゥの衣装を思わせる、ハイカラーを。Photo: Courtesy of Balenciaga

ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子プロフィール画像
ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

記事一覧を見る