パリで9月初旬に発表された第12回目のLVMH賞に輝いたのは、日本のブランド、ソウシオオツキ。“日本人の精神性とテーラーのテクニックによってつくられるダンディズム”を追求する大月荘子に、授賞式直後に話をきいた。

2025年度LVMH賞は、ソウシオオツキに。デザイナーの頭の中を覗いてみた
パリで9月初旬に発表された第12回目のLVMH賞に輝いたのは、日本のブランド、ソウシオオツキ。“日本人の精神性とテーラーのテクニックによってつくられるダンディズム”を追求する大月荘子に、授賞式直後に話をきいた。
若手デザイナーを支援する、LVMH賞とは?
大月荘子によるSOSHIOTSUKI(ソウシオオツキ)が、2025年度のLVMH賞を獲得した。2017年には赤坂公三郎によるKOZABUROが特別賞を、2018年には井野将之(いのまさゆき)によるDOUBLETがLVMH賞、続いて2023年に桑田悟史のSETCHUが同じくLVMH賞に輝いたのに続く、日本人デザイナーの快挙だ。またサヴォアフェール賞は、トリシェジュ・デュマイのTorishéjuに。両親はナイジェリア人とブラジル人でカトリック信者。そしてロンドン郊外に生まれ育った彼女の、異文化ミックスと複雑で構築的なクリエーションが評価された。そしてカール・ラガーフェルド賞を授かったのは、同じくロンドンのスティーヴ・O・スミスによるSteve O Smith。墨絵に似たモノクロームの素描画を立体化した詩的なユニークピースは、服と言うよりアート作品の粋だ。二人とも、ロンドンのセントラル・セントマーチンズでマスタークラスをおさめた。
今年で12回目を数えるこの賞は、既に2シーズン以上のコレクションを発表している40歳以下の若手デザイナーを対象とし、受賞者には賞金とメンターシップ(ブランド発展の指導)が提供される。審査員団はディオールのCEOを務めるデルフィーヌ・アルノーの指揮のもと、LVMHグループ傘下のブランド9人のクリエイティブまたはア―ティスティック・ディレクター、グループ重役2名から成る。公募からショートリストに選ばれた20ブランドのセミファイナリストたちは、毎年3月のパリ・ファッションウィーク中にショールーム形式で、ファッション界のエキスパートたちに作品を紹介。約1か月後には8ブランドのファイナリストに絞られ、デザイナーたちはプレゼンテーションの動画や新たに編集したコレクション抜粋を準備して、最終審査に臨む。そしてパリのLVMH財団で開かれる授賞式では、ジョナサン・アンダーソンやフィービー・ファイロを始め錚々たる顔ぶれの審査員団がステージ上で見守る中、グループと関わりの深いセレブリティが受賞者にトロフィーを渡すのだ。

LVMH賞授賞式で、デザイナー大月荘子とSOSHIOTSUKIのルックをまとったモデルたち。Photo: Saskia Lawaks

カール・ラガーフェルド賞を獲得した、ロンドンのスティーヴ・O・スミスとモデルたち。彼はこれまで主に、モノクロームのカスタムピースを手作りしてきたが、今後は色を取り入れ、プレタポルテも発表していきたいとか。Photo: Saskia Lawaks

サヴォアフェール賞に選ばれた、Torishéjuのトリシェジュ・デュマイとモデルたち。年に一度開くパリでのショーは、来る10月が3度目。彼女の服は各都市のドーバーストリート・マーケットで販売されている。Photo: Saskia Lawaks
大月荘子が語る、ソウシオオツキのユニークな“ビジネスウェア”
大月荘子は千葉県出身。高校生の頃から興味があったテーラードを学ぶため、文化服装学院でメンズウェアを専攻し、さらに「ここのがっこう」でその非凡なアプローチに磨きをかけた。自身で服作りを始めたのは、リトゥンアフターアワーズやミキオサカベに師事した後。すると、サポートのオファーと共に彼に東コレ参加を促したのが、パルコだ。ブランドは、その成り行きの中でコレクションを発表する目的で、2015年に創設された。ソウシオオツキのユニークなストーリーは、こんな逸話から始まったのだ。2016年には既にLVMH賞に挑み、ショートリストにこぎつけたものの、ファイナリストには残れず。機が熟した今回は3月のショールームで既に、各国のバイヤーやプレス陣の注目を集めた。本人が知るところではなかったが、終わりに近づこうとしていた2025-26秋冬シーズンのファッションマンスで、クールなビジネススーツがトレンドの一つとして際立っていたのも、ラッキーな偶然だった。クリエイションに携わるものにとっては、時代の空気に乗ることも、才能の一つである。
ブランドのマニフェストは、“日本人の精神性とテーラーのテクニックによってつくられるダンディズム”。授賞式の後各国のジャーナリストたちから取材を受け、“日本の精神性”についての説明を求められたものの、彼は多くは語らなかった。「あくまで西洋の文化である洋服をベースに、その基準とは異なる日本のヘリテージで一捻りしています。(僕の服の)意味は海外の方たち分かりづらいでしょうが、それでも評価されたことを、とても嬉しく思います」。こう逃げ切る彼にさらに具体例を求める海外勢が最も注目したディテールは、ジャケットのラペルに施した、切り込み。ここから手を入れることは、ポケットがない着物で襟の袂にものを入れると言う、日本人にとってはあたりまえの仕草だ。きくとなるほどと思わせるが、非常に微妙な着眼点である。

コットン和紙やヴィンテージのリネンを多用したSOSHIOTSUKIの2026SSコレクションより。このルックでは、定番のネクタイに代わってアスコットタイを提案。Photo: Courtesy of SOSHIOTSUKI

内側のポケットに手を入れると裾がまくれたように見えるデザインのジャケット。Photo: Minako Norimatsu
西洋と日本とのメンタリティのギャップを遊ぶ、ソウシオオツキ
また彼は、インスピレーションとして、ロン・ハワード監督作品のアメリカ映画『ガン・ホー(Gung Ho)』(1986)を挙げた。ストーリーの核は、アメリカのある街で倒産した自動車工場を経済的に立て直すためにやってきた日本の企業と、解雇を避けつつ自分達のやり方を守ろうとする雇用者たちとの、メンタリティの違い。次第に日米勢は歩み寄り、温かい絆が生まれると言うオチがある。出演者の衣装ではなく根底に流れるものを引き合いに出したことから読み取りたいのは、大月の概念の奥深さだ。そして彼が尊敬するデザイナーの一人は、他界したばかりのジョルジオ・アルマーニ。彼は若い頃から、巨匠が定着させたイタリアのソフト・テーラードに魅了されたとか。「イタリアン・メイドのスーツは、筋肉隆々としたボディに馴染むシルエット。僕が表現したかったのは、それが日本人のフラットな体を包んだ時のミスマッチ感なんです」と、大月。「The Shape Itself 」と題され、ユニセックスなアイテムも充実した2026年SSコレクションでは、パワーショルダーとシェイプしたウエストラインに象徴される、1980年代のサルトリアル・スタイルを打ち出した。映画『アメリカン・ジゴロ』(1980)で、リチャード・ギア演じる主役のジゴロがクロゼットを開けると、アルマーニのスーツやシャツ、ネクタイが露わになるシーンが思い出される。ちなみに1980年代と言えば日本はバブルで、“サラリーマン”たちも海外の仕立てのいいスーツやブランドのネクタイのショッピングに興じた時代だ。大月がキャンペーンビジュアルで描き出した、近代的な高層ビルのホテルの一室でのビジネスマンの姿には、それらの意味合いが感受性豊かに込められている。
さらに授賞式の夜にしたいことは? とたずねられると、大好きなカクテル「ゴッドファーザー」を飲みたい、という大月。余談だが、ウィスキーにアマレットを加えたこのカクテルは、映画『ゴッドファーザー』(1972)で、シシリアをルーツとするマフィアのドンを演じるマーロン・ブランドが好んだことが、ネーミングのルーツだとか。無意識だろうが、ここにも大月のイタリアン・スーツへの傾倒が示唆されているだろう。偶然か、ヨーロッパで既にソウシオオツキを買い付けている数少ない国もイタリアだ。この国の美意識と大月の不思議な縁を感じるのは、私だけだろうか。
これまでたった1人でクリエーションからロジスティック、世界で約20店舗からの買付けに応える生産、そして自社ECでの販売まで、すべてを1人でこなしている大月。LVMH賞での賞金 40万ユーロはチームをつくり、職人たちと密に仕立てを進めることに使いたい、と将来の発展に意欲的だ。

SOSHIOTSUKIの2026SSコレクションより。ソフトテイラードは、女性のボディにも馴染む。前たてのドレープをネクタイのように見せたシルクのシャツには、微妙なパターンメーキングの腕前が顕著。Photo: Courtesy of SOSHIOTSUKI

SOSHIOTSUKIの2026SSコレクションより、大月が提案する“クラシック・モダン”を象徴するかのような、ウィメンズのビジネススーツ。色合わせは、どこか着物を思わせる。Photo: Courtesy of SOSHIOTSUKI

SOSHIOTSUKIの2026SSコレクションより。腰回りに自然なボリュームを与える二重プリーツのパンツも、女性が着たいアイテムの一つ。Photo: Courtesy of SOSHIOTSUKI

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/